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前編


【切実なお願い】

誤字脱字はどうかあたたかく見守ってください。


-----------------------------------------------


智なんてまったく興味がない。

情はわけば大事にする。

意地なんて言葉は知りません。


とかく、魔女というのは気ままなものだ。



世界的な魔女狩りから悠に100年。

魔女なんて殺せと襲ってくるあれやこれやと遊び、飽きたところで引きこもったのは魔物の森のちょうどど真ん中で、おいそれと人が入れる場所ではない。

そんな場所を魔女たちは「静かでいいところじゃない」と気に入った。


それがこの、気ままな魔女の里。

特に里に名前はない。


魔女たちは里の外で遊び、気が向いたらこの地に帰ってくる。

ときにはお腹の中に子どもを連れて。


まあ、気ままな魔女にはよくあることである。


そのままある程度子どもが大きくなると、また旅に出る者もいるし、人生の休憩がてら子どもの成長を見守る者もいる。


そんな自由奔放な魔女たちの中で、一番の落ちこぼれの魔女がいる。

まあ、魔女は他人の能力なんて気にしないので、落ちこぼれを意識しているのは本人のみである。






「だから、前に出たら危ないって言ってるだろうが!!」


「だって!ルーンが飛び出したから危ないと思って……」


「俺は勝算があって飛び出してるんだよ!」


ぐるぐるとご自慢の杖を振り回して、ルーンが怒鳴る。

その間に、2人の後ろで牙をむいていた魔物が燃え上がり、あっという間に黒焦げになる。


限界を迎えて、ヴィヴィは後ろにぱったり倒れた。

氷の魔女は、暑さに弱い。

もちろん熱にも。


真っ白な肌に控えめに浮いたそばかす。

薄い藤色の髪は細くふわふわしていて、全くまとまりがない。

薄いピンクの瞳は愛らしいが、赤ければ赤いほど魔力が高いという魔女の中では、ちょっと悲しい色だ。


「こら。ルーン。わざわざ火魔法を使うなよ。ヴィヴィちゃんがくらくらしてるだろ」


へなへなと体に力が入らないヴィヴィの背中を支えてあげたのは、ルーンの兄のジークだ。


「これくらい慣れろ。ってか、唯一のご自慢の結界魔法を自分にかけろ」


「前線で戦わない私が自分にかけても…」


「だからといって他にかけてるのに自分にかけないのもおかしいだろ。しかも、結局前に出てるし」


うっと答えに詰まったヴィヴィは、大きな瞳に涙をためて、ルーンを見上げた。

この魔女、涙を武器としか捉えていない他の魔女と違い、すぐにぽろぽろ涙が溢れる。


ルーンは不機嫌そうに顔を顰めて、ぷいっと横を向いた。

一つにまとめた美しく長い黒髪が合わせてさらりと揺れた。

もちろん、里の中でも一二を争う魔女であるルーンの瞳は真紅だ。


「もうすぐ日が暮れるし、イサクたちと合流して里に帰ろうか」


ヴィヴィの両脇に手を入れてひょいと立たせると、ジークが杖を振った。

杖の先から鳥の形をした光が出てきて、すーっと道案内をするように動き出した。


なぜかルーンが、ジークの手を叩いている。

兄弟喧嘩だろうか。


首を傾げつつ、ヴィヴィは自分の細い杖をぎゅっと懐に抱え、光の鳥を追いかけて歩き出した。


まあ、杖といっても、ただの木の枝なのだが。


魔女は魔法が使える年齢になると、お気に入りの枝を拾って自分の物にするのだ。


ルーンの杖は細くて少し長く、ジークの杖は短く太かった。

余談だが、ヴィヴィの杖は先が小さく2本に分かれている。

これを拾ったときは、「双子の杖だ!」と言って、あらゆる魔法を使うことを夢見たものだ。


結局使えるようになったのは、小さな氷を出す魔法と、雪の結晶を出す魔法、あとは人ふたり分の小さな結界をはる魔法だけだ。


