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恋愛成就の捧げ物

作者: 藍生蕗




 出来るだけ高いところに。



 神様に見て貰えるように。





「……こんなところで何してんの?」

 へたり込む私に呆れた声を掛けてくるのは、ぴしりと糊の効いた袴に身を包んだ、神職の男の人。

 私の目線に合わせて屈み込んでくれてはいるものの、じとっとした眼差しを送ってくるこの様子は、どう見ても好意的とは思えない。


 ここに来るまでに息切れを起こした私は、鳥居に寄りかかり小休憩に勤しんでいた。

 ここは山の上の神社。

 私は神様に神頼みの返事に対する返事をしにきたところ、なのだが……


「君学生でしょ? こんな時間にこんなとこにいて、学校は? ご両親が心配するよ?」

 妙な輩に捕まってしまった。

 その上ぶっきらぼうに口にする態度にカチンとくる。何よ──

 元はと言えば、お宅の神社が悪いんじゃない! 加えて子供扱いまでされれば納得もいかない。

 私は向かいに屈む男の人を、キッと睨みつけた。


「……こ、子供じゃないんで」


 しかし残念ながら私はヘタレだった。

 すっかり相手に飲まれていたらしい私は強気に返す事も出来ないようだ。しかも、やっとの事で吐き出した台詞が子供扱いするな、である。情け無い。


 因みにこれは四歳になるうちの姪っ子の口癖で、姪の綾ちゃんは赤ちゃん扱いをすると凄く怒る。

 ……ついこの間まで赤ちゃんだったのに、寂しい事を言うものだ。


 でもこんな時に思い出すのが綾ちゃんだなんて、私本当、綾ちゃん好きだな。何て、残念ながらそんな現実逃避にも、目の前の男の人は許してくれないようだ。


「子供は皆そう言うんだよ」

 そしてその追撃にむっとする。しかしまた思い出すのは綾ちゃんである。

『綾ちゃん、お姉さんになったの! 赤ちゃんて呼ばないで! まあちゃんの意地悪!』


 ……綾ちゃん私、今初めて綾ちゃんと心が通った気がするよ。


「お前、名前は?」

 気付けば眼前まで迫って来ていた男の人の圧にぐぐっと喉が詰まる。もしかして私は何か疑われているのだろうか、私は断じて不審者じゃない。


「……志賀 舞花」


 けれどああ。素直に答える自分が恨めしい。

 見ず知らずの人に名前まで渡して大丈夫だろうか、走って逃げれば良かったの? なんて途端に恐怖が込み上げる。

 

