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119 折られた蓮華の造花

 羽黒祐介は、堂内へと入り、茶髪を床に振り乱したその女生徒の死体の状態を確認した。死後、十二時間以上経過していることは明らかだった。すると殺害されたのは昨夜から今朝にかけてだろうか……と祐介は死亡推定時刻を考えながら、被害者の鞄から、学生証を取り出した。そこには被害者の顔写真と「吉田咲」という氏名が記されていた。どうやら白緑山大学の史学科の生徒らしい。

(すると楓ちゃんが知っているかな……)

 羽黒祐介はそう思いながら、吉田咲の頭部の損傷を調べる。おそらく棍棒のようなものの一撃が致命傷となったのだろう、と思った。


(しかし、このお堂は……)

 祐介は、堂内の片隅に佇んでいる法導和尚の方に振り向いた。

「このお堂は一年もの間、南京錠で施錠されていて、ほとんど開けることがなかったのですよね……」

「そうですね。そして、その鍵は僧坊の奥にある金庫の中にしまわれています。防犯カメラがついていますし、もし無くなっていれば誰かが気付くはずです……」

「それなのに昨夜から今朝にかけて、このような殺人が行われ、新しい観音堂の仏像が古い観音堂へと移されていたのです。現在、新しい観音堂はどうなっているのですか?」

「殺人事件が発生してからというもの、立ち入り禁止になっています」

 と法導和尚は言うと節目がちになり、静かに眠っているかのようであった。


「被害者は大学生ですか……」

 と柿崎慎吾は尋ねる。

「ええ……」

 そう曖昧に言って祐介は、被害者の鞄の中に手袋に包んだ手を差し込むと、柔らかいハンカチに包まれている、硬く尖ったものに指に触れたことに気が付いた。

(これは……)

 祐介はハンカチごとその硬く尖ったものを取り出し、そっと現場の床に置き、ハンカチを広げると、それは茎から折られた蓮華の木彫の造花であった。


「あっ……」

 円悠はそう小さく叫ぶと息を飲み、その死体の顔が見える位置まで移動した。

「吉田さん……」

「知り合いですか?」

 祐介が尋ねると、円悠は震えながら頷いた。

「先ほどお話しした二年前に崖に身を投げようとした女生徒……。わたしが仏像の蓮華を折って手渡した……」

 祐介は愕然として、死体を見下ろした。


 読者諸君も鮮明にご記憶のことであろう。吉田咲は、歴史同好会の会員であり、胡麻楓の友人である。その吉田咲は、今から二年前にこの白緑山奥の院の崖から身を投げて、円悠に救われた女生徒、その人であった。円悠は冬の山を駆けて、蓮華を探し、ついには仏像の蓮華を茎から折って、彼女に手渡したのである。そして彼女はその後、何度も円悠のもとに会いに訪れていたのである。そして吉田咲は以前、楓にこのように語っているのである。


         卍


「いいんだよ。それでいいの。でも、わたしは今、過去のことを考えている余裕がない……」

 と楓が、咲の歴史論を拒んだ時のことであった。

「うん……。そうだね」

 咲も感情的になったせいで相当疲れたのか、ゆっくり立ち上がった。

「そうだね。ねえ、楓は今、好きな人がいるでしょう?」

 と突然そんなことを咲が言ったので、楓はぎょっとして、ベンチの上で慌てふためいた。

「えっ、い、いや……な、何で……?」

「この前、食堂で会った時にピンと来たんだ……。誰か好きな人探してるなって。だから心と心のやりとりなんて言ってるんでしょ。実はわたしも好きな人が出来たから気持ち分かるんだ……」

 と咲は、よほど開けっ広げな性格らしく、そんなことを言うと笑顔で手を振り、その場をささっと去って行った。


          卍


 してみると、この咲の語る「好きな人」とは円悠のことだったのではないか。そして円悠から授かった木彫の蓮華を大切に持ち歩いていたのではないだろうか。


 しかしそんなことは祐介には到底分からない事実であった。問題は何故その吉田咲が、一年前から施錠されている観音堂に突如、死体となって出現したのか、また新しい観音堂の仏像はいついかなる理由で、誰の手によってこの古い観音堂に運ばれたのであろうか、ということである。


 その時、突如として誰かが恐怖に満ち溢れた叫び声を上げたと思うと膝から床に崩れ落ちる音が響いた。一同が振り返るとそれは相馬であった。

 祐介は急ぎ駆け寄って、彼を助け起こした。相馬は、混乱を起こしているようでこのようなことをうわごとのように口走っている。

「こんな……こんなことはありえない……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その相馬の言葉の意味を、祐介が探っていると、相馬は泡を噴いて、首から脱力し、そのまま気を失ってしまった。

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