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どちらからともなく、まるで吸い寄せられるかのように、二人は校門の前で抱き合った。
背の高い男子の首に腕をまわす女子の長い髪が、風にふかれて舞っている。折り目のしっかりついたプリーツスカートからのぞく脚は、朝日を浴びてまぶしく光っていた。
登校ラッシュで、生徒があふれている校庭。その中で二人は、公衆の面前にもかまわず熱い抱擁をかわしていた。
周囲の生徒も、教師も、それを気にすることはない。むしろ、そういった光景は校庭のあちこちで見られていた。
男子と女子、男子同士、女子同士、教師同士、教師と生徒。後輩や先輩も関係ない。みんな、顔を合わせれば当たり前のように抱き合っている。
先ほどの二人だって、今はもう離れてほかの生徒と抱き合っている。軽く腕を回すだけの軽いものもあれば、締め技かと思うほど力をこめているものもあった。
抱き合うとか抱擁とか、そういう固い言葉ではなく。ハグ、と呼ぶのが自然だった。
新学期が始まり、入学式があり、数ヶ月。ようやく学校になれ始めた一年生も、まだ積極的にハグができないようで、先輩からのハグに遠慮がちにこたえている。
まるで去年の自分を見ているようで、教室の窓からのぞいていたあたしの口からは、自然と笑みがこぼれていた。
大丈夫、すぐになれるよ。
「――七海、おはよ!」
毎日抱きつかれれば。
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開け放った窓の枠に肘をかけていたあたしは、横からの衝撃に思わずよろめいた。
「おはよっ、おはよう七海!」
肘ごと豪快に抱き寄せられ、あたしは身体を支えきれず頭を窓にぶつけてしまう。いて、と呟くのも気にせず、彼女はあたしを抱きしめたまま頬をすりよせてきた。
「……おはよう、千鶴」
今日も元気だね、とあたしは彼女――千鶴を抱きしめかえす。校庭に漂う若葉の香りをそのまま引き連れてきたらしく、一瞬、たんぽぽを抱きしめたような錯覚を感じた。
ハグ。それがあたしたちの通っている、羽生高校の日常だった。
なにかあるごとに、ハグ。おはようの挨拶にハグ。さよならの挨拶にハグ。おめでとうのハグに、ありがとうのハグ。理由もなくハグをしても全然かまわない。
決して校則というわけではないけれど、生徒も教師も、みんながごく自然にやっていること。毎年入学式には「I Hug You !」と愛の告白にかけた文字が各教室の窓に一文字ずつ貼られて、新入生歓迎の言葉にしているぐらい、ハグは学校に溶け込んでいた。
他校から『ハグ高』と呼ばれるほどに有名で、それを目当てに入学してくる生徒は毎年増加する傾向にあるらしかった。
「……ちょっと、ハグ長すぎない?」
抱きついたまま離れない千鶴を、あたしは引き離しにかかる。彼女と違って、あたしは家に一番近いからこの学校を選んだのだった。
「もういいでしょ、離れてよ千鶴」
「だって、七海にハグするの好きなんだもん」
今、誤解を招く発言をしなかったかな?
「七海、チヅみたいに筋肉ばっかりじゃないんだもん。筋肉の上に適度な脂肪があって、なで肩でさ。色も白いし、いいにおいだし」
小中とバレーで鍛えてきた千鶴の筋肉は、高校へと継続された部活動により、さらにたくましくなっている。それでも小柄でよく動き回る彼女は子犬のようでかわいらしく、短く切った髪は思わず撫でたくなるようなやわらかいくせがあった。
「ね? 雅行」
好奇心旺盛な丸い瞳が、ふいに、今まさしく教室にはいってきたばかりの彼に向けられた。
突然話をふられた男子――雅行が、軽く目を見開いてとりあえず鞄を自分の席に置く。窓際の一番後ろが雅行の席。その前があたし。隣が千鶴と、縁があるのか二人とは一年のときから席が近かった。
今までのあたしたちの会話から自分が出すべき答えをはじき出すまでけっこうな時間をかけて、彼は大きくひとつあくびをする。何をしたのか、そのつんつん頭には葉っぱがついていた。
「……その答えかたによっちゃ、俺が変態になるぞ」
まじめに引き締められた切れ長の眼が、言い終えてからにやりと笑う。そして彼も、あたしにハグをしてきた。
「オハヨ、七海」
千鶴ほど熱烈ではないけど、それでもしっかりと力をこめて抱きしめてくる。ほかの男子は女子に遠慮して軽く腕を回す程度なのに、彼は誰に対してもしっかりとハグをしていた。
「……おはよう」
かすかな痛みを感じながら、あたしはその広い背中を叩いてハグをかえす。そして振りほどいたように見えないように、まだハグに不慣れであるように、すぐに雅行から離れた。
「もう二年なんだし、いいかげん七海もなれろよ」
いつもの言葉に曖昧に笑いながら、あたしは千鶴と雅行のハグを見た。
同じ中学出身で、気心の知れている二人は、ハグに遠慮がない。二人がやるととても自然で、大好きです、とお互いに言っているようなあたたかい抱擁だった。
――痛い。
「……七海? どした?」
よほどあたしが変な顔をしていたのか、千鶴と離れた雅行が心配そうに長身をかがめてくる。決して自分からそらすことのない瞳が、まっすぐにあたしを見ていた。
「なんでもない。雅行、頭に葉っぱついてるよ」
笑顔を作って、あたしは自分が唇を噛もうとしていたことに気づいた。雅行の頭に手をのばして葉っぱをとると、彼は「もうない?」とさらに頭を寄せてくる。
「なんでこんなに葉っぱついてるの? 制服にもだよ?」
「近道使ったんだ。誰かの家の庭、突き抜けてきた」
すべてとり終えると、雅行が顔をあげる。にこりと笑う唇から白い歯がのぞいて、彼は両手をあたしにのばした。
「ありがとう」
予想外のハグに、あたしは身体をそのまま預けてしまった。
制服ごしの彼の胸板に、頬がくっつく。染みついた新芽の緑と、歯磨き粉の香りが混ざり合ってあたしを包む。背中にまわされた手が、とても熱い。
――痛い。
今度こそあたしは、雅行をふりほどく。突き飛ばしたといってもいいくらいの力で、彼の長身がぐらりとよろめいた。
「七海……?」
驚きの表情を浮かべる雅行に、あたしは口を開く。声がかすれて、ぱくぱくと動いた唇はほとんど言葉にならなかった。
「あたし――」
もう一度。今度ははっきりと声を出す。駄々っ子みたいに高い声は語尾まではねあがって、自分でも驚くぐらい教室に響いた。
「あたし、もう、ハグしない!」
雅行と、ハグがしたくない。