「よし、舞花。手伝え!」

「へ……?」

 くれど男の人はそんな私の不安など露知らず。ぐいっと手を引いて立ち上がらせた。

 見上げる程の高位置に頭があるので驚いていると、気付けばそんな隙をつき、手に竹箒を握らされていた。


「……」

「やっぱ悩んだ時は掃除だよな」

「えっ?」

 自信ありげなニヤリとした笑いに説得力を感じるのは、なんでだろう。

「ほら。落ち葉を集めて焚き火するぞ」

「え、あ、はい……」

 私は気付けば言われるままに箒を動かしていた。


 ◇


「舞花は学生じゃないのか?」

 ぼんやりと箒を動かしていると男の人がこちらを覗き込んできた。

 境内の掃き掃除は完了したらしく、彼は落ち葉で山を作り、火を起こし始めている。


「が、学生です。高三! もう受験終わったし……」

 今はもう二月。自由登校期間である。

「あ〜、長ーい冬休みかあ。いいなあ」


 男の人が嬉しそうに喉を鳴らすのを見て、何だかどきりとしてしまう。そういえば不思議だ、知らない人と話すのは苦手なのに……


 焚き火に向かって腰を落とす男の人に倣い、私も火に向かってしゃがみ込んだ。


「……失恋でもしたの?」

 唐突な問いかけに私の肩がびくりと跳ねた。

「うちの神社に物申したそうだったじゃん? もしかして恋愛成就の札でも買ってくれたのかな?」

「……はい」


 私は俯くように頷いた。

 ひと労働の後の心地よさ。それに、パチパチと心地よい音を立て燻る落ち葉を見ていると、何だか話したくなってきてしまったのだ。

 私が失恋してしまった事を。


「武藤君は中学生の時からの同級生で──」

「え、中学……って六年も?」

 と思ったら開始早々に遮られた。まあいいけど。

「いえ、五年です。中二から……」

「五年……」

 何か言いたそうな気配に居た堪れずに身動いだ。正直自分でもしつこいとは思っていたけど。ずっと言えずにいたとはいえ、やっぱり他人が聞いても長かったか……


「その、高校までは一緒だったけど、大学は別になりそうだから。ゆ、勇気を出したんだけど……」

「駄目だったのか」

 複雑そうに頬杖をつく男の人が視線をこちらに向ける。

「それで、何か酷いことでも言われた?」

 私は急いで首を横に振る。

「何も。武藤君、私が告白する直前に別の人と付き合っちゃったから」

「あら……」


 自由登校になる前に勇気を出して声を掛けようと、探して見つけた時がまさしく。照れ臭そうに告白の返事をする武藤君と目が合ってしまい、私は慌てて逃げてきたのだ。


「それ、うちのせいじゃないじゃーん」

「分かってるよ……」

 軽く頬を膨らませる男の人に、私は不貞腐れたような返事をして膝に頭を埋めた。

 ……でも他にどこも思いつかなかったんだもん。


「今年、ここに初めて一緒に初詣に来たの。クラスの皆とだけど、合格祈願も一緒にして、楽しかった。おみくじだって……」


 大吉にしてもらったのに──


「……そう、嬉しかったんだ?」

「うん……」


 地元で一番大きな神社。大昔に山の上に建てられたとがで、地方都市でありながら案外有名な場所なのだ。

 この辺一帯のイベントはほぼこの神社を中心に行われている。ここは海も無いし、まあイベントったってお祭りくらいだけれど。

 

 大晦日から皆でわいわい集まって、白い息を吐きながら階段を登って来たのが今年一番の思い出。

 夜のお参りなんて初めてで、でも思ってたよりも活気があって、見た事もない雰囲気にどきどきした。


 それで一緒に手を合わせて目が合ったから、期待しちゃったんだ。




 だからこそがっかりした。


 現実を突きつけられるような感覚に喪失感が合わさって。

 でも落ち込んでメソメソしたところで、武藤君が私に関心を持つはずは無いんだって言い聞かせてたら、気付けばここに向かって駆けていた。


 彼は別に、私を見てた訳じゃない。

 

 ただ武藤君の視界に私がたまたまいただけの話。私がいつも見てるから合った、それだけの事に気付きもしないで……

「武藤君は私の事なんて、もしかしたら名前も知らないかもしれないよお」


「いや、同じ中学でそれは無いと思うけど? ああもう、泣くなよ!」

 ぐすっと鼻を鳴らせば、男の人は躊躇いもなく私の髪ををがしがしと乱した。

「ちょっ、何すんのよ!」

「え、いや……慰めてるんだけど……?」

 お互いの瞳が各々の驚いた顔を写し合う。


「そうなの? ガサツだなあ……お……兄さん?」

「──え、何その言い方。お前の目には俺がいくつに写っているんだ?」

「……」

 年上だとは思っているけど、どれくらいかまでは……袴姿なせいか余計に分かりにくいし。

「あーと……二十四くらい?」

「……おい。……ちげーし、俺まだ二十一だし」

「……」

 実は見た目は同じ年くらいかと思ったけど、子供扱いしてるみたいで嫌がるかと思ったから。

 気を遣ったつもりだったんだけど、逆に傷つけてしまったらしい。年齢て難しい……

 てかやっぱそんなに年離れてなかったな。なーんだ。

 

