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123 のぞみと円悠はいまや両想い

(なんだ……やっぱり円悠もわたしのこと……)

 のぞみはひとりで脱衣室に入ると、薄緑色のTシャツの端を掴み、ぐいっと肩までまくり上げて、肩甲骨の浮き出た背中と腋の下を伸ばすようにして頭からすっぽりとTシャツを外した。髪が乱れて広がり、運動を終えた後らしい、酸っぱい汗の甘美な匂いを立ち上らせた。


 のぞみは乱れ呼吸を打ちながら、Tシャツを掴んで籠に放り込むと、今度は背中のホックを指でつまんで外し、のぞみの乳房をまるで左右から両手で挟み盛り上げたような、悩ましい純白の谷間を作っている水色のブラジャーをするりと外した途端、露わになった乳房がまさに脈打ったという感覚で震えた。淡い東雲色の華を先端に咲かせた可憐なのぞみの放埒な乳房は、今やブラジャーという枷を失って自由な揺動をしていた。


(円悠……)

 のぞみは愛しの円悠のことを思い浮かべながら、栗色にチェックの柄がついたスカートを脱ぎ、ショーツも白い足を滑らせて乱暴に足首まで一気にずり下ろした。そしてするりとつま先から外すと、のぞみが身につけているものはもう何もない。鏡に映すと、我ながら美しい裸体だと思った。しかしこの裸体は、自己の肉体の表層に過ぎない。五臓六腑はもとより、五感や感情や潜在意識まで含めて、すべてが自分だというのにこれはまったく肉体の表層というだけの外面的な「自分像」に過ぎない、とのぞみは思った。

(それでも人は、美に抗うことができない……)

 もし、それ抗うことができるとしたら、その人は潜在意識や固定観念を超越してしまったことになる。


 美というのは、肉体という事物にあるのではなくて、生み出しているのは精神であって、その根源はすなわち美意識というもので、美とはその投影に過ぎない。この世には美意識が映り出す精神の美のみがあるのではないか、とのぞみの脳内をかすめるものがあった。したがって、美というものの所在は事物ではなくて、意識の集合にあるのである。そこに意識がなくては美しいものなど存在しない。のぞみにとっての自分の美が、円悠の意識を想定したもので、その意識を想定するのぞみ自身の意識の投影が美なのだということをのぞみは思惟する。



 のぞみは熱いシャワーを浴びて、体の隅々まで洗い清めて、一切の汚れを流すと、浴室中央の湯船に飛び込もうとしたが躊躇した。

 結局、のぞみは湯に足首を入れただけで、

「あつっ!」

 と裸の全身をびくんと震わせ、驚いた猫が飛び上がるような勢いで、足を湯から引き上げ、湯を天井に跳ね上げ、乳房を抱きしめるようにする。どうにか姿勢を整えようと、スレンダーな肢体と好対照を為す大瓢箪のようなお尻の右側を湯船の端でひょいと擦り動かして、ずり落ちそうになっているお尻の左側を持ち上げ、九十度回転すると、体育座りを彷彿とする姿勢になって、膝頭をかかえた。

(めっちゃダサい動きしちゃった……)

 のぞみは熱がりなのである。それにしても円悠のやつ、わたしのために湯を沸かすといって何度にしたのだろう、とのぞみは不満を抱いた。


 のぞみが命を狙われている可能性がある、と円悠は思って、宿坊ではなく、僧坊にあるこの小さな浴室にのぞみを案内したのだった。


(これじゃ入れないじゃん……)

 のぞみは観念するとまた足首までそっと湯の中に入れた。すると熱さがまるで激痛のようにすら感じられる。雑念を滅したとしてもこの熱さは平気にならないだろう、とのぞみは思った。またつま先をお湯の外に出したり入れたりしてバチャバチャと湯を掻いているうち、血がめぐってくる感覚があった。首を伝う真珠のような汗を手の平で拭い、左右のお尻をむずりと交互に動かしてはもう一度座り直し、呼吸を乱しては、しばらく放心した。のぞみは「ふう……」とため息をついた。窓の隙間から吹き込んでくる冷たい風が無遠慮に自分の柔肌をくすぐってくるのが心地よかった。のぞみは湯船の端に座ったまま、うっとりと円悠のことを思い浮かべていた。


(やっぱり、円悠はわたしのもの……)

 のぞみは自分が今では、煩悩を断とうとする僧侶を誘惑している悪魔のような気がした。もうそれでもいいでしょ、と思った。幾分得意になり、すっかりその気になって、うーんと唸りながら、腕を頭の後ろまで伸ばし、肩甲骨を浮き出し、のけぞるような伸びをすると膨らんだ乳房がなよびかにしなり、心地よく打ち震えた。少し脂肪のついた臍のあたりをぐっと前に迫り出して、腰をくねらせると、左右のお尻も突き出て、天女のようないかにも官能的な身姿である。のぞみは肉体のそこかしこにみなぎる官能的な美しさに円悠はすっかり虜になってしまうだろう、と自分で勝手な妄想をする。円悠は煩悩に苛まれ、もうわたしのことで頭が一杯になるだろう、と得意げになる。


