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134 のぞみと円悠は一体になる

「そもそも強盗団が、森永さんの命を狙っているのかどうかも分かりませんし、囮捜査というわけにはいかないでしょう。強盗団は、滝沢先生を人質にして山に潜伏しているだけのようだし……」

 そう言われるとのぞみも確かにそうだな、と思った。

「強盗団には、上野で襲われたのですね……?」

 と祐介は、強盗団の事件の詳細を何も知らないので、のぞみに尋ねる。ええ、とのぞみは言って、しばらく間を空けて、宝石強盗団だったみたいですね、とぼそりと呟くように言った。


「森永さんはその時、犯人の顔を見たのですか……」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれません。なんでも、刑事さんは、群馬県警と警視庁の合同捜査で、殺人犯の一人を尾行していたみたいです。それでわたしが、犯人に警察関係者だと思われたみたいで……。ほらっ、わたしってお化粧の感じで、大学生に見られないこともあるから……。でも、あの一瞬で、どうして白緑山大学の学生だって分かったんだろう……」

「襲われた時に無くしたものはありませんか?」

「さあ……。そういえば、あれから……」

 なにかを無くしたような気がする。白緑山寺の拝観年間パスポートを購入して普段お守り代わりに持っているのだが、のぞみはそれを言うべきかどうか悩んだ。というのも、この状況で間違った情報を語ることの方が恐ろしかった。


「どんな理由にせよ、強盗団を逮捕する時の囮になるなんて愚かな考えは直ちにやめなさい。愚かだ。あまりにも愚か……。その愚かさゆえに人は惑い苦しむ……」

 胡麻博士は、大の字になって立ち尽くしていたが、のぞみの情熱が冷めたのを見て取って、羽黒祐介の袖を引いて、もうゆくぞ、とアイコンタクトをした。


「四人とも帰るのだ。さあ、わしたちは相馬先生を取り押さえにゆく。きっと羅漢堂のあたりで、強盗団の様子を探っているのだろう……」

 胡麻博士と羽黒祐介は、息を合わせると、ふたり並んで観音堂の石段を駆け降りてゆく。


 のぞみと円悠、そして楓と柿崎慎吾のふたりだけが残されて、右往左往している警察官たちの背中を見つめていた。

「円悠……。わたしたちも奥の院へ行こう……」

 とのぞみは言った。へっ、と円悠がどきりと胸が高鳴った様子でのぞみを見た。

「わたしが囮を買って出れば…….」

「なんと恐ろしいことを」

 円悠は、のぞみの手をそっと掴むと、首を横に振って、必死に説得しようとする。

「胡麻先生も仰っていたのでしょう。今、白緑山寺奥の院は、恐ろしき山中他界です。魑魅魍魎の住まうところなのです。強盗団は、いまや人ではありません。やはり死霊の化身である鬼に取り憑かれているものでしょう。人ならざるものがたまるところ、それが山中……」

「円悠。わたしが引き寄せた悪霊なら、わたしが祓うよ」

「の、のぞみん……」

 円悠はつい口が滑って、のぞみん、と呼んでしまったことに慌てて、口に手を当ててオドオドしている。


「とにかく黙って、わたしについてきて!」

 のぞみは円悠の僧衣を引くと、一緒に観音堂の階段を駆け降りた。


 階段の中途で、円悠が立ち止まる。

「円悠?」

 のぞみが驚いて振り返ると、円悠はのぞみをじっと見つめ、かすかに微笑んでいて、

「森永さん。あなたはお悟りになった。この世のありとあらゆるものが、大日如来のさざなみだということを。そしてあなたこそ、そのうちのひとつの波で、その波の打ち寄せる先に大日如来がましますことを……」

 と言ったのだった。

「うん。だからわたし、決してどこにも取り残されていなくて……この一念が、この思いが、すべてを生み出し、他ならぬわたしを支えている……」

 のぞみがそう呟くと、円悠が深く頷いたので、ふたりの意識は一体となっていることがよく分かった。自己独存の意識は、もうふたりの間にはなく、意識と意識とが磨かれた鏡のようになって互いの姿をありありと映し合っている。ふたりの存在がもっと大きな存在に呑み込まれてゆく。のぞみはのぞみである。円悠は円悠である。緣の波が打ち寄せれば、そこにはふたりがいる。しかしのぞみの言動はのぞみのものではなく、円悠のものでもない。もっと大きな存在に動かされている。それは巨大な海のようなものである。ところが、その大きな存在を動かしているのはのぞみである。のぞみは自然と一体であり、のぞみはのぞみのままに動いている。そこには円悠の意識の力も加わっている。その大きな流れの中で、はっきりとした自己が渦巻いていて、この世を支え、映し出している心の中心であるように思えるこの場所に、自分と他人などという区別をする(いとま)もないうちに、ありありと立ち現れてくる主体性こそが、のぞみをもっぱら突き動かしている原動力なのであった。

「駆け降りよう!」

「転びませんように……」

 ふたりは一緒になって石段を勢いよく駆け降りていった。

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