「ご、ごめん! 二十一に見えるよ! 大丈夫!」

「本当か〜? 適当に言ってるんじゃないだろうな」

「えーと、だってそんな年齢の知り合いなんていなくって。お姉ちゃん二十九だし。お姉ちゃんより若くて社会人かなって思ったら、そんなもんかなって思ったの!」

「なんだよ、結局当てずっぽうじゃないか。……まあいいけど」


「? でも、二十一じゃ神主さんじゃないの?」

「んなわけ無いだろ。バイトだよ、ここの息子だけど。普段は大学生」

「バイト〜? なあんだ」

 急に存在を身近に感じてほっと息を吐き出す。私のそんな様子を見て、男の人はふっと笑うような息を吐いてから、爆ぜる火に目を向けた。


「……五年も黙って片思いしていたのに、頑張ってちゃんと伝えようとしたのは偉いよ」

 ぽつりと呟いた男の人の言葉にぎゅっと胸が縮こまる。

「うん。私ね、ここで勇気を貰ったんだ……」

「……そうなんだ」

 だから言おうと思えたんだけど。


 何故か顔を赤らめる男の人に首を傾げていると、急にぶっと吹き出した。……笑いを堪えていたらしい。

「それなのに苦情って酷くね?」

「そ、それはだって、神様関係ないし!」

 今度はこっちが赤くなる番だった。




「……あのさ、神様にも優先順位があるんだよ。許してやって」

 急にそんな事を言い出すのだから驚いてしまう。

「ここの神様はそんな、参拝者に優劣なんてつけるの?」

「……多分ね」


 煙に巻かれ、こちらを見て笑う姿を見てると何だか物怪に化かされているような錯覚を覚えてしまう。


「毎日お参りをしてくれる人の願いをさ、先に聞いたみたいだな」

 成る程、それは考えていなかった。

「そっか、もしかして仲村さん。日参してたのかあ……」

「誰よそれ。いや、知らんけど」

「だから武藤君の告白に成功した……って何よ、あなたが言ったんでしょう?」

 

 ぶんと腕を振り上げれば男の人は、くくっと笑いを噛み殺した。


「舞花の制服はU高だったよな」

「え、何で知ってるの? 変態!」

「……おい落ち着け、俺も卒業生だ」

「ああー」

 振り上げた拳を下ろし、改めて意外とよろしいお顔を見つめる。

 とはいえ三歳上だし見覚えは無い、かなあ?

 こんな意地悪な笑い方する人、知り合いにいないものね。


 ◇


 ──だから後輩が合格祈願に来たなって、気が付いたんだ。

 毎年この辺の学校からはそんな回覧が回ってきてる。まあ地方だし、ちょっと道外れると暗いし。だから気を配りましょうってのは、地域住民の総意らしい。


 勿論私服で来るのが大半だけど。わざわざ制服で来てる真面目な舞花は、割と自然な形で目に付いた。


「絵馬書いて、おみくじ引こう」

 仲の良い友達とはしゃいでいるそんな姿を見て、元気だなー、って覚えてた。

 深夜零時、そこそこ賑わう境内で、一際賑やかな御一行さん。


 普通のおみくじか恋みくじか散々悩んで、普通のおみくじ選んで。何でだろ、なんて思ってたら、同じこと聞いてきた友達に「おみくじに駄目って言われたく無い」なんて返してて笑えたけど。いじらしい顔を赤らめているのを見て、何故か息を飲んだ。

 

