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「うん、大丈夫。別に止められたりしなかったよ」

「そっか」

 同好会ができて初めて外で活動したとき。あたしたちは見事警察官にとめられた。何も知らない人たちから見ればFREEHUGSは十分怪しい活動で、高校に連絡が行ったことも何度かある。最近ではそれもなくなってきたほうだけど、同好会は数々の問題があったおかげで、今年の学校祭は出展の許可がおりなかった。

「雅行もハグやってくの?」

「いや、もう帰るよ。千鶴も同じ時間ので帰るんだろ? 七海は電車乗らないからいいよな」

「わざわざ乗り継いでまで羽生高選んだ雅行たちのほうが珍しいんだよ」

 あたしを見る雅行の目が、すこしばかりいつもと違う。なにかを言いたくて、でも我慢しているようなそんな感じで、あたしは居心地悪く身じろいだ。

 もしかしたら、啓一くんとハグしていたところを見られたのかもしれない。

「じゃあ、また明日ね」

 雅行の視線から逃げるように、あたしはふたりに背を向けた。






       2



 雅行のことを意識しはじめたのはいつからだろう。考えて、あたしはすぐに答えが出た。

 ちょうど一年前の、今ごろ。学校祭前だった。


 

 入学当日から、ハグ・ハグ・ハグの嵐。

 噂には聞いていたけれど、予想を上回るハグの多さに驚いていたあたしが、ようやく学校になれてきたのは六月の宿泊研修が終わったころだった。

 けれどそのときはまだ、自分からハグをすることはめったになかった。まだまだ、ハグという行為を受け入れることができずにいた。

 校門をくぐって、途中で千鶴に会って、ハグ。教室の道までに千鶴の先輩に会ったときは、後ろでにこにこ千鶴たちのハグを見ているだけだった。

 そして教室。ガラッと扉を開けたなり、あたしの目の前には雅行が勇ましく仁王立ちしていた。

 雅行とはあまり関わりがなかった。千鶴と同じ中学校ということで何かしら交流はあったけど、さほど仲良くもなかった。そんな彼があたしの前に立ち、鋭い視線で見下ろしてきたかと思うと、ふいに愛嬌のある笑みを見せてあたしにおはようと言った。

『あ、おは――』

 返事をするよりも早く、あたしは雅行にハグをされていた。

 力強い腕に抱かれて、身体がぴったりと雅行にはりついた。彼の体温と、香りと、胸の音に包まれたのはほんの一瞬のことだったけれど、離れてもその余韻はいつまでもあたしの身体に残っていた。

 驚きのあまり硬直したあたしに彼はもう一度笑ったかと思うと、千鶴とハグをし、すぐに離れて続々と登校してくるクラスメイトに片っ端からハグをしまくっていた。

 なんかこのクラス全然ハグしてない。そう思い立った雅行が、登校してきたクラスメイト全員にハグをしたのだと、あとで千鶴に聞いた。

 それにがっかりしたときには、もう気になっていたのだと思う。

 雅行のおかげでクラスは次第に積極的にハグをするようになり、彼はクラスでも支持を集める人気者になったのだった。


      ○○○


 あのとき雅行が全員ではなく誰か特定の女子一人にハグをしていれば、今ごろ彼には彼女ができていて、あたしがこんな思いをしていたこともないと思う。

 はじめは雅行とハグできることが嬉しくて、毎朝それが楽しみだったのだけど。それがいつしか苦痛に変わるなんて、まったく思っていなかった。

「七海、ちょっと」

 学祭準備で教室に残っていたあたしは、その声でようやく我に返った。

「ねぇ、七海ってば!」

 ばんばん、と、机を手で叩かれる。顔をあげれば、そこにはぷくっと頬をふくらませた千鶴がいた。

「学祭の打ち合わせしようって、朝にチヅ言ったでしょ!」

「あ……ごめん」

 千鶴は水色の指定ジャージを着て、袖口や顔のいたるところにポスターカラーのインクをつけていた。女バレの作業を抜けるのには少ししか時間がないから、時間厳守と言われていたはずなのに。

