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領地へと


 アンジェリーナはあれよあれよという間に、ジェラルド・バーンクライン公爵と婚約を交わした。三ケ月という公爵としては異様に短い婚約期間を過ごし、秋の終わりに結婚した。


「公爵様、契約期間中は公爵夫人としてお世話になります。どうぞ宜しくお願いいたします。」

「ああ、こちらこそ宜しく頼む。何でも遠慮なく言ってくれ。」


 アンジェリーナは婚姻式後、夫となったばかりのジェラルド・バーンクライン公爵へ改めて挨拶した。


「アンジェリーナ、これからはジェラルドと呼んでくれないか。愛称のジェリーでもいい。君は今日からわたしの妻なのだから、公爵様は止めよう。」

「それではマリアンヌ様が気の毒です。隠れ蓑で公爵夫人になったわたしが、妻という立場を振りかざしたら申し訳ないです。」

「しかし、夫婦なのに爵位で呼ばれ続けるのもどうかと。」

「…では、そうですね。旦那様とお呼びします。公爵様はこのお邸の旦那様ですもの。」


 こうして、旦那様とアンジェリーナの新婚生活が始まった。



 ジェラルドから三日間は新婚休暇を取ることと、初夜を含め夫婦の夜の営みはそれなりにこなすと告げられた。そうだ、アンジェリーナは表向きには、一目惚れされて電撃的な結婚を果たしたのだ。仲睦まじい夫婦を演じなければならないのだ。


 マリアンヌの存在は極秘事項。邸の中でその存在を知っているのはアンジェリーナとジェラルド、家令のパトリック。


 屋敷内の使用人の多くは公爵家に繋がりのある男爵家や子爵家の令息や令嬢、当然ながら皆口は硬いだろう。けれど、人の口に戸は立てられない。それに、邸の外で働く使用人や出入り業者もたくさん出入りしている。特に注意すべきは洗濯物を目にする洗濯女。アンジェリーナが純潔だったかどうか、ジェラルドとアンジェリーナが閨を共にしているかどうかは明々白々だ。 



 アンジェリーナが新しい生活を忙しなく過ごしていると、あっと言う間に二ケ月が経った。季節は冬へと移り変わっていた。


 アンジェリーナは王都にある公爵家のタウンハウスで過ごしている。ジェラルドはどんなに忙しくても公爵邸へ帰ってくる。周囲を欺くための計画は、遂行中である。

 

 アンジェリーナが婚約を交わすと、礼儀作法や家政、領地の経営管理の教育が始まった。教えてくれるのは主に家令のパトリック。現在も、公爵夫人として振る舞うべく勉強中。


 公爵邸では二人の専任の侍女がついた。彼女達とは婚約中から公爵邸に訪れる度に顔を合わせ、講義時間以外を共に過ごした。アンジェリーナは、だんだんと彼女達と親しくなっていった。公爵家での生活を導いてくれる姉のような存在でもある。今では良好な関係を築いている。

 

 アンジェリーナは、ジェラルドがマリアンヌの元へ行けないのではないかと気になっていた。これでは二人の秘密の恋を成就させるための隠れ蓑であるアンジェリーナが、障害になってしまっている気がする。二人の恋を手助けするのがアンジェリーナの役目、何とかしなくては、と考えた。 


 そこでアンジェリーナは、婚約前にお願いした領地経営の勉強のために、現地へ赴くことを申し出た。アンジェリーナが領地へ行っている間は、きっと二人にとって苦難を乗り越えた後の甘美な時間が待っているはず。想像するだけで胸がキュンとした――


 バーンクライン公爵領には経営管理を担う専門家の人達がいると言う。農場と牧場では品種改良を担う技術者まで抱えていると言うから驚きだ。


 広大な耕地には、小麦や大豆、馬鈴薯、玉葱など多くの農産物が生産され、牧場では牛や羊などが多く飼育されているとのこと。


 アンジェリーナは侍女二人と領地に赴くことになった。

 三人が余念なく出発の準備を整えていると、家令のパトリックが書簡を携えやってきた。


「奥様、こちらをどうぞ。」


 三人はパトリックから領地での使用人や技術者の名前と役割、領地内での注意事項などを説明された。


「ありがとう、パトリック。聞いているだけで、もうその場にいるみたいだったわ。パトリックは、説明がほんとにお上手ね!」


 領地の光景が目に浮かび、アンジェリーナは出発前だというのにワクワク感でいっぱいになった。


 

 待ちに待った領地への出発の日がやって来た。

 ジェラルドからの申し出に、アンジェリーナは面食らった。


「領地まで送っていこう。妻をみんなに紹介したいからね。」

 

「でも、お仕事が忙しいのでしょう。ご無理なさらなくても…」

「すぐに戻るから大丈夫だよ。暫く訪れていなかったからいい機会だ。」


 こうして急遽ジェラルドが領地まで送ってくれることになった。

『まあ、領地の使用人にも領民にも仲睦まじいところを見せないといけないのよね。旦那様も大変ね。わたしも頑張らないと。』アンジェリーナはぐっと気合を入れた。

 

 

 領地に着くと領民との親睦会が開かれた。特産品の話題にはじまり、新規の企画や施設や道路の整備など、各々の思いを語っている。


「今季は大豆が豊作でした。」

「砂糖をまぶしたお洒落な豆菓子にして商品にしたらたらどうかな?」

「先月の大雨で、東の道路が決壊しまして――」

「南部の人口が増えたので、教会を新設していただけたらと。」


 アンジェリーナは熱心にその話に耳を傾け、部屋に戻ってからも忘れる前にメモに残した。そんなアンジェリーナの行動がジェラルドにはとても好ましく見えていた。


 

 領地での生活は、実にワクワクする毎日だった。


 公爵家に嫁いでから領地のことを学んでいる最中だが、実際に足を運んで得られる情報は机の上では得られないものばかりだった。


「この果実酒はこのベリーから作ったのね。ほんとに美味しいわ!」


 農園で作業を体験し、小作人達から直接話を聞いた。


「凄いわ!こうやってチーズができるのね。加工はどうしているのかしら?」


 町の様々な施設を視察し、運営状況を検証した。


「なにか困っていることはありませんか?」

「まあ、あんなところにリスがいるわ。ほっぺが可愛いわね。」


 教会や孤児院を訪問し、子どもたちと戯れた。

 自然にアンジェリーナは、領民に受け入れられていった。


 何よりアンジェリーナにとっては、領地経営を学べたことが大きかった。今後も領地とのやり取りをして勉強を深めていくことになっている。


 これなら離縁した後、実家に帰っても多少は役に立つはずだ。今後もっと学びを深めれば、元公爵夫人という立場を利用して王宮の侍女や貴族の子の家庭教師にだってなれるかもしれない。


―――未来は明るい!いいえ、輝いている!!―――






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