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後編

次の日。

里の端っこ、魔物の入り口に集まった5人の空気は最悪だった。

イサクはとても気まずそうだし、ルーンは誰とも目を合わせないし、ジークは困ったように笑っている。


そのとき、くいくいとヴィヴィのローブが裾を引っ張られた。

アーヤは声が小さいので、話したいときはこうやって引っ張って、自分の口の近くに耳を寄せてもらう。


「どうしたの」


「お兄ちゃんのこと、ごめんね。迷惑かけたみたい」


「ん?ああ、昨日の悪戯?大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど」


「?じゃあ満更でもなかったってこと?ヴィヴィ姉はルーン兄といい感じなのかと思ってたけど。ルーン兄っていつもあんなにお兄ちゃんを威嚇してるし」


「ん?なにが??」


話題が掴めず、ヴィヴィは首を傾げた。


「……ねえ、つかぬ事を聞くけど。ヴィヴィ姉、夜這いって知ってる?」


「よば??なんの魔物?怖いやつ?」


「ああ、うん。ある意味怖いかも。というか、そういう情報を一切排除して聞かせないようにしているルーン兄が一番怖いというか。なんかもうホラーだね。魔女とはなんぞやという話だよ」


「え、なにそれ。わたしが魔女らしくないって話?」


「まあ、それもあるね。魔女って全方向に奔放だから子どもなんて気が向けばちゃっちゃっと作っちゃうもんだし」


「いやあね。アーヤったら。子どもはある日突然コウノトリが運んでくるのよ。時期なんて予測できないんだから」


「ああ、うん。そうだね。でもコウノトリと仲の良い魔女は意外と近くにいるものだから、気を付けたほうがいいよ」


意味深に笑うと、アーヤはイサクのもとに駆けていった。

その赤いローブの後ろ姿は確かに子どものものなのに、なぜかヴィヴィは自分のほうがより子どもになったような心持ちになった。

ヴィヴィはあと1年で成人なのに。アーヤはヴィヴィより2歳も年下なのに。


「おい。いくぞ」


ルーンから号令がかかる。

戸惑う気持ちはこの際置いておいて、集中しなければ。

とてもとても集中しないと、落ちこぼれのヴィヴィは結界魔法が使えない。


「手を」


合図すると、ジークとルーンが手を差し出す。

その前に杖を置いて祈る。


どうか2人がけがをしませんように。

辛い目にあいませんように。

無事に里に帰ってこれますように。


「本当にお前、こういう祝福系の結界だけは上手いよな」


ルーンが言いながら手を挙げた。

第三回魔物狩り競争の始まりである。







失敗した。失敗した。失敗した。


魔物の森の中間地点に差し掛かったとき、ひと際大きな狼型の魔物と遭遇した。

いつもながら切り込み役でルーン、その援護のジーク、そして離れた所からヴィヴィが結界魔法を維持する段取りだった。

が、狼の魔物は番だったらしい。


ふと気配を感じて後ろを振り向いたヴィヴィは、大きく口を開けた魔物をみて悲鳴を上げた。


「うみゃああああ!!!」


距離を取るとかの選択肢がヴィヴィにあるわけがなく、ただ尻もちをつく。

とっさにジークが間に入り、魔法を展開した。

が、少し遅かった。


ジークの魔法の光は魔物の腹に直撃したものの、ジークの手がその大きな牙によって傷つけられた。

に思われたが、そこはヴィヴィの結界のおかげか、傷ひとつない。

続けてもう一撃叩きこむと、魔物は腕を離して距離を取った。

そこでルーンが火魔法を放ち、魔物を燃やす。


「ヴィヴィ!兄ちゃん!」


ルーンは2人に走り寄ると、ヴィヴィの手を引っ張った。


「痛っ」


「足か?」


右足が、ブーツの上からでも分かるほどぼこりと盛り上げっている。

尻もちをついたとき、足をひねったようだ。

ルーンはたんこぶのようなそれを2.3度なでると、今度はジークを見た。


「俺はホウキで飛べるから、一人でも離脱できる。問題は飛べないヴィヴィちゃんかな」

「そうだな。信号を頼む」


ジークは頷いて、天に向かって杖を向けた。

すーっと、一本の光の柱が木々を抜けて雲の上に消えていく。

緊急事態発生、里に集合の合図だ。


「ヴィヴィはここにいてくれ。あの魔物を逃すと、多分仲間を呼ばれる」


「え。でも」


「お前は飛べないだろ。一緒に歩いて帰るしかないから、ちょっと待っててくれ。兄ちゃん、それまでヴィヴィを頼む」


反論する間もなく、ルーンが魔物の消えた森の奥へと走っていく。


「ルーン!」


ヴィヴィは必死に叫んだが、ルーンは振り返らなかった。






しばらくして、遠吠えの声がした。

あの狼の魔物だろうか。


「どうしよう…ルーンひとりで…」


