71 橋の上の楓
ジャズ喫茶のバイトを終えた楓は、自転車を走らせて、あの橋の上に向かっていた。
そこにゆけばあの彼と再会できると信じていたのだ。およそ論理的ではない直観だけが今、楓の心を覆い尽くしていた。
夕日に焼けた空が黒雲の影をともなって山並みの向こう側に広がっていた。そこにどこか物寂しげな影が差しているのは今の楓の心みたいだった。
きっと会えると信じてこの場所まで来た。しかし、その橋の上には誰の姿もなかった。楓の心は張り裂けるような胸中に、不安定にゆらめくかがり火の幻を感じていた。
(きっといつか会える……)
そう思って、楓は自転車を道の端にとめると、手すりに背中をつけてずっと大学の校舎の夢のように美しい陰影を見つめていた。
橋の下に流れる川は次第に光を失ってゆき、人気のない校舎の冷たい気配を前にしても、楓はしばらくその場を離れることができなかった。
「もし会えなかったとしても……」
楓は誰にともなくこう尋ねた。
「わたしたちの心はつながっているのかな……」
そんなことはわからないと思うと、夕暮れの闇に包まれてゆく景色、校舎が深い静寂に呑み込まれてゆくのが楓はただ悲しく感じられた。