「どうしてあんな人と婚約しなくちゃいけないの?」
ある朝、ディーノ・スカットーラが気がかりな夢から目覚めた時、自分がベッドの上で四本足に変わってしまっているのに気づいた。彼は茶色に近い金髪を揺らして頭を上げ、布団を剥がすと、自分の体の下で爆睡している子爵子息アントーニオ・バリオーニのたくましい腹が見えた。
蹴落とした。
アントーニオが公爵令嬢グリゼルダに振られてからというもの、彼の怯えようは実に同情を誘った。
紫色のものを見ては飛び上がり、
隙間から見える誰かの目を見ては縮こまり、
寮に戻っても部屋に空く穴を全て埋めんばかりに改装する始末。
流石に工事紛いのことをしていると周りの者から文句を言われ、それでも躍起になるアントーニオに、ディーノは何とかしてやろうと画策した。
しかし、男を元気付けるというのはあまりにも気が乗らない。
そのため、自分にも利になる会を企画することにした。自分の部屋にアントーニオと、暇そうにしていた何人かの女子を呼び、パーティーを開催したのである。もっとも、王族貴族がお城でやるような大々的なものではなく、友達が集まって行うようなものだったが、アントーニオは楽しんだ。
それはそうである。可愛い女の子と、頼れる友人と、美味しいものを食べて、美味しい酒、否、果物のジュースを飲み、ちやほや、否、わいわいと盛り上がる。これで回復しない男はいない、とディーノは思っている。
事実アントーニオは顔を真っ赤にしながら満足そうに眠りについた。ディーノの部屋で。
深夜になる前に女の子はきちんと寮に送り届け、戻ってきたディーノを出迎えたのは幸せそうにベッドで眠るアントーニオの姿であった。
容赦無く蹴落とし、ベッドを取り戻して眠ったが、どうやら途中でアントーニオが寝ぼけて潜り込んできたらしい。
最悪な目覚めだった、とげんなりしつつ、ディーノは未だ眠るアントーニオの肩を揺さぶった。
ディーノがグリゼルダ・フォルトゥナートと婚約を結んだのは、四年前のことである。
彼らは、運命的に出会ったわけでも、幼馴染みだったわけでもない。
互いに互いの噂を耳にして、ろくなやつじゃなさそうだ、と思っていた。その程度の仲である。
その関係が変わったのは、フォルトゥナート公爵が夫人を連れてわざわざディーノ宅を訪れた際である。しかもアポなしで。当然スカットーラ侯爵家は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
それでも何とか取り繕って対応した侯爵に、公爵は「そちらの末子とうちの可愛い可愛い娘を婚約させたまえ」と言ってきた。
侯爵家の人々は混乱した。
ディーノは当時から名の知れた女好きであった。末子であるがゆえ、好き勝手に振る舞っていたディーノを叱る者はいなかった。否、叱る者はいたが、その性質をどうにかしようと本気で取り組む者はいなかった。
何せ末子である。跡取りもその代わりもその代わりもそのまた代わりもいるのだ。将来重職に就かせようなどとはカケラも考えられずに育てられてきた。
ディーノ自身も下克上などさらさら頭になく、成人したら世界中を回って一番の美人と結婚しようかな、などという夢を抱いていた。
そんなところに、婚約である。
しかも相手は王家に次ぐ権力を持つ公爵家の一人娘、グリゼルダ。
家族会議は荒れた。
何故よりによってディーノなのかと、兄弟の中でも一番評判の悪く女をたらしこむことしか能がない問題児のディーノなのかと。
兄達は戸惑い、顔を見合わせた。父親は頭を抱えた。母親は首を傾げた。
そんな中でもディーノに発言権はなかった。元々特に何の期待もされていなかった末子である。とはいえ、疎まれたりいじめられたりなどはなく家族との仲は割と良好なのだが。
ディーノとしては、異論はなかった。美女を探しにいけないのは残念だが、件の公爵令嬢は一時期変な噂が流れていたものの、発育が良いと聞く。楽しみだな、などと呑気に考えていた。
ディーノは巨乳好きだが、それでも女に差はつけなかった。