(円悠はわたしの虜……ふはは……)

 のぞみの妄想は深まり、過激になって、まだ湯に入っていないのに全身に血がめぐってのぼせそうになる。まさに酒に酔った調子である。すると円悠の声が窓の外から聞こえてきて、

「お湯加減どうですか?」

 と尋ねてきたので、のぞみは驚いて湯に飛び込んだ。もはや熱さどころではない。

「な、ななな、なんでそんなところにいるの!」

「あ、す、すみません。少し熱くしすぎた気がして……。これでも窓に背を向けて立っておりますのでご安心を!」

 のぞみは自分の妄想していた存在が突然、現れたことに非常に羞恥心を感じた。

「熱すぎるよ……」

「お水を入れてください……」

「でも次の人が困るでしょ」

「また沸かしましょう。それでいいんですよ」

 と円悠は優しい口調で言った。

「円悠……。そこに立って、のぞきが来ないか見張ってて」

 とのぞみは円悠を引き留めた。


「円悠。わたしとはじめて会った時のこと、覚えてる?」

「忘れるわけがありません。霧深い山の中で、わたしはあなたにお会いした……」

「懐かしいね……」

 のぞみはあの日の円悠のことを懐かしく思った。

(円悠はわたしのことが好きだ……そしてわたしも円悠のことが好きだ……ふたりの心は一体となっていて切り離すこともできない……)


 すっかり湯にのぼせたのぞみが脱衣室に戻ると、果たして籠の中の服が消えていた。

(な、なんで!盗まれた? 内側から鍵をかけてたんだけど……)

 のぞみが焦って、人を呼ぼうとするもこの格好では呼べない。バスタオルも小さいのしかない。急いで、浴室の窓の外にいるという円悠に声をかけた。円悠は真面目に窓の外で見張りを務めているらしく、剃り上げた美しい後頭部をあったので、のぞみはつんっとつついた。

「円悠。今すぐバスタオルを持ってきて」

「えっ、バスタオルですか……」

「なんか服がなくなってて……」

「服がない。どういうことでしょう。とにかく大きなバスタオルを持って来ましょう」

 しばらくして円悠がドアをノックしたので、のぞみが鍵を開けると、円悠は一瞬のぞみの姿にうわっと眩しそうにたじろぎ、急いで目を背けるとバスタオルをのぞみに押し付ける。円悠はのぞみに背を向けて、

「どうしましょう。浴衣なら部屋にありますが……」

 と言うので、のぞみもバスタオルを巻きながら、ひとまず安心した。


「ねえ、円悠……」

 のぞみはバスタオルをちょいと下げて、盛り上がった純白の素肌を見せつけて、

「ねえ、円悠……これ」

 と小さな声で囁いた。

「ん? な、ななな何をしてるんですか!」

 振り返った円悠は驚きのあまり、また背を向ける。

「ここに……ホクロあるんだ。ねえねえ」

「駄目ですよ。わたしは修行中の身なのに……」

「恥ずかしいの? 円悠ってほんとは煩悩だらけだよ……」

 のぞみは円悠をぐいっと壁際に追い詰めると肩を寄せて、困っている円悠を見上げ思わず、にやっとしてしまう。円悠が自分への煩悩だらけなのが今は嬉しかった。

「お恥ずかしい話です。こんなことでは僧侶失格です。浅ましい話で人間は煩悩に抗うことができないのかもしれません」

「抗えないんだ……。でも、わたしたち、もう抗わなくていいんじゃない……」

 のぞみは興奮と緊張の入り混じる、震えた声でそう言うと、真剣な目を円悠に向けていた。のぞみは子供の頃の無邪気な自分に戻って、円悠の優しさに思いきり甘えたくなった。円悠の怯えた瞳が自分の中に入ってきた。きっと自分もこんな怯えた目つきをしているのだろう。

「円悠……」

 のぞみが顎を上げて首筋を伸ばすと、円悠はそれに顔をそっと重ねてきた。のぞみの唇は、円悠の温もりを感じていた。ふたりはもう一体となっていた。そう思うとのぞみは邪魔になったバスタオルを緩めてするりと床に落としてしまった。今のふたりにはこんなものもういらないような気がしたのたった。

 途端、円悠が力強くなり、彼の手のひらがのぞみの肩甲骨の上を優しく撫で滑り、強い意志で、のぞみをぐっと包み込んでしまったので、のぞみは円悠にその身をすっかり預けた。

(円悠、大好き……)

 のぞみは、頭が真っ白になってきた。


「こ、こんなことしちゃいけませんよ。まだ早過ぎる気がします。ところで、あの、これ、じゃないですか」

 と我に帰った円悠がのぞみを引き離し様、早口で言うのでのぞみはよく見ると、隣の棚の籠にのぞみの服がそのまま入っていた。のぞみは自分の勘違いに赤面した。途端に今までのこと全てが猛烈に恥ずかしくなって、胸を隠し、バスタオルを抱きしめると、あの大胆さはどこへやら、そのまま円悠を外へと蹴飛ばすように押し出した。

(な、ななな、なんてことを、わ、わわわ、わたし……!)

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