航と翼
「喫茶店?」
「ふーーん。エリー、入ろうよ」
あたしが、引戸を開ける。
カランカランと、扉に付けられていたベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
低い男の人の声がした。
あたしは、カウンターに座っていた目付きの悪い男と思いっきり目が合ってしまった。罰が悪くて、姉の絵里香の後ろに隠れた。
「あと、一時間くらいで閉店ですけどコーヒーで良いですか?」
カウンターの中にいる、茶髪で縁の無い眼鏡をかけた男が言ってきた。
「えっと、ジュース!! オレンジの!!」
コーヒーは苦くて嫌いよ。
「私は、アップルティーをお願いします。遅がけにごめんなさい。妹が電車の中から見たここへ来てみたがっていたの。探すのに手間取ってしまったの」
「カフェだとは思わなかったぞ~!!」
あたしの「カフェ」という言葉に、カウンターの中と外の男は、顔を見合わせて大笑いをするんだ。
二人ともまだ若そうだ。20代前半だろう。
「なんか変なこと言った~?」
「カフェなんて、昨今の流行りの言い方だろ? ここは、昭和の終わり頃に建ったレトロな喫茶店さ。前店長の趣味丸出しのね」
そう言って、カウンターの中の人は、店の中にあたしとエリーを招き入れた。
店の中の壁という壁に、棚が取り付けられ、ボトルシップが飾られていたのだ。
あたしは、初めて見るボトルシップに心を奪われた。
「すこーい!! これ、どうやって作るの?」
「物凄く、手先の器用なおじさんがいたんだよ。海で働きたかったのだけど、家族に反対されて叶わなかったんだ。そんな思いをボトルシップを作ることに向けたんだ。ボトルの口から少しずつ作っていくんだよ」
「あんな小さな口から!?」
眼鏡の人が、優しく笑って言った。
「他に入り口は無いでしょ? この店は初めてだね? だったら、あの席が特等席だよ。湖に夕陽が沈むのが見えて、ボトルシップも見放題」
あたしとエリーは、カウンターから出てきた男の人に案内された席に座った。
「どこの駅から、この店が見えたって?」
カウンターに座ってた目付きの悪い男があたしたちに喋りかけてきた。
あたしは、何故かドキリ。
「あの……、あの……高台の駅!!」
エリーは、クスクスと笑う。
目付きの悪い男は、カウンターの中の男と喋っていた。
「あ~ 駅の前に建っていた三階建てのアパートが取り壊されて、更地になったじゃん? あれで見通しが良くなったんだな」
「じゃあ、あの土地は、まだ買い手がついてないのか……」
「翼? やっと真面目に生きる気になったか?」
「航こそ、就活頑張れよ」
二人は、とても仲が良いらしい。