11.覚醒と伝説の勇者
(──ラ〜ララパラ、ララパ、パパラパラ〜♬……)
……少年の居る上空と私の居るこの地上が、光の渦で消滅しそうな極限の最中──。まるで、ゲーム音楽のボス戦の時の様な戦闘曲が、私たちの居る空間に突如として鳴り響いて来た。
「な、何?! なんで、こんな時に?! 今まででに、聴いたことの無い戦闘曲だけど!? こ、これって……」
「何だか分かりませんが、此処がゲーム世界だからでしょうか? この曲……燃えて来ますね? ウィ〜、ひっく!!」
──灼熱の空。為す術も無く窮地に追い込まれた状況は依然として変わらず。その最中、聞き覚えの無い勇ましい戦闘曲が、私の心を奮い立たせた。
しかし、放たれた強烈な閃光で、少年の姿が見えない。身に纏っていたフードとマント越しに手を翳し、見上げる私の目が眩しさに眩む。炎の熱波で焼け落ちそうだ。そして、私の眼鏡はサングラスではなく、残念ながらただの眼鏡……。いや、老眼鏡と言っても差し支えない。
(──くっ!! ハァハァ。……ま、眩しい。途轍もなく、あ、熱いですね……)
そう。此処が如何に仮想現実世界とは言え──。少年の指先に生まれた五つの太陽の魔力に、近づき過ぎた私は神話のイカロスの様に、今にも蒸発してしまいそうだった。いや、神話のイカロスのお話は幼少期の絵本の記憶で曖昧なのだが。
──と、此処までの思考を要するのに体感で数十秒。しかしながら、私を瞬殺出来たであろう少年の言う炎属性の最上位魔法【星落】は、突然鳴り響いた戦闘曲のせいか、なかなか落ちて来なかった。そのせいで、凄まじい熱気に襲われた私の身体は、幽霊でありながらも吹き出した汗が止まらなかった。
「僕が聴いたことの無い戦闘曲ってことは……。レイキさんの試作曲なのかな? あ、オジサン、ごめん。そろそろ限界だよね? 今、楽にしてあげるから」
「……汗で酔いが吹き飛びますね。確かに限界。打つ手無し、ですか……」
しかし、私は、最期の足掻きとして──。無意識に、小学生の時に運動会で行った種目〝大玉転がし〟の、両手を万歳して上に挙げる仕草を咄嗟に取って居た。そして、今にも崩れ落ちそうな私の両足が、炎に溶けた灼熱の大地にめり込んで行くのが分かった……。
(──〝魔法反障壁呪文〟……)
……その時。幽かにだが、聞き覚えのある誰かの声が、確かに頭の中に響いた。そう──、それは、リリスさんの声だった。しかし、何故、今になって……。
「ぐっ!! い、如何に此処が仮想現実とは言え、こ、この街を灰燼に帰すのだけはっ!! 冒険者ギルドの店主や猫耳お姉さんが恐怖で震え上がっていますっ!!」
「え? この世界の人間は致命傷受けても死なないよ? ふーん、そっか。オジサンは、幽霊だけど生きて居る冒険者側の人間を守るんだ? 恨みとか無いの? オジサンも魔族側の〝演者〟かと思ったんだけどな。 ま、その人たちって、レイキさんの会社の人間でしょ? ま、良いや。それより、オジサン凄いね? 本当にレベル1の黒魔導士? バグってるのかな……」
「な、何がですかっ?!」
「だって、ほら。オジサンの指先から僕と同程度の魔力──、いや、〝光の炎〟が出て居るんだけど?」
「え?」
途轍も無く熱い……特に指先が。──と、思って居たのだが。どうも、それは少年の魔力によるものと私の指先から偶然?……にも放出された光の魔力による熱炎だった。
(──いや、偶然じゃないですよね。わ、私は確かにリリスさんの声を聞いた。そのせいでしょうか?……大気が熱で揺らめいて見えますね)
しかしながら、光の上空に居る少年の炎の魔力と私の?……魔力が偶然にも拮抗し、膠着状態が長引くにつれ──。冷静になった私は、今にも溶け出してしまいそうな身体が感覚的に、ちょっと暑めのサウナ室に居る程度に感じられる様になって居た。代わりに、閃光の中で少年の放った五つの魔力の塊が、熱さよりも重力を伴って私の両手に伸し掛かった。