 こいつの願いが叶えばいいと思いながらも、こんな大事なものを見落とす奴に、こいつは勿体無いとか、なんか思った。



「あのー、すみません」

「えっ」


 ほんの少し参拝客の対応に気を取られてたら、いつの間にか舞花が近くで俺を見上げてた。

 じっと見てたから気持ち悪かったのだろうか。苦情でも言いにきたんだろうかと内心で焦ってると、手に持ったおみくじを差し出して来た。


「あの、おみくじを、その。高い位置に結んでくれませんか?」

「……え、ああ……」

 どうやら身長に目をつけられたらしい。

 てか、俺袴着てるしな。神社の人間だって、そう思うだろうし。


「──大吉になるように、一番上に結んでおきます」

 そう言ってやると舞花は、ぱちくりと瞬いてから、花開くように笑った。

「ありがとうございます」

「……」


 ……なんで見えないんだろうって思った。

 おみくじに願いを込めたい舞花の相手──


 舞花の視線の先にいるそいつを見れば、別の誰かとはしゃいでた。そんな舞花が息を飲んだ瞬間をうっかり見てしまって。


 ああ、あいつ。見る目ないなあ……なんて思ったら身体が勝手に動いて、舞花の視界を塞いでた。驚く舞花に頭を掻きながら適当な話を口にする。


「──……その、神社はどうですか?」

 なんてゆーか、もっと気の利いた事を言いたい。

「あ、楽しかったです。夜中に遊びに行くなんて初めてで。どきどきしました」

 根が素直なのか、聞かれた事に直ぐに答える舞花に嬉しさがじわりと込み上げた。


「そうですか、なら良かったです。……良かったらまた来て下さい。ここは毎日やってますから」


 愛想笑いってどうやるんだったっけ。

 上手く笑えずに視線だけでも逃げていると、再び聞こえてきた声音に引き寄せられた。


「そうですね、また神様にご挨拶にきます」

「……どうも」


 そう笑って舞花は手を振って友達のところに駆けて行った。

 すげー強烈な残像を残して。


 そうして気が付けば、吸い込まれるように舞花の書いた絵馬に手を伸ばしていた。

 大学への合格祈願と、武藤君と両思いになれますように、なんて書いてあるのを見つけて。


「……悪いな、絵馬は見ない方がいいのに」


 舞花が来るのがうちの大学だって知ったから、俺も絵馬に願掛けした。もう一度舞花に会いたいって。

 

 それでもし、その時まだ舞花の祈願が成就していなかったら……




 ──まあ実際は挨拶どころか文句つけにくるような荒みっぷりで、描いていた感動の再会では無かったけれど。でもまた会ったから……


「……卒業式に告白してみようかな」

 おや。

「──ふうん、頑張れば?」

 なら時間はあとひと月も無いじゃないか。


 焚き火を睨みながら葛藤する舞花に激励を送っておく。だって未練なんて残して欲しく無いから。


「ねえ、そんな言い方! なんかアドバイスとか無いの?」

「……さっさと玉砕して次の恋を見つけろ」


「私の五年をそんな簡単に済ませないで!」

「まあ確かに、長いよなあ……」

 それだけの一途なこいつの思いが、他の男に向けられるってのは、当たり前だけど面白くない。

 でもそれ以上の長い時間を、今後舞花と一緒に過ごす事を想像すると……ぶわりと肌が泡立った。


「舞花」

「ん? あー、そうだ。お兄さんの名前教えてよ。呼びにくい」

 何の気なしに口にしてくる、舞花の台詞に内心びびる。舞花が俺の名前を呼んでくれたら、嬉しい。


「実常……」

「……え、きつね?」

「何でだよ! み、つ、ね!」

「ああ、実常神社の息子さんだもんねえ」

 

「そ、俺は実常 佑希」

「勇気?」

「……多分字が違う」


 ぱちくりと瞬く舞花にちょっと期待してしまう。

 けどこいつ、面白いくらい武藤君しか見てなかったからなあ。加えて夜で暗かったし、俺の事なんて覚えちゃいないだろう。ちょっと切ない。

「ふうん、そっかー。よろしく佑希さん」


 それでもって、あっさりと敷居を跨いでくる舞花に頭を抱えそうになる。

 俺ってほんと何の意識もされてないんだなあ……だってお前、武藤君とやらの名前を呼ぶとしたら、絶対に躊躇うだろう。


「よし。俺も祈願する事が出来たから、毎日参拝するわ」

「へえー、何何? 気になるー」

「……じゃあ今度絵馬見れば?」

 そう言うと舞花はむうっと頬を膨らませた。

「駄目だよ、絵馬は人に見せると願いが叶わないんだから」

「……」

 罪悪感が少しだけ。

「まあ見せようとしなきゃいいんだろうけど。でも俺は大丈夫な気がする」


「何で?」

 目を丸くする舞花にニヤリと口元を歪ませた。

「多分俺が、神様の優遇者だから」

「わっ、それって何か狡くない?」

 今まで家を継ぐなんて気乗りしなかったけど。


「いーの」

 生涯の伴侶を俺にくれるなら、仕えるのもやぶさかじゃない、なんて──

 親父が聞いたら怒りそうな言い方で頼んでみる。

 

「それと引き換えに俺の将来はたった今、神様に全部捧げられたんだから」

「ええー?」

 疑問と不満が合わさったような声を上げる舞花に意地悪く笑ってやる。


 そうしたらさ、恋愛成就はしてたんだって、いつかこいつに教えてやろう。


読んで頂いてありがとうございます!

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[一言] 女の子視点からの男の子視点で、胸がキュンとしました。 早く彼の気持ちが彼女に届くように、神様にお祈りしておきます。
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