90 のぞみの箱庭
「宇宙は、箱庭の中の白い砂なんだよ。白い砂が悟りそのものなんだ。そして心そのものでもある。そして現世そのものでもある。これが波打てば形ができる。好きな形ができる。どんな形にもなる。この仮にできた砂の形こそが個別存在であって、世界をひとつの心としてみれば、そこに生じては滅するひとつひとつの感情なんだ。ねえ、わたしも楓も箱庭の砂が生み出した一つの砂の形にすぎないんだ。いつか崩れて、白い砂だけになる。わたしたちは形があるうちを生きると呼んで、形が崩れて白い砂に戻ることを死ぬと呼んだ。わたしたちはだから、感情にとらわれたり、自我に苦しんだりする。でもそうしていつか砂は平らに慣らされて、なにもかも消えてしまう。でも消えることはない。その時は白い砂がまた別の形を生み出しているから……。わたしたちが生きるということはこの小さな砂の形に固執することじゃない。白い砂そのものを感じないといけない。でもそれは宇宙仏の視点であって、大日如来様の視点であってね、わたしたちは砂が崩れるまでは、この小さな砂の形を大切にしないといけない。そうしないと生きていけない。だけど、わたしたちは白い砂なんだよ!」
のぞみが興奮したようにそう叫ぶと、ラウンジにいた人が皆、振り返った。のぞみのような美少女が取り乱している姿は異様なものである。楓は慌てて作り笑いを浮かべると、誤魔化すように大声で喋った。
「そ、そうなんだね。じゃあ、たとえばその白い砂が小さな形を成したとするじゃない? それがわたしだとして、わたしはどうしたらいいの。いつか崩れるのわかっているから、もう何もしなくていいの?」
この楓の言葉を正確に翻訳すると、人生において恋愛はしなくていいんですか、という意味である。
「ううん。わたしたちは仮に生じる感情をいくつも持っているから、それをまっとうしなくちゃいけないと思う。それが個別存在として生きるということなんだ。わたしのいう霊魂信仰もここに絡んでくる。この世にさまざまな人がいるように。さまざまな心があるように。さまざまな神や仏がましますように。さまざまな存在があって、それぞれ姿形が違うからこそ世界がある。箱庭の中にはさまざまな形ができていて美しいの。だけど、わたしたちは何にもとらわれてはいけない。感情とか。自我とか。概念とか。事物とか。そんなものは箱庭の中の一部の白い砂によって生み出された仮の形なんだって知らないといけない。だけど、その白い砂はそのまま、箱庭すべてとつながり一体となっている。みんなが同じ白い砂なんだ。その白い砂が途方にくれるほど昔から運動を続いている。個別性と普遍性。その二つの心のありさまが渾然一体となっているところを、わたしは曼荼羅に見たんだ……」
のぞみはそう語ると一気に立ち上がり、ガラス張りの窓から白緑山の美しい稜線を眺めて、感動している様子で、
「ああ、森羅万象……」
と呟き、取ってつけたように、
「そして、わたし……」
と言った。