「お、重い……。が、しかし、貴方の魔力の塊をこの街に落とす訳には──。ぐっ!!」
「諦めれば良いんじゃない? 誰も死なないよ? ゲームだし。けど、本当の意味では、僕とオジサンは死んで居る訳だからね? それに、破壊されても直ぐに街は元通りだよ? 仮想現実だからね」
「……それも、そうかも知れませんね」
光に満ちた空からは、眩し過ぎて見えない少年の声だけが聴こえる。私は、渾身の力を両の腕に込めて尚且つ──眼鏡のレンズ越しに映る五つの太陽から目と顔を伏せ、足元を見た。……すると、どうだろう。田中さんに支給して頂いた私の黒いブーツが、身体を持ち上げる様にして──。
「う、浮いて居る?! わ、私が?!!」
──かつては、飛べない幽霊だった私が。今まさに、う、浮いて居る? ……ジワリ、ジワリと。それは、まるでスペースシャトルを搭載した打ち上げロケットが炎を上げて、ジェット噴射をして宇宙空間へと飛び立つ程の凄まじさだった……。つまり、田中さんに支給して頂いた私の黒ブーツの踵が炎を吹き出し、ジェット噴射して居るのだ。
(──ゴゴゴゴゴゴゴ……!!)
「くっ!! か、身体がっ!! お、オジサンって、一体、何者なの?!! ぼ、僕の魔力が押し返され……て」
「なっ?! しょ、少年っ?! だ、大丈夫かね、君!?」
「ぐっ! ぐぁーっ!!」
「し、しまった……!!」
閃光に満ちた上空が次第に元の青空へと戻り──、その彼方に二つの魔力に弾き飛ばされた少年の姿を見た。
田中さんに頂いたブーツのおかげで、この少年との戦闘中に飛べる様になった私だが……。その余りに凄まじい勢いに押され、私は空中でよろけて、あらぬ方向へとバランスを失いかけた。
「くっ! す、凄まじい速度で、か、身体がっ?!!」
(──〝空中遊泳呪文〟……)
遥か上空で、少年を追い掛ける最中──。またしても、リリスさんの声を聞いた。信じられないことに、その声を聞いた途端──、グラついていた私の身体がピタリと安定した。私は空気を切り裂く様にして、少年へと一直線に飛び立った。そして、力無く仰向けに落下して行くその身体を……抱き止めることが出来た。
(──パパラパ〜、パ〜ララ、パッパラ〜♬)
先程まで、この空間に鳴り響いていた戦闘曲は、いつの間にか消え失せ──。今度は、戦闘終了後のファンファーレの様な音が鳴り響いた。
私は何事かと思い、天を仰いだ。曇天の空は晴れ、青空が澄み渡る。抱きかかえた腕の中の少年の顔を見て居ると、何かを言いたげに少年の口元が動いた。私は少年のことが心配だった。生きて居る人たちとは違い、少年は幽霊だから成仏して消え去りはしないかと──。
「ハァハァ……。オジサン、おめでとう。僕を倒せたね? ほら、凄い経験値をもらえるよ? 何せ僕はレベル九十九超えの〝極限覇者〟だからね……」
少年のまだ幼い柔らかな頬が口元とともに動く。その微笑みに、目の下にペイントされた涙の模様が……薄っすらと消えかけて行く様に見えた。
「……消えてしまうのですか? せっかく貴方と出会えたと言うのに……」
私は彼を抱きかかえたまま、地上に静かに降り立った。涙が溢れた……。
「ふふ。それより、喜びなよ? オジサン、レベルがたったの〝1〟だったのに。見違えたよ?」
「……分かるのですか?」
「レベルアップって奴でしょ? ハァハァ……。うん。最初に会った時と、比較にならないほどにね」
すると、どうだろう──。少年の発光した身体からは光が溢れ……夥しい数の〝9〟の文字が、溢れんばかりに私の体内へと入って行く様子が目に映った。
「……9999? 9999?! あ、あり得ない……。そ、それに、何と言う凄まじい魔力!! た、体内に溢れるのを感じます。が、しかし、貴方は──」