「大丈夫。ルーンなら、あれくらいの魔物ひとりで十分だよ」


軽く笑うジークに、居た堪れなくなる。


「わたしがびっくりしてケガなんてしちゃったから…」


どうしてこうも、上手くいかないのだろう。

ヴィヴィは魔女に向いていない自分を情けなく思った。

自由奔放で何物にも縛られず、肝が据わっていて、楽しい事が大好きで。

そんな普通の魔女になりたかった。


「そんなにルーンと一緒にいたいの?」


「え?」


「ずっとそわそわしてるから」


そんなことない、とは、なぜかヴィヴィには言えなかった。

昨日からずっとルーンのことばかり考えている気がする。


何も答えないヴィヴィを見て、ジークはぶはっと吹き出し、ヴィヴィのふわふわの頭を思いっきり撫で回した。


「なにするのよー!」


「いやー、ついにヴィヴィが大人の一歩を踏み出した気がして、お兄ちゃんは寂しくもあり、嬉しくもあり、複雑な気分です」


「なあに。それ」


くしゃくしゃになってしまった髪を手櫛で直しながら、ヴィヴィは首を傾げた。


「うん。でも、きっとこれはいい事なんだよ。寂しいけどね。ヴィヴィちゃんに、素直になれる魔法をかけてあげるよ」


ジークは慈愛の女神様みたいな目をして、ヴィヴィの腫れ上がった足を触った。

その手を中心に、ふわりと綺麗は小さい光が舞う。


光の粒はまるで別れを惜しむようにヴィヴィの足首をくるくる回って、やがて消えていった。


「痛くない…」


ヴィヴィは呆然と呟いた。

これもまた、かなり高度な魔法だった。

やっぱりこの兄弟、只者ではない。


「一時的に良くしただけだよ。時間が経てば、ケガは元に戻ってしまう。でも」


ジークは、ああこれぞ兄弟というような、ルーンと同じように、にやりと笑った。


「これで、ルーンのところまで走っていけるよ」






ヴィヴィは走った。

こんなに走ったのは、里で魔女ごっこをして以来だ。

ちなみに魔女ごっことは、人間役の者が魔女たちを追いかけて、タッチされた者が人間になるという遊びである。


ジークは走る条件に、ヴィヴィ自身に結界を張ることを約束させた。

ヴィヴィが維持できる結界はふたつだけ。


ジークはホウキで飛んで里に帰るので結界は不要だからと押し切り、ヴィヴィ自身に結界を張らせた。


木々の合間をぐんぐん走って、必死にルーンが消えていった方向に走った。

目の前にはジークの光の鳥が飛んでいて、ヴィヴィが転ぶとすっと止まって待っていてくれる。


「ルーン、ルーン」


ヴィヴィはこの14年の人生の中で一番、呼びたい呼びたくて仕方ないと思いながらルーンの名前を何度も呼んだ。


ヴィヴィが張ったルーンの祝福の結界はまだ生きているが、それでも胸が張り裂けそうに痛かった。


走って走って、木々の合間からぬけたとき、崖を背に立つルーンを見つけた。


牙を向いた魔物が今にも飛びかかろうと機会をうかがっている。


「ルーン!!!」


ヴィヴィは叫んで、必死の形相でルーンと魔物の間に飛び込んだ。

怖いとは思わなかった。


魔物がものすごいスピードで走り寄ってくる。


でもヴィヴィには結界があるのだ。

これだけは、ヴィヴィの唯一の得意な魔法だった。


ぎゅっと目を閉じた瞬間、後ろからぬっと腕が伸びてきて、ぎゅっと抱きしめられた。


驚いて目を開いたヴィヴィの耳に、ルーンの低い声が滑り込んでくる。


「2人か。まあ、なんとかなるか」


ヴィヴィを抱きしめる反対の手が杖をくるりと回した瞬間、魔物と2人の魔女をのせた崖が崩れた。






「あーあ、なーんで追ってくるんだよ」


ルーンが言うが、ヴィヴィはそれどころではなかった。


「……おい、ヴィヴィ。息しろ、息」


ぽんぽんとルーンに規則的に背中を叩かれて、子どもがあやされるかのように、ヴィヴィは少し冷静さを取り戻した。

が。


「こわ、怖いよ!たか、た、た…」


2人はホウキに乗り、空を飛んでいた。

崖から真っ逆様に落ちていった魔物の存在が、さらにヴィヴィの恐怖を煽る。

この魔女、筋金入りの怖がりなのだ。


ホウキから両手を離した余裕のルーンは、両手でヴィヴィを抱きしめて、ぽんぽん、規則正しく背中を叩く。


「大丈夫」


何度もそう言って、地上に降りるとき、まるで宝物でも触るかのようにヴィヴィの腰を抱いてゆっくり降ろしてくれた。


ヴィヴィはへなへなと柔らかい草の上にへたり込んだ。

目には涙が滲んでいる。


魔物とルーンの間に飛び込んだときはあんなに怖くなかったのに、いまは恐怖で足も手も震えていた。


「ほら」


杖を一振りしてホウキを消すと、ルーンがしゃがんで背中をヴィヴィに負けた。


「さっさと乗れ」


「え、いいよ。歩けるよ」


「いいから乗れ」