「お!どうだ?そっちの成果は」


少し離れた場所で、イサクたちを見つけた。


「超級の魔物を12体倒したよ。なかなか良い練習になったよ」


「げぇ。うちは8体だよ。負けちまったなー」


イサクは妹のアーヤの頭を撫でながらため息をつく。

こちらは2人だったわけなので、大変さは倍だったろう。


こうして、第二回魔獣狩り勝負は、ジークチームの勝利となった。





そもそもの発端は、ルーンが言い出した一言だ。


「魔法の試し撃ちがしたい」


村の真ん中に放置されているなんの形なのかよく分からないオブジェたちに座りながら、4人は首を傾げた。


「そのへんですればいいじゃないか」


土地ならごまんと余っている。


「そうじゃなくて、魔物を狩って実践がしたいんだよ」


「あー、まあ、退屈だしね。それもいいかも」


ジークが頷く。

この5人をのぞいて、他の魔女の子どもたちはみんな里の外に旅に出てしまった。

気ままな魔女にはよくあることだ。


「じゃあどうせなら、対戦形式にしようぜ。買ったチームは負けたチームから晩飯にユークレアをもらえる」


ユークレアとは、大魔女の秘宝と呼ばれる赤い木の実だ。

甘酸っぱくて美味しく、噂では魔力が上がるらしい、魔女の好物だ。


「ま、魔物なんて怖いよ。ねえ、アーヤ!」


すでに瞳に涙を浮かべながらヴィヴィが必死に同意を求めたアーヤは、ふるふると首を振った。

最年少のアーヤは滅多に喋らないが、意思表示はしっかりする。

そして、意外と肝がすわっている。


小柄な自分よりもまだ小さなアーヤの様子に、ヴィヴィはがっくり項垂れた。





「さあ。たーくさんお食べ〜」


賑やかな号令で、夕食が始まる。

今日は魚の煮込み料理にアクセントのユークレアの実がいいかんじ。

ヴィヴィの母、マイヤは料理上手なのである。


いま何歳なのかはわからないが、見た目は20台そこそこといったところ。

ヴィヴィがハイハイしていたころから変わっていない。

まあ、魔女なので。


マイヤは魔女にしてはめずらしく、子どもの世話が好きだ。


隣に住むジークとルーンの母魔女が旅に出たとき、ジークは15歳、ルーンは10歳だった。

魔女の成人は15歳。


上の兄弟の成人の儀とともに旅に出る魔女は多い。

まあ、魔女なので。

人間世界でいうところの育児を放棄しているとか、そういう概念は魔女の里にはない。


10歳頃には、魔女は一人前に魔法を使えるようになるのだ。

そして、下の兄弟に魔法を教えるのは大抵上の兄弟たちだ。


そんな兄弟を、世話付き料理好きな変わり者魔女のマイヤが朝昼晩とせっせとご飯の世話をするのは当たり前だった。

いまでは徒歩2分のはずのお互いのリビングに転移魔法陣が設置されていて、ふたつの家はひとつの家といっても過言ではなかった。


「今日のメインは魚のユークレア煮にしようって朝から決めてたの!わざわざ転移で港町まで行ったのよ〜」


ふふふと笑うマイヤ。

もしジークチームが勝負に負けていたらどうする気だったのか。


「マイヤさん。手伝いますよ」


ジークが食卓に細々とした食器を並べ出す。


「ありがと!ジークちゃんはいい子ねぇ〜」


マイヤは自分より背の高いジークの頭を撫でた。

ジークが照れくさそうにはにかむ。


マイヤは火の魔法を得意とする魔女で、真紅の髪はまっすぐ腰に落ち、同じく溢れそうに大きな真紅の瞳をしている。

女性にしては背も高く、顔立ち以外はあまりヴィヴィには似ていない。


里の外で運命的な恋に落ちヴィヴィを産んだそうだが、その運命のお相手を見たことはなかった。


スタイルが良く長い黒髪に真紅の瞳という神秘的で麗しいジークと並ぶと、どこかの絵画のように綺麗だった。

庶民的な食卓だけど。