体つきが貧相でも美人なら大いに愛でた。
不細工でも肉付きが良ければ全力で持てはやした。
不細工かつ体が貧相でも性格が良ければ褒め殺した。
仮に性格も悪くても長所を見つけてお姫様のように扱った。
それだけでなく、各個人によっても微妙に接し方を変えることで、相手が最も望むことをしてみせた。
その性質を見込まれて公爵はディーノを指名したのだが、それを彼らが知る術などあるはずもなく。
ディーノは家族からあらゆる礼節を叩き込まれ、ついに公爵邸にてグリゼルダと面会した。
一目見てディーノは彼女を気に入った。もっとも、彼が女子を見て気に入らないなどといった感情を抱いたことはないのだが。
儚げな雰囲気も必要以上に前に出ようとしない態度もそうだが、何より体の均整が素晴らしかった。十三歳にして山も谷もある(見立て)とは、とディーノは衝撃を受けつつも、彼女に笑いかけ、これまでと同じようにさりげなく「僕はあなたに好意を持ってます」というムードを出して接した。
それに対しグリゼルダは、最初こそ警戒心丸出しだったものの、次第に打ち解けていった。
違和感に気づいたのは数日後のことである。
見られているな、と自然に思った。
しかしそれがどうしたというのだろうか。ディーノは全く気にしなかった。常時女子に覗き見られていても、彼は一切気にも留めない。
むしろ見られて興奮するタイプであった。
そんなディーノに、グリゼルダは心を許したのか少しずつ覗く機会も減り、その代わりに正面から堂々と会うことが多くなった。
そしてどんどん遠慮がなくなっていった。
しかしディーノも伊達に女子の相手ばかりしていない。グリゼルダの束縛が強まろうが、彼は彼女を一人のか弱くて初々しくて可愛らしい女の子として対応した。
ある日のことである。グリゼルダが「私今度新しいドレスを買おうと思っているのだけれど、何色が似合うと思う?赤とか、緑かしら」と尋ねてきた。
ディーノは何気なく「そうだな、青なんていいんじゃないか、その妖艶な目の色に合いそう」と答え、言い終える直前に、彼女の表情の変化に気づいた。
「ねえ、どうしてそういうこと言うの?私の言うこと、聞いてなかったの?聞かずに適当に答えていたってわけ?これまでも?」
どうやら機嫌を損ねたようだ、と悟りディーノがなだめようとして手を伸ばした時、唐突にグリゼルダは激昂した。
「私のこと好きじゃないんでしょ!?そうなんでしょ!親が決めた婚約だし、私の話、全然聞いてくれないじゃない!好きじゃないんでしょ!?好きなら何でも、一言一句漏らさず聞いてくれるもの!何だって、どんな時だってちゃんと相手をしてくれるもの!お父様がお母様にそうするように、好きなら何だって言うことを聞いて受け入れる!それが愛なのよ!!」
なるほど、婚約申請の時公爵が夫人も同行させていたのはこういうことだったのか、両親を間近で見てきた彼女はそれに憧れているのだな、と妙なところで納得しつつ、ディーノは「まあまあ」と彼女の怒りを鎮めようとする。
すると、グリゼルダがそばにあった花瓶を手に取ってこちらに投げようとする動作をしたため、慌ててその手を掴んで「そんなもの投げて手首でも捻ったらどうするんだ」と叫ぶ。女子の怪我は世界にとって多大なる損失である。
その瞬間、紫の目を大きく見開き、グリゼルダはディーノを突き飛ばして走り去った。
それ以来、グリゼルダはディーノを避けるようになった。正直何が気に入らないのか分からない。が、ディーノは嫌がる女子に強要して楽しむような趣味は持ち合わせていない。
ゆえに、彼女が拒否する限りは、それに従うことにした。
ただ、そのせいで公爵と夫人には役立たず認定されたが、罵倒する夫人があまりにも色気を放っていたため甘んじて受け入れた。
学園に入学した頃、グリゼルダは何人もの人間に囲まれていた。ある程度彼女のことを見知っている人々は彼女に決して近づこうとはしなかったが、知らない者達、特に子爵や男爵といったあまり交流のない家の子息子女達は、彼女の取り巻きと化し、グリゼルダは一躍最大派閥のトップに躍り出た。
