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終焉

本日は1話の投稿です。

明日で完結します。

 

 外遊を終えると、ジェラルドは久しぶりにマリアンヌを訪ねた。

 食事を終えてお茶が運ばれた。カップを持ち上げて口に含もうとした瞬間――

 マリアンヌが、そのカップを跳ね除けた。


「わたくし、もう、無理です。」

「一体、どうしたんだ。何があったんだ?」

「わたくし、ジェラルド様とはもう終わりにしたいの!」

「…へ?」


 ジェラルドはマリアンヌの言葉に目を大きく瞠いた。


「マリアンヌ、君は夫婦になって、子を産みたかったのではないのか?」

「…はい。心から愛し合う方と結ばれて、子を儲けたいと思っておりました。」

「では、なぜ?」

「たしかに、ジェラルド様から夫婦になりたいと告白された時は嬉しかったです。でもジェラルド様は、わたくしを愛してなどいらしゃらないのでしょう?わたくしは、ずっとお待ちしておりました。あなたが心から女性を愛する日が来ることを。そして、その日がやって来たのです。でもそれは、わたくしではありませんでした。」

「‥‥‥っ」

「ジェラルド様、わたくしへの責任など貫く必要はないのです。」

「それは――」


 マリアンヌは覚悟を決めると、重い口を開いた。


「わたくしは、父に言われてジェラルド様に近づきました。いただいた宝石も絵画も多くは換金して父への仕送りにしてしまいました。父に言われるがままに、ジェラルド様にまつわる情報を父へ伝えていました。何年もジェラルド様を欺いて来たのです。そして先日、父から薬を手渡されて、公爵様の飲食物に混ぜるようにと言われました。その薬は健康に良いからと。でも、それはきっと嘘です。今まで本当に申し訳ございませんでした。」


 マリアンヌは力無く笑いながら深々と頭を下げた。

 


 ジェラルドはマリアンヌを大切にしてくれる。だけど、マリアンヌへの愛がないことは感じていた。おそらくジェラルドは、心から女性を愛したことなど一度もないのだろう。

 マリアンヌとて初恋は経験している。そんな気持ちがあるのか、そうでないかは感覚で分かる。


 ジェラルドは、常に女性に対して紳士的な態度で接する。マリアンヌとは元々、気持ちからではなく快感を得るために始まった関係だが、マリアンヌへの責任を貫こうと考えているのだろう。


 だから、マリアンヌは待っていた。ジェラルドが心から女性を愛する日が来ることを。

 そして、その時はやってきた――



 マリアンヌが男爵から渡された薬からは、微量の毒が検出された。徐々に体を蝕んでいくため、毒殺されたとは分かり辛い類だ。メイオール男爵は拘束された。


「パトリック、マリアンヌの口利きをしたのはフリードマン侯爵だったな?両家が領地管理以外で何かつながりがないか調べてくれ。おそらく侯爵家が後ろで糸を引いている。何を企んでいるか調べて欲しい。フリードマン侯爵を見るといつも思うんだ、きな臭いと。恐らく向こうは俺を、いや、バーンクラインを嫌っている。」


 ジェラルドの眼差しが、刃のようにキラリと鋭く光った


 

 フリードマン侯爵にとって、バーンクライン公爵家は目の上の単瘤だった。いつも海外との取引に邪魔になる策を講じるからだ。だから、何とかして公爵家へ取り入ろうと企んでいた。


 そんな折、寄子であるメイオール男爵の娘が侯爵家へ奉公へあがることになった。その娘は器量が良かった。そこで、その娘マリアンヌを公爵家へ送り、嫡男のジェラルドを籠絡することを目論んだ。メイオール男爵は嬉々として引き受けた。おそらく金蔓にするのだろう。


 フリードマン侯爵の目論みは成功した。マリアンヌから公爵家の情報を引き出してきた。ところが、ジェラルドは伯爵令嬢と婚姻した。その公爵夫人とは、とても仲睦まじいとの噂だ。このままではマリアンヌは捨てられるだろう。それに、ジェラルドの最近の手腕は目を見張るばかりで、その存在はますます厄介になっていた。


 隣国から手に入れた特別な薬はある。万全の手を打って消す手筈は整っている。マリアンヌが捨てられないうちに、実行しなければならない。万が一、薬の件がバレたとしても実行したのはマリアンヌ。いざとなったら死人に口なしだ。


 フリードマン侯爵はメイオール男爵へとその特別な薬を手渡した。




 ジェラルドは執務室で目を閉じ、鼻根を指でつまみながら俯いていた。


「パトリック、教えてくれ。俺の今まではなんだったんだ。」

「おまえはジェラルド・バーンクラインとしてずっと歩みつづけた。地位もあるし仕事もできる。でも、いつからか女性に対しては勘違いをし始めた。さらに言うなら、女性に対する感情を良く知らない。」


 パトリックは家令としてではなく、友人としての意見を述べた。


「俺のマリアンヌへの想いは………」

「――あったのか?そもそもジェリーは、今まで女性を好きになったことはあるのか?深い関係になったのは、マリアンヌと娼婦だろ。体と言葉遊びを楽しんでいただけだろう。好きという想いからそうなったことはあるのか?」


 ジェラルドがマリアンヌと夫婦になろうと思ったのは、二人の関係が三年を過ぎた頃だ。最初の頃、ジェラルドは経験がなく受け身だった。マリアンヌは奉仕する側で自分は奉仕される側の関係だと思っていた。

 

 ジェラルドが学園を卒業してからは、娼館へ通うようになり経験も豊富になった。マリアンヌとの関係も受け手でいるのはもどかしかった。しかし攻め手になるなら、これまでの関係は壊れてしまう。


 ジェラルドは覚悟を決めマリアンヌを誘った。マリアンヌは嫌な顔ひとつしなかった。マリアンヌはジェラルドのことを慕ってくれているのだと思った。今考えれば大きな勘違いだ。マリアンヌには断るという選択肢などなかったというのに。


「俺は女性を好きになるということが、良く分かっていなかったのか?きっと、そうだな。でも、アンジェリーナと暮らすようになってから気がついたことがある。マリアンヌにはずっと慰めてもらってきたから、夫婦にならなければと思い込んでいただけではないかと…」

「そうだとしたら、責任や義務を感じていただけだな。奥様やマリアンヌにどういう気持ちを持っているのか正しく理解しろよ。ジェリーは奥様には好きという気持ちがあるのだろう?」

「そうかもな――」


 目を瞑り……ジェラルドは想いを巡らせた。



「ジェリー、マリアンヌをどうする?」

「マリアンヌにはかわいそうだが、男爵家から籍を抜き平民になってもらう。彼女は利用されていただけだ。もう男爵からは離したほうがいい。それから、新しい住まいを探して送り届けてくれ。」

「それでいいのか。」

「俺は長い間、マリアンヌの大切な時間を奪っていたんだ。宝石や絵画の換金なんて、その代償と思えば安いくらいだ。いや、それでは足りないな。手切金として多めに渡してくれ。」


 ジェラルドは吹っ切ったように告げた。






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