好き
ジェラルドとマリアンヌの関係が終わった―――
アンジェリーナの役目は終わった。だから、このお邸を出て行く。
アンジェリーナは邸のみんなが大好き。お別れは辛く寂しい。
エミリーとリサは泣くだろうか。パトリックは悲しんでくれるだろうか。
もう既に、この婚姻でたっぷりと恩恵を貰っている。レティシアとの友情だって築けたし、帳簿だって何となく分かるようになった。本音を言うと、当初の予定通りここでこうしていたかったけど。
「エミリー、リサお茶にしましょうか。」
リサがお茶の用意をし、エミリーがお菓子を並べる。
こうやって同じテーブルについて、午後のひと時を楽しむティータイムもあと何回開けるのか。あとどれくらいここに居れるかは分からないから、邸のみんなと楽しもう。
アンジェリーナは、ジェラルドとマリアンヌの二人の間に何があったのか詳細は知らない。けれど、秘密の恋は終焉を迎えてしまったのだ。
大変なことが起きてしまったというのに、ジェラルドは冷静過ぎやしないか?マリアンヌ様はどうしているのだろう?アンジェリーナだって根掘り葉掘り聞けるものならそうしたい。気になる、でも聞けない。
アンジェリーナがソファに腰を下ろしぼんやりしていると、ジェラルドが部屋に入って来た。
「それで、その、お聞きし辛いのですが、マリアンヌ様は……」
「マリアンヌにはかわいそうだが、男爵家から籍を抜き平民となってもらう。平民になったら、新しい住まいに移ってもらう。」
「そうなのですね。――ところで旦那様、わたくしとの関係はどのタイミングで解消しましょうか。」
「解消とは?」
「離縁です。だってわたくしは、もう不要ですよね。マリアンヌ様が旦那様のお子を産むことは無くなったのですから。」
「わたしは君と離縁をしたくない。契約を反故にして新たな関係を始めたい。」
「新たな関係とは?」
「わたしはアンジェリーナが好きだ。だから、本当の夫婦になりたい。」
ジェラルドは生まれて初めて、素直に気持ちを真っ直ぐに相手に伝えた。
本当はもっと色々伝えたかったが、恥ずかしさが込み上げてきて、ジェラルドは俯いた。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。沈黙が痛い。時間がゆっくり流れているように思うだけで、本当はまだ少しも経っていないのかもしれない。
アンジェリーナは何も言葉を発しない。ジェラルドは沈黙を破る恐怖を感じた。思い切って顔を上げると、そこには俯いているアンジェリーナがいた。ずっと俯いたままなので表情が分からない。
「アンジェリーナ、顔を上げてくれないか?」
「恥ずかしいからムリです。」
「何故恥ずかしいんだ。恥ずかしいのはわたしなのだが。」
「……す・す・き、なんて、男の人に言われたのは、は・はじめてなので恥ずかしいです。」
「女性に、好き、と言ったのはわたしも初めてだ。」
「そんなことはないでしょう?」
「いや。こういう気持ちを誰かに抱いたのが初めてなんだ。最初はよく分からなくて。……気づかなかったんだ。その感覚がわからなかった。」
「え?!」
アンジェリーナはあまりの驚きに上擦った声が出た。
俯いていた顔を上げると、その顔は真っ赤に染まっている。
「アンジェリーナが領地から戻ってきたときは嬉しかった。会いたかったんだ。一緒にいると楽しくて、ずっと傍にいて欲しかった。それは、アンジェリーナを好きだからってことに気づいたんだ。アンジェリーナにも、わたしを好きになってもらいたい。」
アンジェリーナは、大きく目を瞠いた後、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「えっ!!」
「アンジェリーナと同じ時を過ごして、気持ちを分かち合いたいんだ。どうしたらアンジェリーナは、わたしを好きになる?」
初めて見るジェラルドの真剣な表情に、アンジェリーナは引き寄せられていった。
「旦那様はいつもお優しいですが、ずっと瞳には感情がありませんでした。感情が見えなければ、何を考えているかは分かりません。旦那様がお気持ちを見せてくれないことには、気持ちを分かち合えません。」
「…その、アンジェリーナとは偽装結婚だっただろう。ほんとは白い結婚にするはずだったんだ。でも、抱いてしまった。だから、心憂い気持ちがどこかにあって、いつもブレーキがかかってたんだ。」
「どうしてそんなこと…。旦那様、気持ちのこもらない行為は虚しくて冷たいものです。」
「……っ、すまない。アンジェリーナの瞳と目が合うとドキドキして抑えられなかったんだ。」
「…………」
恥ずかし過ぎてアンジェリーナは再び俯いた。
「もう、気持ちに素直になるよ。わたしはアンジェリーナの喜ぶ顔が見たいから、もっと笑顔にする。だから、わたしを好きになって、このままここにいて欲しい。そして、ジェラルドと呼んではくれないか。二人だけの時は名前で呼んで欲しい。もっと近くに感じたいんだ。」
アンジェリーナは意を決して顔を上げた。
「………………ジェラルドさま」
ジェラルドはキラキラと輝く瞳に引き込まれ、魅入られていった。
「アンジェリーナ」
ジェラルドはそっと囁くと、アンジェリーナを抱き上げた。
あっという間にベッドまで行くと静かに降ろした。
ジェラルドはアンジェリーナに気持ちを伝え、憂いを取り払った。好きな相手と身体を合わせることが、こんなにも満たされるものだと知った。快楽は素直に身体を駆け上がっていった。
◇◇◇◇
深く澄んだエメラルドグリーンの瞳、キラキラ輝く瞳に引き込まれる。
まるで、瞳に真実を問われているように。
この瞳に見つめられると嬉しくなる。元気になって勇気が湧いてくる。
この瞳に見つめられると素直になる。正直に全てを打ち明けたくなる。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。