憧れは憧れのままでいるのが1番いい
じいじいとうるさい蝉の声と、照りつける日差しの中、俺、柊 灰人は、自身が通う高等学校へ向かっていた。
家から近いという理由だけで選んだその高校は、特段偏差値が高いわけでも、低い訳でもない。有り体に言ってしまえば平々凡々とした高校だ。
自分自身、その中で特段優れているわけでも、劣っているわけでもない、勉強も、運動も、中の中といったところの、特段優れた点も無い、ごくありふれた人間だった。
ただ、敢えてあげるのならば、自分は世間一般で言うところのコミュ障であり、陰キャと呼ばれる部類に属する人間なのだろう。
最近はスマートフォンなどによりSNSが身近になり、陰キャ特有の、有り余る時間で磨き上げた才能により、人気者になる人間が少なからず出てきてはいるが、俺はそういった特技もなく、有り余る時間は家でネット小説や漫画、動画サイトなどを漁りながら、無為に時間を消費するだけのダメ人間であった。
日差しの暑さにいい加減辟易としながらも学校へと向かっていると、あからさまに嫌悪に満ちた目線を俺に向けてくる3人組と出くわす。
彼らは、かつて俺の友人であり、俺が初めて気兼ねなく話せる人間だった。
「……あーあ朝から嫌なもの見て萎えるわぁ。 今日はあまりいい日ならなそうだよなー」
彼らの中では1番背が高く、キリッと整った顔立ちでムードメーカーの大岩 大地が、決して大きくは無いが、こちらにも聞こえる声でつぶやく。
「まあまあ、そんなこと気にせず、行こう大ちゃん」
優しそうな顔立ちで、少し苦笑いしながら大地を宥める彼は、平井 竜二。
少し押しに弱いが、優しいと評判の、おっとりした奴だ。
「そうそう、いちいち気にしてるのも労力の無駄だろ」
堀が深く、端正な顔立ちで、威圧感のある彼は、安井 ルーカス。
何でもアメリカ人とのハーフらしい。
彼らとの確執の理由はなんてことは無い、俺が調子に乗りすぎたのだ。
中学生の頃から、友人はもとより、知人と呼べる関係の人物さえ少なかった俺は、高校に上がるタイミングで、ほとんど知人と呼べる人物が同じ学校に居なくなり、クラスに馴染めるか不安にしていた所に、最初に話しかけてくれたのが、大地だった。
彼の元来持つコミュニケーション能力の高さもあったのだろうが、人と話すことが不得意な自分が、驚く程にすんなりと仲良くなることが出来た。
その後同じクラスだった竜二、ルーカスとも話すようになり、よく4人で遊んでいたのだ。
それまでここまでしっかりとした友人というものがいなかった自分は、思えばこの時が人生で1番満ち足りていたのかもしれない。
しかし、コミュニケーション能力の高い彼らと遊んでいると、自分がコミュ障だということをだんだんと忘れていった。
ある程度のコミュニケーション能力があるからこそ成り立つ、じゃれあいのような軽口を、軽口でなく、ただのわるくちとして、俺は空気も読まず、知らず知らずのうちに、彼らに浴びせてしまっていたのだと、今になって思う。
そしてだんだんと彼らから距離を置かれるようになった俺は、それでも空気を読まず、彼らに付きまとうように話しかけた。その結果、彼らの中で、友情は、嫌悪へと変わって言ってしまったのだろう。
全ては自分が招いた結果とはいえ、初めてできた友人に嫌悪感を向けられるのはかなりショックが大きく、彼らを見ると泣きそうな顔になってしまう。
毎日が憂鬱だったが、不登校になる勇気すらない自分は、こうして毎日、学校へと通っていた。
いっそ、最近流行っている小説やアニメのように、異世界に転生して、人生をやり直せないだろうか。
異世界に転生して、チートを貰って、頼れる仲間や美女、美少女に囲まれるハーレムなんかを作ったりして、最高の人生を生きるのだ。
……なんてありもしないことを妄想してしまう。
「ッチ」
そんなふうに悲観的になっていると、他のふたりに制され、不機嫌そうなまま、大地は歩いていってしまった。
自分の怯えるような態度が、より大地を不機嫌にさせてしまっているのだと、最近は何となく分かるようになったが、こればかりはどうしようも無い、無意識に顔に出てしまうのだ。
そして顔を上げると、一刻も早く自分から遠ざかりたいのか、早足で歩き始める大地と、それを追いかけるふたりが目に入る。
そんな光景に思わず顔を逸らすと、見えてしまったのだ、自分より少し先の道路に、ちょうど彼らに向かうように進んでいる車の運転手が、居眠りをしているところが。
「あっ……あぶないっ!」
後ろにいた、竜二とルーカスは、突然俺の発した大声に驚いて立ち止まったため、恐らく車とぶつかることは無いだろう。
大地も同様に立ち止まったのだが、先に早足で向かっていた分、そのままだとぶつかってしまう。
なぜか、体が動いていた。
自分でも何故か分からない。
最初、仲良くしてくれたのに、自分の空気の読めなさから、不快にさせてしまった罪悪感があったのだろうか、それとも、相手はそうは思っていなくて、嫌悪感を向けられていても、俺はまだ、友人でいたいと思っていたからだろうか。
車の速度は、物凄く速い訳では無い。時速30kmくらいだろうか。
これくらいなら怪我はしても、きっと死ぬことは無いだろう。もしかしたら彼らを助けたことで、また仲良くなれるきっかけになるのかな?
なんて、何故か現実が引き伸ばされたかのように、加速する思考のなかぼんやりと考えた。
そして、ドンッ!という、車からと言うより自分の体の中から響くような音とともに、想像以上の衝撃が体を襲った。
吹き飛ぶような衝撃では無いが、それでも側方へと強く倒された俺は、車の方を見てしまっていたせいか、後頭部を強打すると、一気に視界が暗くなり、なんだか思考もまとまらなくなった。不思議と痛みは感じない。
こんなことがあったからか、嫌悪感など最早関係なく、3人が駆けつけてくれたのだろう、3人の声がぼんやりとだが聞こえる。
時間感覚さえ曖昧ななか、3人が何を言っているのかさえ聞き取れない中、救急車であろうサイレンの音だけがなぜかハッキリ聞こえる。
……自分はもしかしたら死んでしまうのだろうか、こんなお約束なら異世界に行けたりするのだろうか?……あぁでも、そうしたら、こんな自分に良くしてくれた両親には、顔向けできないな。
なんて考えているとついに限界が来たのか、すーっと消え入るように意識が遠くなっていく。
でも意識が消える寸前、確かに聞こえたんだ、普段ならまっすぐよく通る声の大地が、震えるような、泣きそうな声で。
「おれのせいでごめん、絶対死ぬなよ、灰人、俺、意地張ってた、また、……ぃ……ぁ……」
最後まで聞き取れずそれを最後に俺の意識はぷっつりと途切れた。
はじめまして
れあさんかと申します。
初めての執筆で至らないところは多いとはおもいますが、温かく見守って貰えると幸いです。