有無を言わさないルーンの表情に気圧されて、ヴィヴィは大人しくその背に乗った。

成人前のおんぶ、恥ずかしいことこの上なかった。





「ここで待ってろ。水くんでくるから」


里に着くと、家の近くのベンチに降ろされた。

何か言うひまもなく、ルーンが走っていく。


ヴィヴィはまだ頭がぼけーっとしていた。

今日の一連の出来事が、現実なのか夢なのか判断が付かないほど動揺していた。


「ヴィヴィ?」


声をかけたのはイサクだった。


「よかった。緊急信号が上がったから帰って来たんだけど、ジークしかいないし。あいつは大丈夫の一点張りだし」


「あ…ごめん。ちょっとケガをしちゃって…」


ジークに一時的に治してもらった足首は、元のように腫れていた。

ルーンに背負ってもらっている間に魔法の効果がきれたようだ。


「よかった。ヴィヴィになにかあったらと思うと…」


イサクは座るヴィヴィの前に跪き、ほーっと安堵の息をもらした。


「ごめんね。心配かけちゃったみたいで…」


「まあ、ルーンと一緒なら大丈夫だろうけど。だろうけどさ」


ぐいっと顔を上げたイサクは、見たこともないくらい真剣な顔をしていた。


「ヴィヴィ。ヴィヴィは、ルーンが好きなのか」


ヴィヴィはポカンと口を開けた。

いまその質問が出る意味が分からなかった。


「え、うん。好きよ。ルーンもジークもアーヤもイサクも」


「そうじゃないんだよ」


立ち上がったイサクはなぜかとても大きく見えて、ヴィヴィはびくりと肩を震わせた。

イサクが怖い。

ずっと一緒に育って、安全安心な幼馴染のはずのイサクが。


イサクはそのままヴィヴィに近づこうとしたので、なんとかベンチの端まで後ずさる。


「ヴィヴィ」


イサクが名前を呼んだが、それは今までヴィヴィが聞いたことのない色を含んでいた。


イサクの腕がベンチにかかり、ヴィヴィの震える唇に彼の指がはった。


ヴィヴィははっとして、なぜかは分からないけれど涙がひと粒流れた。

目を見開いたイサクが飛び退く。


その隙に、ヴィヴィは足の痛みも忘れて、というか片足を引きずりながら、必死にその場から離れた。






なぜか無性に家に帰ってベットの上で丸くなりたかった。

必死に家の扉に手をかけ、少し開いたとき、母親のマイヤとジークが食卓に座っているのが見えた。

泣き出しそうになって、声をかけようとした時だった。


「大丈夫だよ。マイヤ。あの2人なら」


「でも心配は心配なのよ」


そわそわしている様子のマイヤの両手をジークが両手で優しく包み込んでいる。


ヴィヴィはその場で立ち止まって、呆然とその光景を見ていた。


いつもの2人のはずなのに、なぜか知らない2人に見える。


「あ…」


一歩下がったヴィヴィの肩を優しく抱くひとがいた。


「ヴィヴィ」


優しく呼ばれて、目をふさがれる。


「お前にはまだ早いよ」


ルーンの声だ。

ルーンの大きな温かい手に視界を奪われながら、ヴィヴィは小さく肩を振るわせた。


「あそこにいろっていっただろ」


「あの…でも、その…なんか、いれなくなって…イサクが…ていうか、お母さんが…」


「うーん、このどさくさに紛れて、兄ちゃんも動き出したかあ」


ルーンの呑気な声に、少し気持ちが落ち着く。


「あの、ルーン、わたし、わたしね。分からない。なんだろう。これ。違う里に来たみたい。怖い…ここ、わたしの家だよね?」


「うるさい。ごちゃごちゃ言うな。成人したら俺が全部教えてやる」


ルーンの手が離され、ぐるんと向きを変えられる。


「え……あの、それは、え…」


ヴィヴィはルーンの意地悪そうな笑みを見ていられなくなって、顔を伏せた。


「……お前、意味わかってる?」


言いながら、ルーンがヴィヴィの顔を覗き込む。


「……ああ。ちょっとは分かってるか。顔真っ赤」


にやりと笑ったルーンは、ヴィヴィをぐいっと抱き寄せると、そのまま軽々と持ち上げた。

お姫様抱っこというやつだ。

ぴょいと足でドアを開けると、マイヤとジークがぱっと振り返った。


「おーい。いちゃいちゃすんなよ。ヴィヴィの手当てするから」


「あらあら。ヴィヴィちゃん。大丈夫?」


ジークのことなど忘れたかのように、マイヤが走ってくる。


日常に戻ったというかんじだ。

ここが魔女の里のヴィヴィの家だ。

母がいて、兄のようなジークと少し意地悪ででも優しいルーンという幼馴染がいる、ヴィヴィの家。

なのだが。


ルーンの意外と力強い腕に抱かれたヴィヴィは、顔を両手で覆って離せなかった。

この甘酸っぱい気持ちが何なのか、魔女にしては、奔放や気ままからかけ離れたお子ちゃまなヴィヴィにはまだ分からなかった。


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