涙が目に滲む中、彼の微笑む顔は安らかだった……。
「これは、僕の最大魔法を弾いて街を守れるかどうかって、イベントも兼ねてたんだ……。僕もゲームに参加したくて……。【星落】から街を守れなくても、生命力が残り〝1〟になって瀕死の状態で奇跡的に助かる──。これは、そんな魔法なんだ。そして……倒壊した街の復興イベントにもなる予定だったんだ。隠してたけどね。ハァハァ……。僕の魔族側の〝依頼〟自体は、キョクオウさんからの『魔王様を連れ戻す』とレイキさんからの『魔王様の様子を見て来る』……だったんだけどな」
事の顛末を話し終えた彼は、私の腕の中で眠るようにして瞼を閉じた。しかし、彼の身体はまだ、消え去りはしなかった。仮想現実だからか、彼が私と同じ幽霊だからか……実際には殆ど身体の重みは感じられなかったが。
しかし、私は地上へと降り立ったその後──、大歓声を耳にした。それは、街の人たちや、戦いに敗れて、一度はログアウトしていた冒険者さんたちからの声だった。
「救世主だ! この仮想現実世界の英雄だ! 真の勇者が現れたぞっ!!」
「凄い……。これが、〝極限覇者〟の力。見るのは初めてだけど、本当に居たのね」
「良いもん見せてもらったぜ? まさか、冒険者側に、こんな凄ぇ奴が居たなんてよ?」
「まさに、伝説勇者!! その姿は、誰も見た者は居ない……。なんてなっ!!」
少年を抱えて立つ私を、遠巻きに群衆が見つめて囲って居た。羨望の眼差しが向けられ、賞賛の言葉が私に浴びせられる。しかし、他人から殆ど注目をされたことの無かった私は、何処か恐怖すら感じた。
「え? わ、私が勇者? そ、そんな。いやいや、だって、私は……魔王なのでは?」
──と、群衆の輪の中で一人、少年を抱きかかえたまま立ち尽くし、誰にも聞こえない小声で呟いた。私は黒のフードと身に纏っていた黒いマントの中で、どうしたら良いのか分からずに俯いた。
そんな中、冒険者ギルドに居た、髭を生やしたスキンヘッドの店主と猫耳のお姉さんが、私へと駆け寄って来た。
「旦那ぁっ!! 凄ぇですぜっ!! まさか、旦那が、あんなに凄い御人だったとはっ!!」
「見てたんだニャアッ!! オジサン、凄く格好良かったんだニャアッ!! 惚れ惚れするニャアッ!!」
「いや、あの……な、何かの間違いでは? わ、私なんて……。し、失礼致しますっ!!」
酔いがすっかりと醒め──、収拾がつかなくなった事態に怖くなった私は、気が付くと少年を抱えたまま、ダダッ!──と、二三歩駆け出して居た。
「空中遊泳呪文っ!!」
一か八か。私は、リリスさんの言葉を真似して叫んだ。すると、私の身体が流星の様な青白い光を放ち始め……驚愕した。そして、両腕を万歳する様にして跳躍し──、気が付くと青空の広がる上空へと飛び立って居た。もちろん、私の両腕には少年が横たわっており、万歳した状態でもグングンと少年とともに空を昇るその奇跡に、私は目を見開いて驚いた。
「うおぉっ!! 凄ぇ!!」
「まさに、勇者ね……」
「ぼ、僕も大きくなったら、勇者さんになるぅっ!!」
「ほほっ! ……頼もしいのぉ」
「旦那ぁっ! 旦那ぁっ!! また、店に遊びに来てくださいよぉっ!!」
「待って居るんだニャァ!! オジサンの好きなお酒、奢っちゃうんだニャァッ!!」
飛び立った瞬間──。私を見送る冒険者さんたちや店主や猫耳お姉さんの声が聞こえた。
私が少年を抱えつつも飛翔しながら、そっと……地上に目を向けると──。皆さんが私に手を振ってくれて居る姿が目に留まった。
しかし……。そもそも魔王である私としては、何だか申し訳ない気持ちで一杯だった。泣きそうだった。私は逃げ帰るようにして、その少年とともに、この始まりの街〝ユートゥ〟を後にした。




