顔合わせ
ローズウッド家の調査の結果
ジェラルド・バーンクライン公爵について分かったことは――
第二王子だった祖父を持つ公爵家の三代目、三年前に爵位を継いで現在は24歳。ダークブロンドの艶やかな髪に、アメジストの瞳を持つ美丈夫。夜会では多くの貴婦人方から秋波を送られ、一夜の熱い思い出を乞われるとか。王太子の側近で有能な仕事振りは目を見張るものがあるという。血筋、容姿、能力とも申し分ない、いや、ものすごい人物だった。
ジェラルドは公爵としては珍しく24歳になっても婚約者がいない。社交界の噂では、ジェラルドには忘れられない令嬢がいて、そのご令嬢をずっと探しているのだとか。
きっと顔を見れば相手も間違いに気付くに違いない。公爵とお近づきになれる機会などそうそうないのだからと、アンジェリーナを送り出したのだった。
ということで、婚約の打診を受けてから数日後に、アンジェリーナはジェラルドと顔合わせの運びとなった。
ジェラルド・バーンクライン公爵は、噂通りの美丈夫で礼儀正しい紳士だった。ジェラルドはアンジェリーナへの求婚は間違いではないと言い、三年間の契約結婚であることを告白した。この話をアンジェリーナが断れば人違いだったことにするという。
「契約結婚ですか?」
「はい。もしこの話を受けてくだされば、ドレスも嫁入り支度も全て手配します。それに、持参金もこちらで用意します。」
「条件はなんですか?」
「その条件を受け入れることができれば、契約結婚でも了承してもらえますか?」
アンジェリーナは、淡いブロンドの波打つ髪に、澄んだエメラルドグリーンの瞳で儚げな印象だ。外見に惑わされて婚約を申し込んでくる人間も成人したころにはそれなりにいた。調子のいいことを言いながら近寄ってきたのだが、前伯爵が亡くなり経営状況が悪化すると求婚者の足は次第に遠のいた。18歳になった今では梨の礫だ。このままでは行き遅れになり、どこぞの年寄りの後妻になるか、一人を貫くかどちらかだ。
「ええ、条件次第では、契約結婚でも…。」
ジェラルドは、これはいけるかもしれないと、内心でほくそ笑んだ。
ジェラルドには秘密の恋人がいる。妻となる女性にはその恋人の隠れ蓑になってもらうのだ。そのため、恋人と同じ色を持つ伯爵家以上の令嬢を探していた。これまでも何人かの令嬢と顔合わせをしたが、契約結婚を了承してくれる相手などそうそういなかった。契約結婚を了承してもらえるのも難しいのに、計画を了承してもらうのは至難の業だろう。
ジェラルドの秘密の恋人は、公爵家の使用人だった男爵令嬢のマリアンヌ。困ったことに、公爵であるジェラルドは、伯爵家以上の令嬢でないと婚姻の許可が下りない。二人には家格の差があり結婚が難しい。でも、愛の結晶である子を儲けたいと願っている。それを実現するために、ジェラルドはある計画を企てた。
愛する女性と同じ髪と目の色を持つ伯爵家以上の令嬢と婚姻し、マリアンヌとの子を儲ける。そして表向きは婚姻した公爵夫人が出産したことにする。子供が産まれたら、マリアンヌを乳母として公爵家に雇い入れる。妻との契約が終われば、マリアンヌを後妻として迎える。この計画を了承してくれる令嬢が見つかれば、出来うる限りの願いを聞き、二人の計画の隠れ蓑になってもらうという算段だ。
「アンジェリーナ嬢、誠に申し訳ないのだが、返事はこの場で決めてくれないか?そうしないと、間違いだったということに出来なくなってしまう。」
ジェラルドは麗しい笑みを浮かべ、期待を込めてアンジェリーナを見つめた。しかし多くの貴婦人方を虜にするような笑みも、アンジェリーナには通用しなかった。アンジェリーナの目線はその笑みを捉えずに、別の場所を彷徨っていたからだ。
ジェラルドは令嬢探しは今後も継続だろうと、良い返事を諦めた。
アンジェリーナはジェラルドの話を聞きながら、これからの未来を思い描いていた。
『わたしにとっても悪い話ではないわ。結婚して、持参金で借金返済。公爵夫人でいる間の手当てを貯めれば、行き遅れで生家に厄介になっても金銭的な負担は少なくできる。上手く行けば、小さな屋敷を購入して暮らせるかもしれない。それに、愛する二人の手助けができるなんて素敵だわ。』
アンジェリーナは、満面の笑みを浮かべた。
「分かりました。お受けいたします。」
ジェラルドは、思いもよらない返事にくしゃりと破顔した。
「他に必要なものはありますか?できる限り手配いたしますので、何でも言ってください。」
「では折角公爵夫人になるので、領地の運営や経営について学びたいです。管理している方から直接指導してもらえるよう手配していただきたいです。」
ジェラルドは瞳の色であるエメラルドでも要求してくると読んでいたが、アンジェリーナは全く思いもよらないことを要求した。
「他にはありませんか?宝石とか、ドレスは?」
「それはお任せします。公爵家で必要ならばご用意ください。」
顔合わせを終え、アンジェリーナはローズウッド伯爵家へと帰還した。
アンジェリーナは胸を張り自慢げに報告した。
「わたくし、婚約をお受けしましたわ。」
「えっ!やはり会ったことがあったのか?」
アーネストは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「いいえ、契約結婚ですわ。」
「そんな、身売りのような真似をしてどうするんですか!」
妹のフローラがわなわなと震えている。
「このままではどうせ行き遅れよ。公爵様と結婚できて、持参金で借金返済もできるのよ。それに、公爵家に入れば箔もつくし。いいこと尽くしだわ!」
「公爵家は遊びに行くところではないのよ。」
苦々しい顔をして母親のミシェリアが注意をする。
アンジェリーナはこてんと首を傾げた。
「遊びではありません。三年で契約が終わったら戻ってきます。」
「あはは。腰かけならいいかもしれないね。」
アーネストは楽しそうにアンジェリーナとよく似た顔で笑った。
よく似た兄妹の能天気さにミシェリアは頭を抱えた。