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141 龍雷神の襲来

 石の塚から離れて、三人が山の中へと足を踏み入れると、そこは崖を背にしたところで、無数の松明がゆらめいていて、強盗団グループの背中がいくつも揺れ動いていた。

 のぞみたちは崖の上から見下ろしていて、強盗団グループの陣地の背面をついている形となっている。

 縄で縛られている滝沢教授の背中も見えていた。

 そしてのぞみがさらに奥の方へと視線を送ると、そこには岩陰に隠れている羽黒祐介と胡麻博士の姿が小さく見えていた。

(なんて危険なことを……。探偵と民俗学者の癖に……)

 のぞみは呆れてしまったが、死の危険に晒されている人物が目の前に三人もいることを思うと、のんびり構えているわけにもいかない。


「山中他界の鬼です。いや、強盗グループですね。この場で、酒盛りをしていたものと思われる」

 円悠の囁く声の言う通り、強盗グループの足元には、空になったビールや酎ハイの缶がいくつも転がっている。

「おい、さっさと出てこい。森永のぞみを連れて来たのか……」

 と強盗団の中で、もっとも年長者と見える大柄な中年の男が、羽黒祐介と胡麻博士のいる方向に怒鳴った。


(なんでわたし……)

 のぞみは自分の名前が、強盗団の口から飛び出してきたことに恐怖を抱いた。


「なんのことじゃ」

 と岩からそっと顔を出す胡麻博士。

「しらばっくれるな。この滝沢って教授を解放して欲しければ、代わりに森永のぞみを人質に差し出せと電話で言っただろう」

「なにか勘違いしておるようじゃの。わしらは警察の者ではない。したがって、何も聞いていない……」

「とぼけやがって……」

「本当なのじゃ。わしらは相馬先生を探しにきただけのことだ。しかし君たちは森永のぞみを人質に欲しているのじゃな。それは何故だね」

「俺たちの目的は、森永のぞみを抹殺することだ。あんまり長引かせるとこの滝沢って男をお前らの目の前で、なぶり殺しにしてしまうぜ」

 のぞみは話を聞いているうちに気分が悪くなってきた。吐き気を催して、地面に腰を下ろす。わたしが何をしたって言うのだろう。のぞみは自分の心拍数が上がってゆくのを感じた。


「きっと森永のぞみは、あなたたちに関する重要な手がかりを握っているのでしょう。東京で、あなたたちが森永のぞみを襲った時、あなたたちは森永のぞみに素性を知らせる手がかりを与えてしまったのです。そこで森永のぞみの身元を調べていた……」

 と羽黒祐介が立ち上がって、強盗団に尋ねた。この場所からならば、弾丸は命中しないだろうと踏んでいるらしい。

「そうだ。なかなか察しのいいことだな。俺たちは、森永のぞみを襲った浅草の現場で、白緑山寺の年間拝観パスポートを拾っていた。そこには森永のぞみという名前のみが記されていた。そこで手がかりを掴むために白緑山寺へとやってきたんだ。住職を恫喝して、森永のぞみの居場所を突き止めるつもりだった……」


 強盗団のリーダーと思しき風貌のその男は、包み隠さずに事件の背景を語っているように思われた。

「しかし、あの住職め。なかなか口を割ろうとしない。といって殺すには惜しい男でもある。それで困っていると、森永のぞみを名乗る女が現れた……」

 そこまでリーダーが言ったところで、夜空からごろごろと重い石が転がるような低い音が聞こえてきた。


 円悠は、じっと夜空を見上げている。黒雲の間に光が走った。稲妻である。そこにはまるで巨大な龍が潜んでいるかのようにすら見える。

「龍雷神ですね……」

 円悠がそう言うので、のぞみもひどく雷のことが気になった。

「龍雷神?」

「ええ。あの石の塚は、そもそも龍雷神を祀るものだったのでしょう。そのための依り代なのです。龍神であり雷神でもある龍雷神は、つまり雷雨の神というわけです。そもそも古事記によれば、岩石とは「建御雷之男(たけみかづちのを)神」など、雷神を祀るものでした。龍神とは水の神であり、河川の上流の山岳や渓谷で祀られ、水源をつかさどるとされているものです。雷神の火雷は、降雨を予告するものです。そのため、この龍雷神は、古神道の雨乞いにおいて重要な意味を成しているものだと思われます」

「こんな山の中で雷に……」


 のぞみがそう呟くと、天が稲光りして、地面が二つに避けそうなほどの激しさであった。

 相馬は立ち上がると、狂ったような声を上げて「祟りだ」「祟りだ」と叫びながら、急な崖を下っていった。

 ほとんど真っ逆様になって、強盗団の陣営の背面に勢いよく転がり込んでいった相馬は、完全に強盗団を奇襲していた。


「いけない。相馬先生を押さえないと……」

 ところが、突然降り出した雨が突風を伴って、のぞみに前方から吹きつけてきた。風はまるでのぞみを守っているかのようである。崖の下の相馬は、強盗団に見つかり、混乱の中で、銃声が響いていた。それを合図にしたかのように、羽黒祐介と胡麻博士が強盗団の中へと駆け込む。一同は、乱射乱撃状態で、それが雷鳴と溶け合って、雨風に掻き乱され、もはや誰も状況を把握できていないのだった。

「相馬先生!」

 相馬は、腹を抑えて、地面に転がった。

 刹那、近くの杉の木に落雷があって、一気に大木が燃え上がった。

 強盗団は、この異常な事態に恐れを成して、滝沢教授を残して、山の斜面を駆け降りていった。

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