表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

紅の記憶

作者: しおん

天竜川を上流へ向かう。空には灼熱の太陽があらわれてる筈だが、木々に遮られている。


そのせいか、航太の額からは、いつものような滝のような汗は流れない。


高校に入学して、最初の夏休みだ。


ヒートアイランド化した都会のマンションの自室では、部活以外では家から出ることもなく、ネットに耽っていた。


何の取り柄もなく、女子にも縁遠く、かといって、クラスで害のある存在でもなく、平々凡々な人間であることを、いやという程、承知している航太だ。


ネットの掲示板で、不思議な駅の存在を知った。来た者を、現実世界に帰さない駅のようだ。


航太の幼い頃の記憶が蘇った。


知っている。


駅の様子が掲示板に書かれていた。間違いなく、航太の記憶と一致している。


投稿者の投稿は、駅を降りて、森を散策した辺りで途絶えている。


遊びでの投稿ではない。


航太はいてもたってもいられなくなった。


助けなければ、、、。


航太がその駅に出くわしたのは、4歳の時だった。


家族で天竜川沿いで、夏のバーベキューを楽しんでいた時だ。


薄桃色の蝶々を見かけた。


今にも裂けてしまいそうな羽根を広げた蝶々は、軽やかに飛び回り、航太の好奇心を誘った。


一人で蝶々を追いかけるうちに、深い森へと入ってしまった。


気付くと、蝶々はいなくなっていた。


深閑とした、樹木だけの空間だった。どこをどう歩けば、家族の元へ戻れるのか、見当がつかなかった。


涙があふれ、泣き叫ぶ航太の耳に、鉄道を思い出させる汽車の音が聞こえた。


目に涙をためながら、その方角へ行ってみると、そこには、駅と汽車を背景に、先程の薄桃色の蝶々が飛んでいた。


蝶々は航太の周りを一周すると、白い雲のようなものを羽根から出した。


すると、航太の母親よりも若そうな、一人の女性があらわれた。


「ここで何をしている?」


聞いたこともないような柔らかい息遣いで、紅く薄い唇から、淡く漏れるかのように問われた。


美しいという単語さえ、まだ知らなかった。


だが、航太の胸には、知らぬ場所に迷いこんだ不安と共に、ときめきが生じているのも事実だった。


言葉にならない声で、やっと返事をした。


「僕、ママのところに帰りたい。おうちに帰りたい」


女性は、淡く白い薄絹のような、丈の長い衣類を、草むらに擦らせながら、音も立てずに航太の元へ近寄った。


紅く薄い唇がまた、ゆらゆらと動く。


「、、、食べるには、まだ、早い、、、」


「えっ!!」


僕、食べられちゃうの!?と、言葉が続かなかった。


凍りつく体を、動かそうにも動かせない。


「食べるには、まだ早い。お帰り、、、」


白い雲のような、真綿のようなものがサッとあらわれ、気付いた時には、家族の元にいた。


蝶々を追いかける時から、なんら変わってない景色だった。


「航太!肉が焼けてるぞ!」


バーベキューを仕切ってる父親が、汗を拭いながら、大声を発している。


たしかに、今しがた、淡い響きの声を、あの紅く薄い唇から聞いていた。


不意に航太の目の前が暗くなる。


気を失った航太を、両親は、熱中症かと思い、病院へ連れて行った。


病室で目覚めた航太の脳裏には、あの女性が焼き付いて離れない。


食べるには早いと言っていた。


思い出すと、体が震える。


病室の窓からは、煌めく星空が見えた。


軽い熱中症と診断された航太は、その日のうちに、母親の胸の中で眠りにつくことができた。


掲示板で知った航太は、決してヒーローになりたいわけではない。


4歳の夏の日に出会った女性に、再会したいのか?


だが、人を食らう魔物だ。


知りながら、見捨てることはできなかった。


何で立ち向かえば良いのかもわからない。


航太は、自宅の仏壇から、小さな仏像を持ち出し、登山の支度をした。


この部屋に帰ってくることができるのだろうか。


自室をやっくり、眺めた。


紅い薄い唇が、脳裏を掠めた。


意を決して、自宅を出た。


数時間後、ズタボロになった航太の姿が、天竜川のほとりにあった。


手にした仏像は、粉々に砕け散っていた。


紅く薄い唇の記憶も、もう、砕け散った。

2chで有名な「如月駅」への、オマージュの気持ちを大切に、自分なりに、記憶と魔物をテーマに掌編にしてみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 航太……(´;ω;`) ぶわっ 航太が助けたかった子は、助かったんだろうか。助かっててほしいな、と思いつつ……。2ちゃんのきさらぎ駅ですね。一時期まとめサイトでオカルト系のものを片っ端から…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