雪に秘められた春 【月夜譚No.253】
その令嬢は、雪のように白い肌をしていた。それこそ、触れたら凍ってしまいそうな白だ。
表情はなく、まるで人形のような美しい顔。赤々と引かれた紅だけが異質に浮いて、生きた人間だとは思えないほどである。
けれど、彼女は正真正銘の生きている女性であり、由緒正しき貴族の令嬢。感情のない抜け殻だと噂されもするが、その美貌は誰もが羨む神の造形と言われた。
夜会の会場の最奥。そこに設えられた豪奢な椅子に腰かけた彼女は、集まった貴族等の視線を受けながら、いつもの無表情を貫いていた。
しかし、凍ったようだったその碧の瞳が、ある瞬間に星のように煌めいた。彼女の視線の先、そこには下級の貴族の子息が物憂げにグラスを傾けている。
相変わらずの無表情ではあるが、昔から彼女を知る者にはよく判る。仄かに頬を染め、少しだけ纏う空気が柔らかくなった。
彼はきっと覚えていないだろう。けれど、それで良い。こうして姿を見られるだけで良い。
彼女は心を春のように温かくして、そっと長い睫毛を伏せた。