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夜会

 

 アンジェリーナが公爵夫人として、夜会に参加するのは今日が初めて。澄ましてはいるものの、マナーやダンスは大丈夫かと内心はハラハラだ。 


 しかも、今日の夜会には王太子殿下夫妻も参加予定。ジェラルドから気さくな方々と聞いているが、粗相をしないかと時間が近づくにつれて不安が大きくなる。



 夜会の当日、侍女たちは、アンジェリーナを剥いてお風呂に入れマッサージをし、ピッカピカに磨き上げてくれた。 


 いい匂いの香油を髪に馴染ませ、アップスタイルに編み込む。ラベンダーの小さな花を象ったヘアピンを髪全体に散らばらるように挿していく。


 侍女たちの気合の入ったお化粧を見やりながら、アンジェリーナは気分が高揚していった。アンジェリーナの二人の侍女は、やり切った感が凄い。


「素晴らしいですわ、奥様。本当にお綺麗です。」

「ええ、ええ、本当にお似合いですわ!奥様のために誂えたドレスですもの!!」


 今日のアンジェリーナは菫色のドレス。

 全身に美しい刺繍が施され、ウエストから広がるスカートには細かくギャザーが寄せられ、繊細なレースが幾重にもゆったりと重なっている。

 動くたびにレースがフワフワと揺れて、縫い込まれた小さな銀色のビーズがキラキラと光り輝く。

 金色のチェーンに大きなエメラルドの付いたペンダントと耳飾りを付けた。


 

 ジェラルドはエントランスで待機していた。吹き抜けの二階からアンジェリーナが侍女を伴って下りてきた。

 ジェラルドは目を瞠いたまま身動ぎせず、アンジェリーナに顔を向け黙っている。

 一瞬、瞳の中が蕩けるように揺らめいた。


 アンジェリーナの二人の侍女は、自分達もご一緒したかったと目に涙を浮かべている。


「奥様が楽しんでお過ごしになることと、無事のご帰宅をお待ちしております。」

「エミリー、リサ、そんなに心配しなく大丈夫よ。」


 侍女二人とアンジェリーナの様子は温かい。


 ジェラルドはふと思った。これが、アンジェリーナではなくマリアンヌだったら、同様な関係が築けていただろうかと。

 ジェラルドと結婚すればその相手は公爵夫人となる。公爵夫人と侍女。

 その名前がアンジェリーナかマリアンヌかの違いだ。が、それは大きい――



 馬車から先に降り立ったジェラルドが振り返り、入り口で手を差し出した。

 今日のジェラルドは、ライトグレーの艶のあるスリーピースのセットアップ。長いマントを左肩に掛け、緑のアスコットタイをゴールドにダイヤのついたピンで留めている。 

 全身から柔らかさと上品さが匂い立ち、とても似合っている。金色の髪が緩く後ろに流され、見目麗しい。


 アンジェリーナはジェラルドの差し出した手にそっと手を載せタラップを降りた。人々の騒めきが大きくなり、視線が突き刺さる。 

 煌々と明かりが灯された昼間のように明るい王城には次々と馬車が停まり、華やかに着飾った紳士淑女が姿を現した。


 

 ジェラルドのエスコートで入り口に立つと、バーンクラインの名が高らかに呼ばれる。広がっていた人々の騒めきが静かになり、室内楽団の奏でる音楽だけが響く。

 ホールに入り王族の入場を待つ。室内楽の音が止み、やがてファンファーレと共に、高らかに王太子殿下と妃殿下の入場が告げられる。皆一斉に礼を取る。


「バーンクライン公。」

「はっ。」


 名を呼ばれジェラルドは一礼すると、アンジェリーナの腰に腕を回し前に出た。

 アンジェリーナはさっとカーテシーをして頭を下げた。


「そんなに堅苦しくぜずともよい。いつも通りにしてくれ。」


 王太子殿下とジェラルドは、幼馴染で仕事でも多くの時間を一緒に過ごしている。


「ジェラルド、奥方を紹介してもらえるかな?」


 アンジェリーナは王太子殿下夫妻に挨拶をした。


「わたくしは、公爵家へ嫁いできたばかりでして、まだまだ知らないことばかりです。でも、公爵家で色々学んでおりまして、毎日楽しんでおります。」

「わたくしも王太子妃と言っても、まだまだ勉強中です。公爵夫人と学べたら楽しそうですね。」


 ジェラルドから気さくだと聞いていたレティシア王太子妃は、決して微笑みを絶やすことはないが、話しかけ易い雰囲気ではなかった。


「妃殿下、もしよろしければアンジェリーナとお呼び下さい。わたくし元々田舎伯爵家の娘で公爵家に嫁いだばかりです。公爵夫人と呼ばれることに慣れていないんです。」

「あら、そうでしたのね。では、わたくしもレティシアと呼んで頂戴。小さな公国出身なので妃殿下と呼ばれるのに慣れてはいないの。」


 不思議なことに、時間が経つと二人はすっかり打ち解けていた。ジェラルドが言っていた殿下も妃殿下も気さくな人、というのは本当だったようだ。


 音楽が始まり、まずは王太子殿下と妃殿下のダンス。それに続き、二人もその中に加わった。アンジェリーナは、ジェラルドの足を踏みそうになりながらも、なんとかダンスを終えた。


 バーンクライン公爵家は夜会の招待が多く、夫婦揃って参加する日が続いた。貴族社会に仲睦ましい様を見せなければならないのだ。実際、夜会に滅多に顔を見せなかったジェラルドが、新婚の夫人の側に寄り添っている姿は周りの目を引き噂を呼んだ。



 秘密の恋人であるマリアンヌは表舞台には立てない。ほんとは隠れ蓑であるアンジェリーナこそ隠れていなくてはいけないのに、と。

 アンジェリーナはマリアンヌへの詫びを心の中で何度も唱え、ジェラルドと一緒に馬車に揺られながら公爵邸への帰路を過ごすのだった。


 馬車の中、ジェラルドは考える――

 二人は偽装結婚だ。アンジェリーナは公爵夫人役を演じているだけだろうか。それにしては…… 

 仕事においても、貴族の本音に関してもかれこれ数年は読みを外したことはない。なのに18歳の自分の妻役の小娘の心がなんとしても読めない。思い返すと初めて顔を合わせた時から読めていなかった。だから、次の手が打てない。  







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