「おい。食べる前に髪くくるだろ。邪魔になるし。さっさと来い」


2人に見惚れていると、ルーンがぐいっと手を引っ張って、ヴィヴィを椅子に座らせた。


「痛っ」


「えっ、そんな強く引っ張ってないぞ」


「手じゃなくて…」


言いにくそうなヴィヴィに、長年の幼馴染、ルーンは悟ったらしい。

またか、といった顔をして、自分の服のボタンに見事に絡まったヴィヴィの柔らかな髪を解いていく。


「切っちゃっていいよ」


「アホか。長い髪は魔力を蓄える。魔女の象徴だぞ」


「でも、私、そんなに魔力貯められないし…」


ヴィヴィの細く柔っこいふわふわの髪は、あまり魔力を貯められない。


魔女として生まれ持つ元々の魔力の大きさは瞳の色に出るが、魔力の少ない魔女でも、その髪に魔力を蓄えて運用する。

ヴィヴィはそのどちらも弱かった。


「関係ないだろ。髪は女の命でもある」


「女…」


「俺たちは魔女から生まれて便宜上魔女なんて言われてるが、お前は魔女で、女だろ」


ヴィヴィとルーンは14歳。

後1年で成人する。

12歳の頃、ルーンはヴィヴィと一緒に寝てくれなくなった。

歩くときに危ないからと手を繋がられることもなくなったし、おやすみの頬へのチューも拒否されるようになった。


女という言い方をするようになったのはその頃からで、その言葉を聞くたび、ヴィヴィは不思議な心地がする。

そしてそれは、ルーンと自分を隔てる大きな壁に思えて、その壁を登りきることはとてもとても困難に思われた。


「はい、できた」


後ろで編まれているはずの自分の髪は見えないが、マイヤが毎回羨ましがるので、綺麗に結ってくれているのは知っていた。


一緒に寝るのは拒むのに、なぜかルーンは他の誰かがヴィヴィの髪に触れるのを嫌がった。

ヴィヴィの髪は扱いづらいので、人に迷惑をかけるのを嫌っているのかもしれない。


ちなみに、ヴィヴィ自身は不器用で自分の髪を上手く纏められたことがなかった。

ジークに芸術品のようだねと言われ、優しく解いてもらったことはあったが。


あの時は、ルーンは不機嫌そうにこちらを見て一言、「不器用め」と罵ってくれた。


「あらあら。ふたりは仲良しさんね」


両手にカップを持ったマイヤが、にこにこと笑う。


「うん。だって、ルーンもジークも家族だもの」


とても大切な、ヴィヴィの家族。

お父さんがいなくても寂しくない。

大切な、大切な。


ふとルーンを見ると、なぜか眉を寄せていた。

目が合ったのに、すぐ晒される。


「あれ?」


ヴィヴィは胸を押さえた。

まだ何も食べていないのに、胸焼けがしているのだろうか。

しくしくする気がする。


その日の魚のユークレア煮は、あまり味がしなかった。






深夜、ベットに潜り込んだヴィヴィは、うーんと唸りながら寝返りを打っていた。

なぜか眠気がこないのだ。

すぐ眠りこけることだけが特技のはずなのに。


あ、あと本の速読も得意。

でも刺繍は好きだけど苦手。


うんうん取り留めのないことを考えながら、目を閉じる。

眠れない夜は目を閉じていればいいとルーンが言っていた。


その時、ふと何かが足に当たった。


最初は湯たんぽかと思ったが、はてと気づく。

いまは夏。

湯たんぽなんて温かな素敵なもの、置いていない。

置いていたら氷の魔女大ピンチ、朝方には溶けてしまうかもしれない。


何かが、ベットに入ってきている。

足元から。


瞬間、ヴィヴィは悲鳴をあげた。


「うにあわぁあああ!!!!!」


「ちょ、ストップ、ストップ!叫ばないで!ヴィヴィ!」


聞き慣れた声に、枕元で丸まっていた体から視線だけをそちらに向ける。


月明かりで見えにくいが、それは確かに幼馴染の魔女の里仲間のイサクだった。


「な、んだ…イサクか…私、びっくりして…」