ディーノは関与しなかった。だが、あんなに人を侍らせて気疲れとかしないんだろうか、あ、あの子可愛い、などと思っていた。
そんなある日、その内情を知った公爵から呼び出しがかかった。何事かと伺えば、娘をあまり人と関わらせるな、と言う。
「君も知っているだろうが、うちの子は愛が深いんだ。木っ端共にくれてやる愛など微塵もない。全て追い払え」
「はあ、でもそれじゃ孤立するんじゃ?」
「構わん」
グリゼルダが構うだろ、と思ったが、自身の家族の必死な顔を思い出して口には出さなかった。
「あの子もあんな有象無象に騙されて、あまりにも不憫だ。あいつらは地位のことしか頭にないと言うのに。ああ、あの子を心から理解し、愛する者が現れれば…」
お前なんかいらないのに、とでも言いたげな口ぶりだった。
「…それって、彼女にふさわしい人間が出てきたら、私はお払い箱ということで?」
「何を当たり前のことを言っているんだ」
マジかよ、とディーノは思ったが、彼女にとってはそれが一番良いのだろうと思い直す。自分の家族にはがっかりされるだろうが…。
「で、取り巻きの件だが、何とかしろ。方法は問わない」
「はあ」
「すぐに行動しろ。実行しなければ、分かっているな…?」
「わっかりました」
身の危険を感じたので退避。
そういうわけでディーノはグリゼルダから木っ端を引き離すべく計画を立て始めた。
何が良いだろうか。
あの令嬢に近づくと呪われる、とかだろうか。彼女に関わると恐ろしい毒虫に変身してしまうとか。いや、それだと興味本位で近寄ってくる人間が出ないとも限らない。
そういえば数年前に人々から大層恐れられる令嬢がいたらしい。その令嬢は一人の女子生徒を嫉妬でいじめ抜き、ついには殺そうとまでしたとか。結局それはその令嬢を蹴落とそうとした人間による眉唾物の噂だったそうだが…。
これでいいか、とディーノは思った。
そして、女子に広く顔を持つディーノの噂は瞬く間に広がり、ドン引きした生徒達は一人、また一人とグリゼルダから離れていった。
流石に可哀想だったので残り数人になった辺りでフォローに入った。選ばれし数人の生徒の耳に「あの噂、根も葉もないひっでえ作り話なんだって。グリゼルダ様は被害者」と情報を入れる。命令には逆らった形になるが、これで一人にはなるまい、と安心していたのだが。
問題はグリゼルダの方にあった。
苛烈な彼女は残った数人に対し、尋問を開始。当然、彼女の怒りの沸点の高低など知らない彼らは、正直に自分の思うままを話し。彼女の逆鱗に触れ。
ついには軽傷ながらも、傷害にまで達した。
騒動は公爵の力によって揉み消された。だが何人かの生徒は退学した。
これを受けて、ディーノは、自分がどうにかせねばなるまい、と直感した。どうにかしなければ次に消されるのは自分である。多分。
それ以来、ディーノはグリゼルダの周辺にもっと気を配るようになった。彼女に近づこうとする女子には声をかけてやんわりと遠ざけ、男子に関しては最初は放っておいてダメなようだったら助け船を出した。
だが、グリゼルダの方は彼を蛇蝎の如く嫌っていた。「公爵が、グリゼルダが望むなら婚約者変えていいって」と伝えたらますます嫌われた。「だったら理想の人を見つけてやるわ。あなたは女と逢引でもしてなさいよ」と怒鳴られた。
いくら何でも婚約者がいるのに堂々と女の子とイチャイチャするのはなあ、などと思ってずるずる過ごしていると、「あなたがクズじゃなかったら私の口実がなくなるじゃない」と怒鳴り込まれた。マジ切れだった。
何それ役得、と思いながらディーノは、憎まれ役ならいいかと、面識のない相手と日ごとに取っ替え引っ替えという、グリゼルダと出会う前の生活に戻りつつあった。とはいえ手は出していない。ディーノとて常識は弁えている。だとしても言い訳にはならないのだが。
当時、グリゼルダのディーノに対する嫌悪の大きさといったら、驚くべきものだった。彼女はディーノを見かけるたびにその大きな瞳で睨めつけてきたが、時が経つにつれだんだん鎮静化し、一言二言は口をきいてくれるようになった。
