外遊
ジェラルドは王太子夫妻の外遊に同行することになった。王太子妃の話し相手としてアンジェリーナの帯同も決まった。
「留守中はしっかり守ります。」
パトリックがお決まりの言葉を述べた。
「ああ、頼む。」
ジェラルドには、パトリックの念のようなものが感じられた。視線はまるで、アンジェリーナに謝罪の気持ちがあるのなら少しでも楽しませろ、と言っているようだ。
「皆、見送りありがとう。留守を頼む。」
見送る使用人にジェラルドが礼を言ったことなどあったろうか。この邸を率いているのだから、日々見送られるのは当然だ。けれど、今回は使用人達にしっかりと言いたかった。
外遊先へ到着すると歓迎の晩餐会が催された。翌日はアンドリューとジェラルドは会議や討論会へ参加し、レティシアとアンジェリーナは、地元の民たちとの交流や貴婦人方とのお茶会を楽しんだ。最終日には、学者や建築家の案内で歴史的な建物や最新の建物を視察した。
外遊先でのすべての日程をこなし、待ちに待った自由時間がやってきた。アンジェリーナにとっては大切なお土産物色時間だ。
ジェラルドからは何のご褒美か知らないけれど、お土産は好きなだけ買ってもいいと許可はおりている。足りなくなるよりは余った方がいい。アンジェリーナは目ぼしい品を手に取り、次々と買い込んでいく。お菓子やお酒、カトラリーにリネンなどなど、両手に溢れんばかりだ。
ジェラルドはその光景を微笑ましく見つめていた。言われなくても分かる、アンジェリーナは使用人達への土産を見繕っているのだ。
エメラルドグリーンの瞳に蜂蜜色の緩いウェーブがかかった髪。振り返ってキラキラ輝く瞳でジェラルドを見る女性はアンジェリーナ・バーンクライン公爵夫人。目の前の女性は、楽しければ楽しいほど、嬉しければ嬉しいほど、瞳をキラキラと輝かせる。
―――とっておきに輝く瞳をわたしに向けて欲しい―――
アンジェリーナの買い物を済ませると、ジェラルドは宝石店へと足を運んだ。
外遊先では夫婦用の大きめな部屋が用意されていた。部屋には大きな窓とバルコニーがあり、とても開放的だ。さりげなく花や鳥の飾りが配されていて可愛い。
アンジェリーナは市井での一件のあと二人きりになるのが気まずくて、そうならないように上手く避けてきた。しかし、この状況では無理だ。せっかく素敵な部屋なのに、なんだか居心地が悪い。
「素敵な部屋ですね。」
「そうだね。」
「…………」
「………………」
今夜のジェラルドは、いつもと雰囲気が違う。異国に居るせいか、開放的になっているのか、ただならぬ色気が漂っていて、アンジェリーナはますます落ち着かない。なんとも言えない沈黙が二人の間に落ちる。
ソファに座っているジェラルドが、それまで組んでいた足を解いて、ゆっくりとアンジェリーナの方を向いた。
「アンジェリーナ、ちょっとここに座ってくれない?」
そう言うと自分の膝をぽんとたたいた。
「え?」
アンジェリーナは言われた意味を理解できず首を傾げた。
「ここ?」
ぽかんと口を空けてジェラルドを見る。
「そう。ここ。膝に座って」
「……どうして、ですか?」
声を振り絞って、おそるおそる尋ねる。
「座ってほしいから。ほら早く。」
そう言うと返事も待たずにグイッと腕を引っ張られ膝にのせられた。
あまりのことに驚きすぎて声も出ない。アンジェリーナの華奢な足から、室内履きのサンダルが滑り落ちて床に転がった。
そのまま身体を強く抱きしめられた。ふわりとジェラルドの芳ばしい香りが鼻を擽り、心臓がドキドキと早鐘を打つ。夜着越しにジェラルドの体温が伝わる。その熱がアンジェリーナの心を跳ね上げた。
今まで幾度となく閨を共にしてきて、抱きしめられたことだってある。肌の感触だって知っている。だけど、どこか儀礼的なこれまでの触れ合いとは違う。アンジェリーナはひどく動揺した。
ジェラルドの手がアンジェリーナの髪を撫で、その感触にハッとする。
「だ、旦那様……、一体どういうおつもりで?」
顔があまりにも近すぎてまともに目線を合わせられない。アンジェリーナは俯いたままボソボソとジェラルドに問いかけた。
「どうって、夫婦なんだから別にいいじゃない。」
ジェラルドはアンジェリーナのほっそりした首に後ろから手を回し、ゆっくりと顔を近づけた。
その瞳には、はっきりとした情欲が滾っていた。
今日のジェラルドは何かが違う。
いつもは淡々としていて、閨での流れは大体決まっていた。だから、次の予想もなんとなくついた。でも、今日のジェラルドは何をするのかが全く読めない。
アンジェリーナは不安に駆られ、大きな瞳を揺らした。
◇◇◇◇
深く澄んだエメラルドグリーンの瞳、キラキラ輝く瞳に引き込まれる。
まるで、瞳に真実を問われているように。
あの瞳と見つめ合っていると、入り込みたくなる。ずっとずっと深くへ。
あの瞳と見つめ合っていると、身も心も元気になる。
そして、注ぎたくてしょうがない衝動。