「ヴィヴィ!!」


その時、ベットの横に設置している緊急転移魔法陣から、ルーンが現れる。

いつも整えられている髪は無造作に下されていて、まさに寝るところに駆けつけてくれたようだ。


あまりの怖がりで夜も眠れないヴィヴィのために、見かねた小さな頃のルーンが作ってくれたものだ。

ヴィヴィが恐怖を感じたり、悲鳴を上げると発動する。


「びっくりした…脅かさないでよ、イサク」


「ごめんごめん」


「イサク?なんでここにいるんだよ」


「んー、なんとなく驚かしたくなって?」


イサクがうーんと少し考えるように唸ってから、へらりと笑って言った。

その瞬間、なんの予備動作もなく、ルーンがイサクを殴った。

拳は握られている。


見たこともないくらい吹っ飛んで壁に激突したイサクを見て、ヴィヴィは慌てた。

魔物が吹っ飛ぶのを見たことはあっても、魔女が吹っ飛ぶのは見たことがない。


「ちょ、ちょっと!なにしてるの!ルーン!」


「むしろこれくらいで済んだことに感謝してほしいな」


「いやいや!びっくりはしたけど!でもイサクも、ただの悪戯だったんだし」


「悪戯?悪戯ねえ。ふうん。ヴィヴィは悪戯されてもいいの?」


「え、やだよ。びっくりしたし」


瞬間、ルーンの細く長い指が、頬に添えられ、すーっと顎まで下がった。

くすぐったさに身を捩る。


「イサクにお休みのキスをされていいの?」


なんの脈絡もない唐突な問いに、ヴィヴィは答えられなかった。

嫌だった。

でも、幼馴染のキスを嫌というのは勇気がいることのように思えた。

だって、みんな仲間だし、友だちだし、そうやって14年間支え合って生きてきたのに、お休みの頬へのキスを嫌がるなんて、なんだか裏切りみたいだ。


ヴィヴィはどこか祈るような気持ちでルーンを見上げた。


いつのまにか自分より大きくなって、逞しくなって、添えられているだけのはずの指のせいで、なぜか顔を動かすことができない。


ヴィヴィはなぜか泣きたくなった。

なのに、涙は出なかった。

泣き虫返上かもしれない。


「ヴィヴィ。君はもっと魔女を知るべきだ」


今まで生きてきた14年の中で、一度も聞いたことがない硬い声だった。

ヴィヴィは俯いた。


「そりゃあ私は魔女としてはダメダメだけど…」


「そういうんじゃない。魔女は奔放だ。色々な方向性で」


「方向性…」


「あー!もう!色々教えてなかった弊害がこんなところに!」


なぜか頭をかき乱したルーンは、うーと唸った後、項垂れた。

パチンと細い指を鳴らすと、いまだに床にうずくまっていたイサクが消えた。

どうやら転移で家に帰したようだ。


魔法陣も媒介の杖もなくそんな高度な魔法を使うのは、里の中でも一握りだろう。


「とりあえず、男の魔女は部屋に入れないこと!」


「入れてないよ。勝手に入ってきたの」


「入ってきたら、俺を呼ぶこと。わかった?」


有無を言わさぬ凄みを感じて、ヴィヴィは半ば反射的に頷いた。


「じゃ、俺は帰るから」


「あら。また転移魔法使うの面倒でしょ?一緒に寝ようよ」


部屋のベットはなぜか母がダブルを用意してくれたので、なかなか広いのだ。


「……お前、本気で言ってるのか」


「え、うん。昔もよく一緒に寝たじゃない。私が魔物の遠吠えを怖がったり、雷を怖がったり……」


うん。怖がってばかりだ。


「ヴィヴィ。お前が俺の言ったことを何一つ理解していないのは分かった」


「理解してるよ。男性を部屋に入れちゃダメなんでしょ?」


「そう。そして、俺は男だ。ベットに誘うなんてもっての外なんだよ!!!!」


ルーンの叫びは、魔女の里中に響いたとか響かなかったとか。


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