婚約の件に関しても、妥協というものを知ったらしく「仕方ないからもし相手が見つからなかったらあなたで我慢してあげるわ」と言い放った。これもまた立派な成長であると、ディーノは一人でこっそり涙したものである。
どうやらまたグリゼルダに言い寄る男子が現れたらしい。
今度こそ運命の人だろうか、だとしたら自分はもう用済み。どうしようか、やっぱり旅に出て…などと想像していたが、日が経つごとにそんなことを考える余裕もなくなった。
順調。
そう、順調なのである。
多少なりとも下心のあったアントーニオ少年とは違い、今度の男子は至極穏やかで、優しく、純粋にグリゼルダを孤独から救い出そうとしていた。
それに、もうその男子はグリゼルダの本性も知っているらしい。知っている上で、普通に接しているらしい。
本当に来たのか。
本当に、彼女の理想の人がいたのか。
アントーニオとは違い宣戦布告には来なかったが、あちらも意識はしているようで、女子と絡むディーノを見ては責めるような目で見てきた。堂々と糾弾されるよりこちらの方が胸にくるものがある。
しかし、それは正しいのだ。
あとはグリゼルダと男子が無事にくっついてくれれば婚約者を放って遊ぶ女好きのクズは後腐れなく立ち去るだけ…。
そう考えると、少し寂しかった。否、だいぶ寂しかった。
何しろ、四年だ。それほど長くないじゃん、と人によっては笑われるかもしれないが、ディーノは四年の間、公爵令嬢グリゼルダの、幼い頃「グリゼルダは気に入った相手を手込めにする」という噂が流れたかと思いきや一瞬で公爵に握り潰された、あのグリゼルダの婚約者を務めていたのだ。感慨深くもなる。なんだかんだ言っても、グリゼルダと結婚することになったら本気で尽くすつもりではあったのだ。
だが、そこまで考えて急に心配になってきた。もちろんグリゼルダと男子のことについてである。
大丈夫だろうか。グリゼルダはあれで力が強く体力も多い。怪我はしていないだろうか。男子だけでなく、グリゼルダもだ。
彼女は自分の意見を否定、あるいは訂正されるだけでも不機嫌になる。それだけでなく、思い込みが激しい面もあるため、誤解もしやすいし、受けやすい。
今からでも男子に伝えた方が良いのではないか。
ディーノが四年かけて分析した彼女の性格、嫌がること、好きなもの、嫌いなもの、多少なりとも機嫌を直す方法…。
いや、とディーノは否定する。
それは自分が口を出すことではない。あの男子が自分で気付かねばならないことだ。他者から植え付けられた知恵で彼女に接しても、彼女は好意を抱かないだろう。
というのは建前である。
本当は、自分が時間を積み重ねて得た情報をぽっと出の男子になど渡したくなかっただけだ。
胸に巣食うもやもやとした感情の正体が嫉妬であることにディーノは気づいていた。が、知らないふりをした。
男の嫉妬は醜いのだ。自分は面倒くさく見苦しい男になど決してならない。
ディーノは大人しく待つことにした。
それからいくらか時が経っても、男子はグリゼルダから離れる様子はなく、精神に異常をきたしているようでもなかった。
それなら、そろそろ公爵と実家に出す手紙でも用意しておこうか。
「ディーノ!」
便箋の注文をしに行こうと廊下を歩いていたところで、声をかけられた。
珍しい、切羽詰まった声だった。
「どうした、何か用か?」
振り返って答えると、彼女はグッと詰まる。
「…なさいよ」
「何だって?」
「察しなさいよ」
睨みつけてきた。
そう言われれば、そうしないわけにはいかない。何しろディーノは女子にかけては他のどんな男よりも敏感に察知できると自負している。
ふむ、と観察してみる。髪型も服装もいつもと変わりない。違うのは表情と、細かく震えている握り拳だけだ。
「分からんね」
率直にそう言った。
それはもう己の役割ではないのだ。
「何よ…何よ!何よ!あなた、私を愛していたんでしょうが!」
「ああ、愛してたぜ」
