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20 ソースカツ丼の味

「でも、なんでお父さんと羽黒さんが一緒にいるの?」

 と楓は、座敷に座ると、ソースカツ丼が到着するのを待ちながら父親に尋ねた。楓の父親である胡麻博士もまたソースカツ丼を待っているところだったらしく、しきりに煎茶を飲んでいる。

「ん? いや、それはな。羽黒君もこの白緑山寺に用があったのだよ。わしはお前の大学の滝沢教授に用事があったのだが……」

「滝沢って、あのニホンザル?」

 楓はぞっとして叫んだ。楓が普段からニホンザルと呼んでいてこの前、講義中に倒れた教授の名前が滝沢というのだった。

「滝沢先生を知っているのか。楓。ふうん。それじゃ、事情はもうわかっているだろう。わしが学科の事務室に向かったところ、滝沢先生はもう救急車に乗せられて、どこかの病院に運ばれた後だった。わしは白緑山寺を調査するには、絶対に滝沢先生の力が必要だと思っていたのだが……」

 と胡麻博士は残念そうに唸った。


「羽黒さんは、一体どんな御用で……」

 と楓が質問しようとすると、胡麻博士がすかさず、

「これこれ。羽黒君は私立探偵だ。御用というのはお仕事のことだから、詳しいことは一般人に話せんのだ。そうだろ? 羽黒君」

「ええ。僕は、白緑山寺に関係しているある事件の調査で来たのですが……」

 と羽黒祐介は呟くように言って、にこりと笑うと、

「詳しいことは話せません。ご想像にお任せしますよ」

 と言った。


「白緑山寺の事件……」

 楓は口の中で繰り返した。隣で黙って聞いているのぞみも、その言葉にすぐにピンとくるものがあった。あの観音堂で起こったという殺人事件のことだった。

「これはお寺が絡んでいる事件なので、胡麻先生に相談をしようと思って電話をかけたんです。そしたら、先生も近く白緑山寺を調査されるということでしたら、こうして現地でお会いすることにしたんです」

 と祐介は言うと、煎茶を啜る。


「そうなんですか。へー。でも、お父さんからいつも噂で聞いていた羽黒さんにお会いできて嬉しいです」

 と楓は調子に乗っている口調でそう言った。

「いやー、そう言っていただけると嬉しいですね」

 と祐介は言って爽やかに笑った。


「森永さんは何を研究されているのかな?」

 と胡麻博士が、ぎょろりとした目で尋ねてきた。のぞみはどきりとして、何と言ってよいものか悩みながら、

「美術を、専攻しています……」

 と息が詰まりそうになりながら言った。

「美術というと、どんな……」

「なんでも……。最近、描いているのは、白緑山寺の景色とか」

「風景画ですかな」

 胡麻博士は大きく乗り出してくる。

「ええ、あの、仏画に興味があって……」

 のぞみはようやく言いたいことが言えた気がした。その瞬間、胡麻博士は驚いた顔をして、わなわなと体を震わしはじめた。

「仏画! お若いのに仏画に関心がおありとは素晴らしい。いや、渋いですなぁ。仏画というとどんな……」

「あ、阿弥陀如来の、来迎図……」

 胡麻博士はその言葉を聞いた瞬間、稲妻が脳髄を打ち砕いて、身体中を駆け巡っているような表情を浮かべて、のぞみの顔をまじまじと見つめたのだった。


「阿弥陀如来の来迎図とは、まさかそんな!」

 胡麻博士は、すぐに立ち上がろうとしたが机に足が引っかかって立ち上がれなかった。そして、よろめきながらも、のぞみの方にできるだけ近寄ろうと膝を擦って動こうとする。

「お父さん、やめてよ!」

 と楓はメニューを手に取ると、父親の頭を強く(はた)いた。


「いや、来迎図とは……。天晴れだ。まさに白緑山寺にぴったりの美術だよ。いいかね。来迎とは……来迎図のテーマとは、このようなものだ。そもそも極楽浄土とはどこにある。極楽浄土というのは、阿弥陀の浄土のことだよ。それは西方にあるというわけだ。ところが、日本人にとっては山の上か海の彼方にあるのだ。死の世界というのは、どこにあるかね。魂の集まる場所というのは、日本人にとっては昔から山の上と海の彼方だったのだよ。つまりそこが死の世界なのだ。人が往生を遂げる時、まさにその山の上から阿弥陀が降りてくるということなのだ!」

 そう叫ぶと、胡麻博士は興奮し、わなわなと震えると、大きく唸り声を上げようとして胸いっぱいに息を吸い込んだ。その刹那……。


「ソースカツ丼、おまたせしました」

 と先程の女将さん風の店員が、ソースカツ丼の乗ったお盆を持って現れた。彼女は微笑みを浮かべている。ソースカツ丼を乗せたお盆が机の上に並べられてゆく。


 有田焼きのように紺色の模様が美しい(どんぶり)に白飯、その上にキャベツの千切りが盛られ、揚げたてのロースカツが乗せられて、じゅうじゅうと音を立てていた。そこにはたっぷりとソースがかかっている。

 四人は無言になり、それらのソースカツ丼を食べようと箸を取る。楓はスマートフォンを取り出して写真を撮っている。

「美味い……」

 と一番、はやく言ったのは胡麻博士だった。

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