「どうせまた雅行のこと考えてたんでしょ」

「千鶴さまにはすべてお見通しですね」

 あたしは席を立ち、千鶴に続いた。

 学校祭までのカウントダウンも、ようやく一桁になってきた。

 羽生高の学校祭は、ひと学年のクラスが多いことから、学年ごとにやることが決まっている。一年生は後夜祭で飾る大行灯の製作。二年生は模擬店。三年生はステージ発表でのパフォーマンス。最後の順位づけは、全学年ではなく、学年ごとに決められる。

 そうやってそれぞれ分担させるのは、各部活動でもそれぞれ学校祭活動があるからだ。部活の出し物はほとんど屋台などの金銭物が多く、その売り上げはどこも部費にあてるようになっている。そうすると部活動の生徒はそちらに力を入れるわけで、自分のクラスの活動が多いと大変になる。だからそれぞれクラスの出し物はひとつと決めて、生徒に負担がかからないようにはからっての役割決めだった。

 二学年は模擬店。あたしたち2Bはお菓子系にはしるらしい。男子は主に店の飾りつけと調理。華やかな女子が売り子と宣伝。部活動に所属しないあたしはもっぱらクラスの模擬店に専念するほうで、メニュー表のデザインなどこまごましたものを受け持つことのほうが多かった。

 ちなみに、千鶴たち女子バレー部も屋台だ。

「先輩たちにお願いして抜けるの大変なんだからね」

「ごめんごめん。早く行こう」

 廊下に出れば、模擬店の飾り付け準備や大行灯の材料運びやらで、あちこちに道具やダンボールがちらばっている。行き来する生徒も多く、あたしたちはその間をぬって歩かなければならない。

 それぞれ大変だけど、何より忙しいのは生徒会執行部だ。なんていったって、当日のスケジュールを管理するのが仕事なのだから。雅行も最近はへとへとのようで、クラスメイトにハグしながらそのままもたれかかることも多くあった。

 千鶴に腕を引かれて、あたしは一階の談話室に向かう。その途中、声をかけてきたのは啓一くんだった。

「よ。順調?」

「まぁまぁかなー」

 そっちはどう? クラスの情報交換をしつつ、あたしたちはそれぞれハグを交わす。今年のパソコン部は、学校祭前から羽生高ホームページに特設サイトをつけて、そのサイトで宣伝していた商品を当日にオークション販売するらしい。

「啓一くんは当日、当番どうなってるの?」

「当番も何も、パソ部は実際ほとんど活動しないんだ」

 よくよく話を聞いてみたら、オークションは学校祭期間限定の生徒限定で、終了後高値がついている生徒に品物を渡すというものだった。プログラムやらなにやらで学校祭前は大変だけど、当日は部室にこもって交代でオークションの見張りをすればいいだけなのだそうだ。

「女バレも今年は気合入れてるみたいだな」

「まぁねー」

 笑う千鶴の頬にはポスカがついている。それをぬぐう啓一くんは実に紳士で、千鶴もそれに照れくさそうに笑っていた。

「当日になったら手が空くから」

「うん、わかった」

 じゃあね。またハグをしようとする啓一くんの身体を、誰かが横から突進してさらっていった。

「俺も談話室で寝かせてくれー」

「ま、雅行……」

 その大きな身体でよしかかるものだから、さすがに啓一くんも重たそうだ。目の下にぼっこりくまのできた雅行は疲労困憊といった様子で、学祭準備のストレスもそうとうためている。あたしたちの姿を見てすっとんできたのだろう、目には涙まで浮かんでいた。

「頑張れ、雅行」

 啓一くんも、男子には冷たい。首根っこにしがみつく雅行を引き剥がして、今度こそじゃあねと千鶴にハグをする。

「じゃあね、なっちゃん。頑張って」

「うん……」

 あ、と気づくには遅く、啓一くんはあたしにもハグをした。

 雅行はよろめきながらも、ばっちりそれを見ていた。啓一くんは千鶴からあたしの一部始終を聞いていたはずなのに。いまさらながらそれを思い出したらしく、耳元でかすかに「あ」という呟きが聞こえる。


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