正直に答えると、グリゼルダは絶句した。
「でもお前、理想の奴を見つけたんだろ?俺で妥協する理由もなくなった。良かったじゃねえか、早く見つかって。俺みたいな代理はさっさと忘れて、幸せになれよ。俺も頑張るから」
「…何をよ」
「まずは家族に釈明かね」
公爵は喜ぶだろう。家族も、きっと説明すれば分かってくれるだろう。元々ディーノは何を為さなくても文句は言われない、そういう存在だったのだから。
「だからお前はあいつと婚約して…」
「どうしてあんな人と婚約しなくちゃいけないの?」
吐き捨てるような言葉に、眉を寄せる。あの柔和な男子に対するにしては、やや非情な言い方である。
「お前な、好きな奴には好きってちゃんと言わんと伝わんねえぞ」
「ふん、あなたに言われたくないわ」
「え、心外。俺ほど好き好き言ってる人間もいねえぜ?」
場を和ませるような軽口にも彼女は反応せず、視線を逸らさない。
「あなた、愛してたって言ったわね」
「おう」
「今は違うの?」
「そりゃ、お前には本当に愛する人が見つかったんだし俺の気持ちがどうであろうが…」
「ちゃんと答えなさいよ」
「お前、ちょっともう一回考えてみろよ。俺はな、一人でいるお前を横目に女の子と一緒に楽しくやってた薄情者だぞ。判断を誤るなよ」
「答えなさいって言っているでしょう」
「だいたい、いくらお前にそうしろって怒られたからって、マジでやるようなクズなんか、気にすんじゃねえよ。お前を一途に愛してくれる最高の相手が見つかったんだ。それを…」
「答えなさい!!」
廊下中に響き渡るような怒声。ディーノはため息を吐き、後ろ髪を掻いた。
「愛してるよ。でも誤解すんな。俺は女なら全員愛してる。お前が特別なんじゃない」
「そう、じゃあ、あなたで我慢するわ。あの人とはもう諦めたし」
「だから、いい加減にしろよ、お前。二度とない機会だろうが。何で棒に振る。馬鹿じゃねえのか」
「ええ、そうよ」
毅然と肯定したグリゼルダに、ディーノは怯む。彼女はつかつかと近寄ってくると、彼の胸ぐらを掴み、揺すった。
「私はね、私を否定する人を許せないの。一度は受け入れようとしながら、私を拒否する人を許せないの。愛しているなんて言いながら、少し本当の自分を見せたら逃げていくような人を許せないの」
「だから、それに当てはまらねえ最高の理想が見つかったんだろうが!何でここにいるんだよ、お前は!さっさとそいつのところに行って思う存分全部ぶちまければいいだろうが!何で俺に…」
「あの人、私を否定しなかったわ。何を見てもニコニコしながらそれも個性だって言っていた。私を好きだとも言っていた」
「だから!!そいつの元へ」
「でも、私を心配はしなかった」
あまりにも静かな声に、ディーノは口を噤む。無表情のグリゼルダは手を離し、俯いた。
「私が暴れても、あの人は蹲って耐えるだけだった。嵐を耐え凌ぐみたいに、雷から身を隠すように、私の激情が勝手に収まるのを待つだけだった。それで私が怪我をしても、何も言わなかった」
「は!?おま、怪我って、ちゃんと治療してもらったんだろうな」
「まあ、捻っただけだもの」と手首を動かし、グリゼルダは続ける。
「自分が危ないのに私の方を心配する人、一人しかいないのよ」
「勘違いすんなって言ってるだろ。俺が心配するのはお前だけじゃない。女なら誰だってそうしてやる。お前が特別なわけじゃねえんだよ。分かるだろ」
「私にとっては、一人しかいないのよ」
「……」
「その人でいいのよ」
俯き、小さく指先を震わせながら、グリゼルダは細い声で、それでも確かに告げた。
「その人がいいのよ」
「…お前も馬鹿だな。気遣いはちと足りないとしても、あんないい物件滅多にないぞ。対してお前が選ぼうとしてるのは見えてる地雷だ」
「別にいいわ」
「そうかよ」
「そうよ」
趣味が悪いな、とディーノが言った。グリゼルダは、あなたよりマシよ、と返した。
たくさん感想をいただいて調子に乗り勢いに任せて書いてしまいました。強引なところが多いですがどうか許してください。