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111 薬師堂の既視感

 その頃、羽黒祐介と胡麻博士、そして柿崎慎吾の三人は、二年前に田崎弥生が殺害されたという八角形の観音堂に三十分ほど前から到着していた。滝沢教授と犯人の相馬は、この観音堂前の山道を素通りして、奥の院へと行ってしまっていたのだが、この三人はそんなこと知る由もなかった。


「この観音堂は、雪の密室状態だったわけですよね」

 と羽黒祐介は、施錠されていて中に入れない観音堂を見上げながら、ようやく自分らしい謎解きができると意気込み、腕組みをしている。

「ええ。ハイキングコースを遭難していた旅行者が誰よりも早くに、この観音堂へとたどり着いたらしいですね。その時、観音堂の周囲に降り積もった雪にはまったく足跡がついていませんでした。中を覗き込むとそこには女性の遺体があり、慌てて本堂の方へと走ってゆき、僧侶を呼び出してこの場に戻ってきたそうです」

 と柿崎慎吾はその日の状況を詳しく説明する。さすがに今日まで、恋人の死の真相を追い続けてきただけのことはある。

「新聞やテレビのニュースでは、僧侶が死体を発見したという話になっていましたが……」

「それは、その時に呼び出された僧侶のことでしょうね。新聞やテレビの情報を簡単に信じてはいけませんよ」

 と柿崎慎吾は、吐き捨てるように言った。慎吾の声がいつになく殺気に満ちていたので、羽黒祐介はひどく恐縮して小さい声で、はい、とだけ答えた。


「しかし恐ろしいことです。犯人の足跡が全く無かったなんて……。弥生は、この堂内で殺されました。殺された時刻は、雪が降り止むよりも遥か以前です。後頭部を殴打されていました。それと護摩壇には護摩木が焚かれていた形跡が残っていました」

「犯人がここで護摩祈祷を行ったというのかね」

 と胡麻博士は意味が分からなそうに唸り声を上げた。


「それなら犯人は僧侶でしょうか……」

 と羽黒祐介は言った。しかしその推理はいつになく自信がなかった。仏教がらみの事件でいつものようには推理が推し進められないのである。羽黒祐介は、手持ち無沙汰になり、寺務所で貰ってきたパンフレットを取り出して、白緑山寺の境内図を眺めた。するとここから程ないところに薬師堂というお堂があるのが分かった。

(薬師堂か……。ここも一度行ってみるか……)

 羽黒祐介はそう思うと、柿崎慎吾と胡麻博士の方を振り返って、

「この薬師堂というところに行ってみたいのですが……」

 と遠慮がちに言うと胡麻博士が、おうっ、と犬のような返事をした。

「そうだの。ここで調べられることは充分に調べた。他のお堂も調べてみた方がいい。手掛かりが至る所に遍在しているかもしれないし、一箇所に心がとらわれるとたちまち打たれるということを沢庵和尚も仰っておった……」

 柿崎慎吾もその言葉に納得したようだった。


 三人は元来た道を戻って、五つに枝分かれしているヒトデ型の分かれ道に戻ってきた。ここに来るとどちらへ行ったら目的地に着くのか混乱する。案内板もないので、地図を睨みながら観音堂への道のすぐ右隣の道へと入ってゆくと程なくして観音堂と外形のよく似たお堂が建っているところに出たのだった。ただ観音堂は外壁に濃い緑色の彩色が施されていたのに、この薬師堂はそれが赤褐色なのだった。

「ここが薬師堂か……。ここにも貴重な仏像があるのかね」

 おそらく観音堂と対になるように作られているのだろう。この広場といい、円形の建物といい、モノクロームの世界であれば見間違えてしまうほど外観がよく似ている。しかし三人が入り口から入ると、日の光を受けて、目の前に重厚感のある薬師如来が坐しているのが見えたので、堂内の印象はまったく違っていた。

 薬師如来の両側には、日光菩薩と月光菩薩の仏像が並んでいる。どちらも人間の背丈と同じ全長の仏像である。羽黒祐介は、それを見ていて、なにか引っかかるな、と首を傾げた。

(もしかして……)

 羽黒祐介は、二人をその場に残し、先程のヒトデ型の分かれ道に戻っていった。そして何度か行ったり来たりを繰り返していた。羽黒祐介の脳内でなにかがカタカタと動き出している音が響いていた。するとそうこうしているうちに、分かれ道の先からあの若い僧侶、円悠が僧衣をまとって歩いて来たのだった。


 円悠は、羽黒祐介を見つけると、すぐにこんなことを尋ねてきた。

「羽黒さん。またあなたは道に迷っているのですね。はじめてお会いした時もそうでした」

「あ、いえ、別段、迷っているわけではないのですよ……」

「恥ずかしがることはありません。人は誰しも道に迷うものなのです。わたしの愛しているのぞみんも多くのことに悩んでいます……」

「はあ。のぞみん……」

「ここでお会いしたのもなにかのご縁でしょう。ちょっとそこまでご一緒しませんか」

「胡麻博士と柿崎君を薬師堂に残しているのですが……」

「気にすることはありません。薬師如来の膝下に取り残されるなんて本望でしょう。羽黒さん、実はお話があるのです。奥の院へ参りましょう……」

 そういうと円悠は、僧衣を翻し、羽黒祐介に背を向けて枝分かれしているうちの一つの道を進み始めた。

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