転校生
「なにをしているんだ?」
不意に私の口からとびだしてしまったそんな一言。
今、私の視界には両手を合わせ、頭を下げている1人の女性が映っている。
全身黒色の喪服のような服を着ており、まるで葬式の途中なのかと勘違いを引き起こされそうな様子。
正直不気味という言葉以外に今見ている状況を説明できない。
ガラガラ
はっ! ガタッ
私は敏感になっていたのか、聞き慣れているはずの教室のドアが開く音に体が反応してしまった。
幸い私の情けない行動は周りにばれていることはなさそうであり、ずれた椅子や机の向きをもとに戻そうとするのだが、あの女性のことで頭の中は埋め尽くされていた。
結局何だったのだろうか。
思い返してみても、分からない。
新しい先生、卒業生、不審者。
それぞれのパターンを想像してみるもいまひとつピンとはこない。
見たことを思い返しては、想像を繰り返し、自分の中で納得がいくような答えを見つけに行く。
すぐ横にある窓の外を見れば、実物がまだあるかもしれないのに思い返してしまう。
またあの光景を見るのが怖くなっているんだ。
そう気づいた時、ふと自分の手を見つめてみると、私の手は小刻みに震えていたのであった。
「すみません。初日から時間に遅れてしまいまして。じゃあ、まず初日なので先生から、起立。」
先生の号令により、クラス全員が立ち上がっては礼を行い、席に座った。
20代後半のような若々しい男性がこのクラスの担任になったことにより、女子たちは少しざわついているようであったが、思春期真っ盛りの男子たちはそうではなかった様子だ。
第一印象としては、この学校では間違いなくトップに君臨するような顔立ちをしていて、清潔感があり、柔らかく丁寧な口調で話す人。
つまり、完璧な先生であり、評価をすれば10点中3点だ。
真面目?いやクソ真面目な先生とでも言おうか。
私の主観100%で言えば、そんな結果になってしまう。
適当な授業をやるような先生や不細工な顔で生徒から悪口を言われる先生、そんな奴が来てくれた方がもっと面白い。
不運な事故でも起きて、早く担任が変わらないだろうか。
そんな失礼な発言を心の中で発していると、先生の発言により生徒たちは大きな声を上げたのであった。
「突然のことですか、このクラスには転校生が来ることになりました。では、入ってください。」
先生の呼びかけの後、閉められていたドアがゆっくりと動き出し、私と同じ学年色である緑色の靴を履いた女の子が2‐1の教室へと足を踏み入れ出した。
肩までいかないような真っ黒で短い髪や平均的な女性の身長より少し小さいのが、特徴として挙げられたのであったが、まだ特徴を挙げられる部分がその女の子にはあった。
「赤磯さん、ここで待っててね。
今日からこの学校に転校してくることになりました赤磯三月さんです。転校してくる前は、ここからだと結構遠い場所である県内の高岡中学校というところから来たんだそうです。みなさん、優しく歓迎してあげてくださいね。」
先生の言葉から、赤磯三月という人物の紹介がされ始めた。
転校生自身から自己紹介を始めるのが普通だと思っていたのだが意外とそうでもないようで、先生が紹介をしてくれている横で転校生はただその場で立ち尽くしているだけであった。
まるで自分が今何をしているのか分からないように、ポカンと天井を見上げてみたり、後ろを振り向いて黒板を眺めたりと不思議な行動を多くとるような女の子。
これからの学校生活は、ちょっとだけ退屈ではなくなりそうな予感がした。
それにしても、あの女の子がずっと大事そうに持っているボールペンは一体なんだろうか。
その辺の文房具屋さんで買えそうな至って普通のボールペン。
転校する際に友達からでももらった物なのか。
まあ、大体そんなところだろう。
正直言ってくだらない。
どうせ、この学校に来たらまた仲良くする友達でも作って、転校前の友達のことなんか忘れるくせに。
いつまで、そんな物を持ってくるんだよ。
「みなさん、今から赤磯さんについての大事なことを伝えます。よく聞いていてください。」
柔らかい口調で話す今までの先生から一転し、教室内の空気がグッと重くならせるような口調や声の響きが私の耳には届いた。
「単刀直入に言いますと、赤磯さんは障がい者です。
そして、その障がいの内容とは、すぐに記憶をなくしてしまうというもので、
約10秒ほどで新しい記憶を忘れてしまうそうです。
なので、みなさんはしっかりと赤磯さんのことを理解して接してあげてください。」