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5 のぞみの気持ち

 森永のぞみは、しばらく胡麻楓が白緑山寺について尋ねてくるのに答えていた。

 しばらくして彼女は、自分の隣のベッドで胡麻楓が寝入ったのを見届けると、むくりと上半身を起き上げた。呼吸する音がやけに響いていた。森永のぞみは、なぜ楓は突然、白緑山寺の話などしてきたのだろうと考えていた。しかしその答えは見つからなかった。見上げたアパートの一室の暗い天井には、のぞみの枕元の灯りが白っぽくうつっていた。

(わたしとこの子は全く違う)

 のぞみは時々そんなことを思う。


(だけど不思議な縁で結ばれている。この子もまた白緑山寺に吸い込まれようとしているんだ)

 まるで一年前のわたしみたいだ、とのぞみは思った。のぞみは一年前、親戚にも見放されて、様々な悩みを抱えている自分が白緑山寺に一人で赴いたときのことを思い出した。霧のかかった山中、石段を登り、僧侶に案内されて、平安時代から伝わる仏像と対面した。それからこの寺の不思議な魅力に引きこまれて、のぞみは白緑山寺に何度も通い、お堂や仏像の絵を描き続けた。そうしていることは楓に話さなかった。楓も白緑山寺について尋ねてくることは今までに一度もなかった。それなのに彼女が今日、白緑山寺について尋ねてきたことに、のぞみは恐れのような感情を抱いた。のぞみは大切にしてきたものを彼女に破壊されてしまうような心地だったと数十分前のことを振り返る。その時、白緑山寺のことは喋ってはいけないとのぞみは感じた。それなのにのぞみは楓を白緑山寺に誘っていた。楓を自分と同じ信仰に導こうとしたのだろうか。一体、それというのはどういうことか。のぞみは自分でもよく分からないのだった。


 のぞみは布団の上で、あぐらをかくと目をつむって、阿弥陀如来の仏像を思い出した。そうすると不思議な力に包み込まれるような気がした。半眼の阿弥陀如来が、曖昧な微笑みをたたえ、鈍い金色の光を放っている。のぞみは千年もの間、多くの人々がその仏像に願いを託して、死んでいったことを思った。白緑山の深い山奥には今でも多くの魂が彷徨っているのだろう、と思った。

(人生には秘密が満ちている。だけど、わたしはそれが何かも分からない)

 のぞみは立ち上がって、カーテンを開いた。一面の星空だった。星空の下には冷たい大地が広がっている。窓ガラスばかりのビルも、増築され続けている駅舎も、すべて冷たいと思った。

(人生には問いがある。生きている意味とか。でもそれに答えることができる人っているのかな)


 のぞみは自分のことを変わりもので、高校の頃からの不良のように思っていたし、親戚の家にもまったく馴染めずに飛び出してきて、楓のアパートに居候している自分を家出少女のように感じていた。

(人間にとって、自分って何なのかって、重大なテーマなんだ……)

 だけれどその問いに答える足掛かりはなかなか見つかるものではない。ただ、のぞみは白緑山寺の霧の中にその足掛かりを見つけた。

(この子はわたしはまったく違う。この世にあるすべてのものを疑わずに、これっぽっちの反抗心も抱かずに、ただ信じることによって生きてこれた子なんだ。それに比べてわたしは目に見えるすべてのものが欺瞞に満ち溢れていて、汚れてみえてきたんだ。そこがまったく違う。それなのにこの子は、わたしが生きるために見つめた大切なもの、白緑山寺の金色の仏像と、霧の中に現れるお堂と、数多の僧侶の唱える経文に近づこうとしているんだ……)

 のぞみは鳥肌が立つような思いがした。

(それでも、わたしはこの子を誘ったんだ。一体、この子はあのお寺で、あの霊山で、何を見つけるのだろう……?)

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