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118 観音堂が開かれる時

 羽黒祐介、円悠、相馬先生の三人は観音堂がある方向へ足を進めていった。この時、この三人のうち、いずれの人間にもこの後の展開を予想することはできなかっただろう。

 ヒトデ型の分かれ道に辿り着くとそこには胡麻博士と柿崎慎吾のふたりが立っていた。祐介を探しにここまで出てきたところらしかった。五人はそこで落ち合うと再び、昔の観音堂がある方向へと山道を辿って行った。

「二年前、あの観音堂は雪に囲まれており、どこにも足跡はなかった……羽黒君。君はその謎を解く鍵が、観音堂の中にあるというのかね」

 と胡麻博士はあらためて祐介に尋ねた。

「可能性はあります。僕としても一度、どうしても堂内を確認したいのです」

「しかしこの二年間、古い観音堂は南京錠で施錠されており、ほとんど開けられることがありませんでした……。事件解決の鍵がそこにあると良いのですが……」

 と円悠は言うので、祐介は円悠に手渡されていた南京錠の鍵を観察し終えると、円悠に返した。

「この鍵は普段、僧坊にある金庫に保管されております。そこは防犯カメラもついていますので、部外者によって勝手に持ち出されることは絶対にありません。そのため、この一年ほどの間、観音堂に立ち入ったものは一人もいないでしょう」

 そんな話をしながら、五人が観音堂へと通じる石段を登り切ると、観音堂の前に法導和尚の姿があった。五人は突然の高僧の出現に戸惑いを隠せなかった。

「これは法導和尚……。こんなところでお会いするとは夢にも思っておりませんでしたぞ」

 と胡麻博士が先陣を切って、法導和尚に話しかける。


「胡麻博士……。ここでお会いするというのは不思議な因果ですな。実は、円悠が観音堂の鍵を開錠すると若い者から聞いたもので、先ほど急いで駆けつけたところだったのですよ。円悠。それが観音堂の鍵かね。このような仏堂の封印を解くということはそれなりに供養の準備がいることだから、わたしに一言でも声をかけるようにしなさい。いえいえ、観音堂を開くことは一向に構わないのだよ。ただ、この観音堂は特別なのじゃ。皆さま、わたしが気難しいことを申しておるようにお思いでしょうな。しかしながら二年前、この観音堂では陰惨な殺人事件が起こりましたもので……。観音菩薩像は現在の新設された観音堂に移動致しましたが、今でもこの観音堂には、あの時の被害者の霊魂が報われぬままとどまっておるのです……」

 そう聞いた途端、柿崎慎吾はひどく胸が傷んだようだった。彼は物静かに俯いてから、そびえている八角形の観音堂をそっと見上げていた。きっと今は亡き田崎弥生のことを考えているのだろう。


「大変な失礼を致しました。和尚に一度、ご確認すればよかった……。しかし同時に和尚のお許しを得ることが出来て何よりです。それでは皆さま、せっかくお集まりのことですので、早速、観音堂の南京錠を開錠すると致しましょう……」

 と円悠は物静かないつもの口調でそう言うと、懐から先程の鍵を取り出し、八角形の観音堂の南京錠へと静かに近づいていった。円悠を取り囲むようにして五人は立ち尽くしている。円悠が鍵を、南京錠の鍵穴にゆっくりと差し込むと、程なくしてカチッという金属音と共に、南京錠の金具が開いて、巨大な南京錠は扉から外されることとなった。円悠はその南京錠を手に持ち、扉の陰に置くと、観音開きの扉をそっと引いたのだった。


 円悠が扉の内側を見るなり、あっと鋭い声で叫んだかと思うと、手元の鍵を地面に落とし、そのまま二、三歩引き下がった。

 円悠の背後からその様子を見守っていた五人はその異変に気付いた。

「どうしました?」

 と羽黒祐介は声をかけて、今にも倒れそうになっている円悠に近寄り、その肩を抑えた。と、その瞬間、観音堂の内部の様子が祐介の視界に入ってきたのだった。

(これは、一体どういうことだ……!)

 祐介は、驚愕のあまり円悠の肩から手を離した。

 円悠は再び支えを失って、ふらふらとさらに後退りをする。法導和尚にぽんと背中を突かれて、円悠ははっとした様子で我に返ると、動揺を落ち着かせようとした。

 反対に、羽黒祐介は堂内の光景に、取り憑かれたようになって観音扉へと歩み寄っていった。


「これは一体どういうことだ! そうだ、羽黒君。救急車を呼ぶのだ……!」

 と胡麻博士が叫んだけれども、祐介はその必要はもはやないだろうと思ってかぶりを振った。

 胡麻博士が観音堂の堂内を見てこう叫んだのも無理はなかった。

 六人が一斉に見つめる先、観音堂の薄暗い堂内の床に、若い女性と見受けられる死体が、惨たらしく頭部を打ち砕かれて、醜く髪を振り乱した状態で、横たわっていたのである。


「こ、これはまったく狂気の沙汰としか思えません。この観音堂は、人が一切立ち入れぬよう、今の今まで完全に施錠されていたのです。それに、この観音堂に仏像は一躯もないはずです。……それなのに……」

 と円悠は震えた声でそう叫ぶと、心の乱れのせいか、それきり言葉が続かなくなってしまったのだった。


 円悠の言う通りのはずであった。ところが奇妙なことに、観音堂の正面奥には、今はあるはずのない、あの平安時代の十一面観音像が確かに眼前にそびえ立ち、差し込む日の光に顔面を照らされて、静寂の中で、慈悲深い微笑みを浮かべていたではないか……。

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