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70 荘厳されてゆく死

 根来警部の運転する車は荒っぽく、その場を一旦離れた。強盗団がどこにいるのか確認しながら、根来警部は部下に指示を送っているようだった。隅田川の広場が途端に戦場のようになってしまった。突然、銃声が響き渡り、そこで何が起きているのかのぞみは把握することができなかった。人間という人間が床に転げ落ちる。血が噴き出す想像がのぞみの脳裏を覆った。つまり死というものが突然、頭をもたげてきた。自分は死んでしまうのだろうか、生きている感覚すら満足に味わわないうちに……。

「ああっ!」

 のぞみは目を血走らせて、助手席から逃げ出したくなって、それができないとなると顔を伏せようとした。それもできなくて結局、両手で顔を覆った。


 根来警部は、車を広場に乗り上げると勢いよく旋回させながら、死角となるところに突っ込んだ。足音がこちらに向かってくるような気がした。のぞみはなにかが頭の上で回転しているような気がした。そこから強盗団が車に乗って逃げるのを見届けた。

「すぐに非常線を張れ。銃を所持している強盗団が車で逃走中だ……!」

 根来警部は無線機を取ってそう言うと、のぞみの方に向き直った。


「悪かったな。どうやら君は犯人に狙われたようだ。このまま、君を解放すると君の命が危ない。一旦、署まで来てもらおう」

 と根来警部に言われて、まるでのぞみは自分がしょっぴかれているような気持ちになりながら、混乱する気持ちを抑え、しきりに頷いた。

(大変なことになった……!)

 それから、のぞみは夢を見ているような気持ちになった。のぞみはもう一台のパトカーに乗り替えると、警察署に向かって発進したのを乾いた肌に感じていた。


 阿弥陀の来迎図が映し出した死の世界は夢のように美しいけど、実際の死は、こんな風に無遠慮で無機質なものなのだとのぞみは思った。

 一体、このまま、自分はどうなってしまうのだろうという不安が込み上げてきた。

 窓の外の景色は、大きな河に灯がさまよっているように見えた。

(つまり死というやつは無機質な感覚だ。だからこそ、阿弥陀の来迎図は必要なんだ……)

 とのぞみは思った。


 すると窓の外の灯りは、のぞみを幻想の海の中へと導いていった。死が荘厳されてゆく。そこには阿弥陀もなければ、何もない。ただ、阿弥陀に近いなにかが脳裏をさまよっている。それが何かはのぞみには分からなかった。

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