エリーの事情、翼の事情
次の日の昼過ぎに、あたしは『ボトルシップ』に現れた。
「カラン、カラン」のベルの音に航が顔を上げた。今日は、あたし一人だ。
「あれ? 航、今日は翼さんは?」
あたしがカウンターの中にいる航に声をかけた。
「お前の方こそ、お姉さんはどうしたんだよ」
「ん~~ 昨日、疲れたみたい。朝から熱があって……」
「病弱なお嬢様に見えたのは、俺の見間違えじゃないようだな!」
「あたしだって、お嬢様だモン!! それより、翼さんは?」
洗い物をしていて気づかないフリをしていたが、航はちゃんと聞こえていた。水を止めると、タオルで手を拭いてエプロンを外す。
「翼は、家の方で用があるんだよ。それより、モーニングは11時までだぞ。今日は何で来たんだ?」
「別邸を管理してくれてる、草刈さんの軽トラに乗せてもらってきたの」
「別邸って……お前、ただ者じゃないな……」
「すごいのは、お兄兄やその周りの人だよ。でも、本当にすごいのは、現場で働いてくれる人がいるから、あたしたちが生活できるんだ。だから、お兄は、いつも、現場の人に感謝しなさいって、言われてる」
「すごいな、お前の兄さん。社員のことをそんな風に考えてくれてるなんて……そんな社長の下なら働きたいな……」
「ふうん? どうして、まだ内定ももらってないの?」
「……どこもピンと来なくてな」
「なら、お兄の会社を紹介してあげよっか!? お兄の会社、三条リゾートって言うんだけど。知ってる?」
「知ってるも何も、全国展開のリゾート開発会社だ。他にも何か会社を持っていてグループになっていたはずじゃないか
そんな大金持ちの娘っ子が、こんな田舎の奥浜名湖に……? ああ、姉さんの静養目的か……」
航は、しばらくあたしの顔を見て動かなかった。だから、これは脈ありかと思って航の顔を覗き込んで言ったのに。
「どう? お兄の会社に入ってみない?」
「ありがたいが、そんな大きな会社にコネ入社なんてあり得ないな」
「そうなの? 結構な人がお兄を訪ねて来て、家の愚息をヨロシクって、菓子折り持ってくるけど……」
「もう、内定が出始めてる時期なんだ。どっちにしろ遅いんだよ。それより昼飯はまだだろ? 作ってやるぜ。暑いから冷やし中華でも作ろうか?」
「ばんざーい!!」
素直に嬉しかった。でも、遅いって?
「あっ!! 午後から俺も豊川に帰んなきゃならねぇんだ。今日は、翼の彼女の命日なんだ。食べたら、帰れよ」
「翼さんの彼女? 亡くなったの?」
「ああ、高校の時から付き合っていて、同じ大学に行こうって頑張ってたのにな。高三の夏に朝、冷たくなってたそうだ。それで、翼は、法学部の受験を止めて、俺の親父殿のところに逃げ込んだって訳」
口を動かしながらも、航は、器用に卵を焼いて千切りにして、冷蔵庫からサラダ用の野菜をトッピングして冷し中華中華を作ってくれた。




