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王城にて

 

 王太子夫妻に挨拶した夜会からしばらくたって、バーンクライン公爵夫妻は王宮の晩餐に招待された。

 アンジェリーナはジェラルドと共に王宮に到着した。晩餐を終えた後、王妃殿下と王太子妃殿下、アンジェリーナの三人でお茶をした。はい、ドキドキです――


「そうだわ、アンジェリーナ。勉強会への参加はアンドリュー様が既に許可を取って下さったの。週に2〜3回ではあるけれど、ぜひ二人で勉強を頑張りましょう。」

「陛下もそれはいい案だとおっしゃっていたわ。一緒に学んだ方が理解も深まるだろうと。二人はたまたま同い年だし、気も合うようですからね。」

「今頃、公爵様もその話を聞いていると思うわ。入城許可用の手続き書類も用意ができているの。後ほどお渡しするわね。」


 レティシアは、王国の王太子妃として必要な知識を学んでいた。夜会の際、アンジェリーナも一緒に講義を受けたらどうか、という話になった。アンジェリーナは話の流れで、まあ一緒に勉強できたらいいのかな、と軽い気持ちで頷いたのだった。それが、アンジェリーナの預かり知らないうちに話は進んでいた。


 レティシアの口から紡がれる言葉は具体的で、アンジェリーナは次々と現実が見えてきた。現実的に考えると何と恐れ多いことか。どうか夢でありますように……

 しかし、断るという選択肢はない。アンジェリーナは、公爵夫人として腹を括った。


「レティシア様、ありがとうございます。」


 今日一番の笑みで切り返す。


「わたくしこそ、ありがとう。楽しみにしているわ。」


 レティシアは輝かんばかりの笑みをその美しい顔にたたえていた。

 

 王妃はその光景に目を細めた。レティシアは心からの嬉しさをこんな風に表情に浮かべるのだと、安堵した。それに、不思議とアンジェリーナにも惹かれた。

 王妃は子供の頃から知っているジェラルドが、婚約者どころか浮いた噂がないことを心配していた。ジェラルドが妻を娶ると聞いたときは驚きだったが、アンジェリーナならばと、納得した。



 レティシア王太子妃は他国から急遽嫁いできた王女だ。アンドリュー王太子をはじめ、王族達は打ち解けられるよう心を砕いた。自国での問題があって、輿入れに侍女すら連れて来れなかったのだ。

 王太子妃とは言えまだ18歳、心細いに違いない。心を開ける相手がおらず、心をすり減らして過ごしていることが見て取れた。

 

 王族達はレティシアが打ち解けられる相手を探していた。そんな折り、公爵家の婚姻式が執り行われた。参加した王族たちは、アンジェリーナのことが強く印象に残った。深く澄んだエメラルドグリーンの瞳のせいか?


 アンジェリーナについて調べると、社交に関心が薄く深い関わりがある貴族もいなかった。王家に忠誠心が厚い公爵家の夫人なので、レティシアの情報を漏らすこともないだろう。公爵との仲も良好で、アンドリューの情けを強請る必要もない。年齢も結婚した時期も同じ、レティシアに打って付けの相手だった。


 

 王宮で二人に用意された部屋はとても素晴らしい。勿論、部屋付きの侍女達も素晴らしい。更に上をいく素晴らしさがジェラルドの策略だ。 

 ずっと探し続けてやっと見つけたアンジェリーナ。婚約期間もそこそこに婚姻を結んだ、と侍女達にアピールしている。王宮内からの噂の広まりは、どんなところよりも確かな噂話として伝わっていくに違いない。


『旦那様はマリアンヌ様のために出来ることを全て行っていくのね。愛されるって素晴らしい』とアンジェリーナは思った。と同時に、心の中に不思議な感情が生まれていることに気付いた。 

 いつかバーンクライン家を出ることへの寂しさと、今までに味わったことがない感情。深く考えると分からなくなる。


 そんな時は、今眺めている恋模様に集中すればいい。きっと心が明るくなる。だが、何かが欠けていた。この恋模様の主役たるマリアンヌがいつもいない――




 翌週になるとアンドリュー殿下の計らい通り、アンジェリーナはレティシアと共に週に二度勉強とお茶の時間を共に過ごすようになった。


「今までは勉強の時間はずっとひとりで心許なかったの。週に2度だけでもアンジェリーナがいるのは心強いわ。」


 レティシアはうきうきして喜んでいる。


「お役に立てて嬉しいですわ。」

「それに、講義が終わったら楽しい時間が待っているのよ。勉強も頑張れるわ。」

「ふふふ。ほんとうに。」


 アンジェリーナの瞳がキラキラと輝いた。

 そう。講義の後に控えているお茶の時間は、二人とってこの上なく楽しいひと時なのだ。


 アンジェリーナとレティシアの関係は、もはや公爵夫人と妃殿下ではなかった。表情を取り繕ったり、貴族的な駆け引きなど存在しない。年若き新妻同士の話題は尽きない。たとえ王太子妃と公爵夫人と言っても、その内容は年頃の娘のそれと大差はない。


 勉強会では、国内の政治経済、歴史や地理などを学ぶ。貴族の系譜に加え、貴族同士のパワーバランスや繋がり。各々の領地の特産や産業、そして、その運営状況や利益。他国との繋がり、特に国境を接している国との関係は重要だ。 


 この日も難しい政治に関する勉強だった。難しい内容なだけに、終了後のお茶の時間はとても楽しかった。


「それでね、今度、宮廷貴族のご令嬢を数名招いてお茶会をすることになったの。アンジェリーナもどうかしら?」


 アンジェリーナはレティシアに笑顔を向け頷いた。


「では、参加してくれるのね。嬉しいわ。アンジェリーナがいてくれれば心強いもの。」


 レティシアの申し出はありがたかった。社交が本格的に始まる前に公爵夫人として、親しい夫人やご令嬢ができれば心強い。


「招待客選び、招待状のカードデザインと文言はもう決まったわ。お菓子とお茶はこれからなの。」


「まだ公爵邸での練習しかしていないのですが、わたくしも社交シーズンの終わりの頃には、お茶会を開催するつもりでいます。お手伝いできることは何なりとお申し付け下さい。」


 

 レティシアとのお茶の時間になると、ジェラルドと殿下も顔を見せ一緒に過ごす。

 アンジェリーナはまだマナーの講義が終わっていなかった。レティシアとアンドリューの仲睦まじい二人の様子を見るのは楽しいが、そこに混ぜられるのは中々大変だ。


 レティシアは一国の王女だ。日常の会話やマナーは問題ない。アンジェリーナはレティシアを窺い、こっそり真似てみた。


 アンジェリーナは、この王城でのお茶の時間が大好きになった。その空間は、春の陽だまりのような優しい光に包まれているようだった。

 

 




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