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二人の距離


 ジェラルドのアンジェリーナへの態度は優しく紳士的、とても大事なお人形のような扱い。でも、ジェラルドの笑顔はいつも同じで瞳には感情を映さず、まるで仮面のよう。

 それは閨でも同じ。唯一違うのは、いつもと同じ瞳の奥に情欲が滾っているだけ。

 感情の宿らない行為は虚しくて冷たいものだ。



 アンジェリーナが湯浴みを終えソファーで寛いでいると、ジェラルドがやって来た。

 二人で果実酒を飲みながら、取り留めもない会話が始まる。

 ほとんどはアンジェリーナからの報告で、ジェラルドは笑顔で相槌を打っている。

 

 ジェラルドは次第に伏し目がちになり、長い睫毛が秀麗な顔に色濃く影を落とした。

 何ともいえない物憂げな表情が、二人の間の空気を微妙に変化させた。


 ふと、会話が途切れた間合いで、ジェラルドの少し骨ばった大きな手がアンジェリーナの細い顎をつまみ、自然な手つきで上に向かせた。二人の顔が近づいていく。


「・・・・んん」


 アンジェリーナは、この後に続く行為が心に及ぼす影響を考えると暗く沈んでいった。

 繋がっている部分は熱いのに、ジェラルドの身体も自分の身体もひどく冷たく感じる。

 アンジェリーナは、何も感じない人形ではないのだ。


 会話の後に口づけをされてベッドに運ばれる。そして身体を重ねる。いつも通りの流れだ。今までにこの流れ以外で閨を共にしたことはない。その決まりきった行為に、アンジェリーナはうんざりしていた。


 


 アンジェリーナは妹のフローラと久しぶりに会ってお茶を楽しんでいた。アンジェリーナとフローラはとても仲良し。お互いに心の内を明かせる姉妹だ。


「お姉さま、先日は素敵なドレスありがとうございました。」

「気に入ってくれて嬉しいわ。もう夜会では着用したの?」

「いいえ、それがまだですの。」

「お姉さまは夜会に行かれたのでしょう。お義兄様はかっこよくて優しいし、さぞかし素敵な夜でございましたでしょう?」


 フローラは何とかアンジェリーナとジェラルドの仲を縮めようとしているようだ。


「確かに旦那様は、優しく接してくださるわ。表面的には素敵かもね。でも、いつでもどこでも同じ笑顔、何をお考えになっているのか分からないのよ。瞳の奥が笑ってないもの。」

「お姉さまから歩みよれば、お義兄様も心の内をきっとお見せになりますわ。もっと距離を縮めたらいかがですか?」


 やや前のめりになり早口で、畳み掛けるようにフローラは言った。

 アンジェリーナは、内心で苦笑いをした。


「わたしは別に、旦那様との距離はこのままでいいと思っているわ。使用人とは親しくしてるし、今のままで十分幸せよ。それに、旦那様もきっと同じお気持ちだと思うわ。」


 フローラは小さくため息をついたようだった。


「公爵様ともなると、そりゃあ色々と考えることが多いんでしょう。お義兄様はとても有能な方ですから、お姉さまが心穏やかに過ごせるように気を使っていらしゃるんではないのですか。」

「ふふ、そうね。でも、旦那様は相手をしなくてはいけない方がいらっしゃるのよ。これ以上、気を使わせてはご負担になるわ。」


 ジェラルドが望んでいるのは、マリアンヌの隠れ蓑としての妻の役目をぬかりなくこなしてくれる公爵夫人。それしかないだろう。もうそれでいいとアンジェリーナは思っていた。




 パトリックは、アンジェリーナをジェラルドから紹介された当初、よくもまあこんな頭の軽い令嬢がいたものだ、と呆れ気味にアンジェリーナを捉えていた。


 主人の無謀で失礼極まりない申し出に付き合うお花畑の妻。というのは見せかけで、その実は法外な要求を叩き突きつけてくる女狐ではないかと警戒もした。しかし、それは杞憂に終わった。あった要求と言えば可愛らしいものばかりだった。


 公爵夫人として振る舞うべく、礼儀作法や家政、領地の経営管理の勉強は進んで行うし、日々の努力も怠らない。


 知れば知るほど分かってしまう、アンジェリーナは純粋で心優しく、努力家な女性だ。しかも、使用人からもすぐに受け入れられて、領民からの評判も良い。不思議と直接関わり合いのない者からも。ジェラルドとの関係はどうであれ、使用人との関係はとても良い。


 二人は仲睦まじい夫婦を上手く演じている。王太子の側近で公爵位に就くジェラルドはあの年にして百戦錬磨。周囲を欺くことには長けている。が、アンジェリーナはそうではない。


 無論、二人っきりの時間には演じる必要はない。アンジェリーナが演じているとは考えにくい。本来なら二人の時間、ジェラルドはアンジェリーナに対して、もっと適切な距離を取るべきだ。周囲の目を欺く為に仲の良さを偽装するのは構わない、しかし、寝室での行為は不要だ。


 はたして、寝室でもジェラルドは演じているのだろうか?だとしたら、二人の間に歪が生じるだろう。

 パトリックは日増しに、なんとも言えない思いが募っていくのだった。







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