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117 浮かない表情の相馬先生

 天空に轟く破裂音、しかしそれは銃声のようにも祐介には聞こえた。

 祐介と円悠は、奥の院の伽藍を周り込んで、その背後へと通じている山道を眺めていた。この先に一体、何があるのか、祐介には分からなかったので、円悠の方を見てこう尋ねた。

「この先には何が……」

「物置と化している羅漢堂がひとつあるだけです……。現在は、南京錠で施錠されていて誰も入れないはずです……」

 そう語る円悠もどうも引っ掛かるらしい。

「行ってみますか」

「そうですね……」

 ふたりは山道を進んでゆく。すると、山道の先から相馬先生が狐に摘まれたような表情でふらふらとこちらに歩いてきた。

「相馬先生……」

 と円悠は狐に囁くような小さな声で相馬に話しかけた。

「仏教文学の研究家であり、白緑山大学にお勤めになっている相馬秀之先生です」

 と円悠は、羽黒祐介にそう説明すると、相馬は浮かない表情のまま、祐介にお辞儀をした。

「相馬です。実は滝沢先生とふたりで羅漢堂まで調査に来たのですが、途中から滝沢先生の姿が見えなくて……」

「滝沢先生の鞄は……」

「鞄もありませんでしたね。先生がどこかに移動したとしたら、当然鞄も持ってゆくでしょうから……」

「すると捉えようによっては本堂の方に戻ったのかもしれません。電話はかけてみましたか?」

「それがお出にならないようで……」


 そこで相馬はちらりと羽黒祐介を見た。一体この人物は誰だろうという不審げな眼差しであったので、

「申し遅れました。私立探偵の羽黒祐介と申します……」

 と祐介は慌てて自分の名を名乗ったのだった。その瞬間、稲妻のようなものが相馬の瞳を駆け巡ったのが祐介の目にも明らかだった。

「もしや、あの赤沼家殺人事件や銀泥荘殺人事件を解決したことで有名な……」

 祐介は、初対面の人物にそう言われるとついつい照れてしまう。

「その二つの事件を解決したのは確かに自分です。しかし探偵が殺人事件の解決で有名になるのは困ったものでして、本来は殺人事件の捜査が専門ではないもので……」

「ふむ。それで今回はどういう訳で、この白緑山寺においでになったのですか?」

 と相馬先生は、どこか詮索するような目つきである。


「知り合いの民俗学教授胡麻零士の付き添いで……」

「羽黒さんは胡麻先生とお知り合いですか……。あの方もまた真空妙有(しんくうみょうう)の傑物ですね」

「ええ、それは確かに……」

 と羽黒祐介は答えたけれど、そもそも「真空妙有の傑物」という言葉の意味がまったくわからないのだった。


「滝沢先生とご連絡がつくまで、相馬先生もご一緒に観音堂へ参りませんか」

 と羽黒祐介は突然に言った。

「観音堂へ……何故です」

「あそこで二年前に殺人事件が発生しました。実はわたしはあの殺人事件の調査を依頼されているのです」

「なるほど。あれは実に不可思議な殺人事件でしたね。そしてつい先日、またしても観音堂で殺人事件が発生した。今度は新しい観音堂でしたがね。しかし二年という歳月を経て同じようなことが二度起きた……。羽黒さんのような名探偵が呼ばれるのも無理はない……」

 そういうと相馬先生は、さも面白おかしそうにクックックと笑うと、その奥で歪な感情が込み上げてきているように思えて、祐介はゾッとして思わず一歩後ろに引き下がった。


「どう致しましょう。滝沢先生がもしこのまま姿を現さないのであれば、わたくしだけでも観音堂へゆくことが可能ですが……」

 と相馬は、滝沢先生のことをひどく気にしている様子だった。

「滝沢先生は天狗と同じで自ら姿をくらましたのですから、山の中に置いて行かれてもそれは自業自得というものです。仏教者ならば、それくらいのことで感情的になってはなりませんよ。どうです。観音堂のあたりには胡麻博士たちもいることですし、一旦、あそこで集合しては……」

 と円悠が言うので、相馬もそれもそうだなと思ったらしい。たとえニホンザルのような滝沢教授を山麓にひとり取り残しても、観音堂で一堂が会するのは重大な化学反応を起こしそうで、熱心な仏教の専門家としては断りきれないものがあったのだろう。三人は、昔の観音堂が建っている場所まで戻ることにした。


「滝沢先生と連絡がついたら、あの先生にも観音堂に来てもらえばいいのですよ……」

 と円悠はずいぶん楽しげである。

「しかし今、昔の観音堂は完全に施錠されていて、ただ一躯の仏像もないはずです」

 何故またそこで集合しなければならないのか、と相馬は疑問に思っている様子であった。

「観音堂の現状は確かにその通りですが、実はこの円悠、皆さまのためにこの通り、観音堂の鍵をお待ちしました。仏教にご関心がある皆さまのことです。現在、観音堂の内部がどうなっているのか観察したいでしょう。当然、殺人事件の捜査をされている羽黒さんも……」

 そう言って円悠は、右手に大きな鍵を持ち上げて、ぶらりとゆすり動かしたのだった。

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