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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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TSマーメイドは帰れない

作者: 砂城の砲台

1つ、島の端にある廃漁村には近づいてはいけないよ

2つ、その廃漁村には怖い怖い妖怪が住んでいるんだ

3つ、廃漁村の近くで歌声を聞いたら、大声で歌いながら離れるんだよ



 僕の名前は神海辺かなうみべ 潮目しおめ。今年の8月に成人した立派な海の男だ。

 日本列島からかなり離れた島に住んでいて、この島は3つの村があった。いや、今は2つだ。

 15年前に島の人口の高齢化、若者は都会に移住。少子化の波に耐えきれずに1つの漁村の人口は居なくなってしまったらしい。僕の住んでいる村だって、0歳~20歳の人口は両手の指で数えるほどしか住んでおらず、予想では20年も経てばこの島の村は全て廃漁村になるだろうと思っている。

 高層ビルやゲームセンター、便利なコンビニが1つも無く、島の売りになるような温泉や建造物も無い。

 全く魅力がない。あると言えば豊富な魚介類が捕るる事と、廃墟マニアが好きそうな廃漁村くらいだ。

だけど、僕はこの島に骨を埋める覚悟だ。この島に産まれて、子供の頃から親の漁船に乗って魚を捕り、素潜りで海藻や貝を捕る、海の男だからだ。新聞や様々な生活用品は10日に1度運ばれてくる程度で、インターネットも繋がる。不便と言えば不便だが、気候は温かく大自然に囲まれた生活に僕は楽しく、満足だ。


 ある日の休日の昼、日用品を運んだ輸送船から2人の男性が大きなバックを背負い、大きなカメラをぶら下げて降りてきた。こんな辺鄙な島に何の用だろう?気になり、話しかけてみた。


「ようこそ潮ノ村へ!外からの観光客なんて珍しいですね。なにも無い村ですが、ゆっくりしていってくださいね!」


 滅多に来ない観光客に興奮し、ニコっと笑ってフレンドリーに話しかけた。

 すると男達は良かったら泊まれる場所と廃漁村の方角を教えてほしいと聞いてきた。どうやら廃墟マニアの観光客のようだ。

 僕は真面目な顔をし、廃漁村には近づいてはいけないと注意した。廃漁村に近づいてはいけないと言う3つの掟だ。

 しかし、男達は神妙な顔で話を聞くと、それでも教えてほしい、大丈夫、絶対に荒らさないし、貴方方には迷惑を掛けないと言っていた。困ってしまい、それならいいかと渋々廃漁村の方角を教える代わりに僕を監視役で連れて行く事を提案し、男たちは快く承諾した。

 実の所、少し前から興味はあった。何故村の人達は廃漁村に近づいてはいけないと言ったのか。

 妖怪が出るなどと子供騙しの嘘を話し、怖がらせるのか。

 そして僕はもう大人だ。自分の身は自分で守って見せるし、1度でいいから近くで見てみたいと言う興味と願望があった。

 準備をしてくると男達に言い、一度家に戻った。


「よし、食料とサバイバルナイフは持ったし、準備は良いかな」


 子供の頃は妖怪と聞くだけで背筋が震えあがったが、歳を重ねるごとにその感情は薄れていった。

だが、本当に居るとしたらどうしよう、居ないと決まった訳ではないのだ。

 僕は恐怖と動揺の他に冒険心と湧き上がる興味が胸の中に熱く灯っていた。

 リュックを背負い、靴を履いていると、台所から手をエプロンで拭きながら婆ちゃんがゆっくり出てきた。


「おや、どこか行くのかい?」

「あ...婆ちゃん、ちょっと観光客を案内してくるよ」

「そうかい、廃漁村だけには近づくんじゃないよ」

「わ、わかってるよ。行ってきます」


 婆ちゃんに初めて嘘を付き、罪悪感でいっぱいだった。建付けの悪い木の扉を開け、いつも通りゆっくり締めた。


「...今日は嵐になるね...ちゃんと帰ってくるんだよ...」



 観光客の男達を待たせている村の出入り口まで走って向かい、男達と合流し、島の北東にある廃漁村

に向かった。道中で軽い自己紹介に民宿の場所の説明、この島に住んでいて大変な事や素晴らしい事、男達からは今までどんな廃墟に行って来き、どんな写真を撮ったかなどを話してくれ、親睦を深めあった。

話を聞いていて分かった事が、男達はとても紳士的で休みの日や連休の時はこうして遠くに出て廃墟の写真を撮っているらしい。

 どうしてこの島の廃漁村を訪ねてみると、興奮した様子で教えてくれた。風の噂で聞いたらしく、この島の廃墟の写真が1枚も出回っておらず、撮りに行った写真家が行方不明になったり死亡したりと不可解な事件が起こり、ある意味で伝説となっていたようだ。

 僕は疑問に思った。今までこの島で観光客が行方不明になったり死亡した事など聞いた事がなかった。

2人を不安にさせないためにも、この島を楽しんでもらうためにも、頭の中に何か引っかかるような感覚と本当に妖怪が居るのではないかと言う不安を抱きながら、只々頷いて聞いていた。

 潮ノ村からのんびり歩いて30分、山を登ると廃漁村である浜ノ村を見下ろすことができた。この山はたまに来ていて、頂上はとても見晴らしが良く、草も生い茂り、風を感じる事ができ、寝っ転がって昼寝をすると最高だ。

 浜ノ村は人の手が全く入っておらず、所々朽ちているのが遠くからでもわかり、漁に使われていた網や漁船が浮いたままであり、時間が止まったように取り残されているのがより不気味さを醸し出していたが、廃墟マニアの2人は雰囲気が変わったようにカメラのファインダー接眼窓を覗いて写真を撮っていた。

 何という気迫だろう、他社を寄せ付けないオーラとはこの事をいうのだろう。邪魔しないでおこう。

仰向けになってしばらくぼーっとしていると、さっきまで晴れていた空は曇り始め、辺りは少し暗くなるが雨は降らないだろう。鼻歌を歌いながら待っていると満足した表情の2人が戻ってきた。

山を下りれば今まで歩いた事がない未知の場所だ。

 僕達が浜ノ村に近づくにつれて天候はより悪化し、くるな、と言うように風は強くなり向かい風が吹き荒れている。今日は雨が降るかもしれないなと思い、やがて目的地に到着した。

 辺りを見渡してみると、何の変哲も無い朽ちたコンクリートでできた家に茅葺き民家があるだけで、人の気配や人の出入りがあったような痕跡は全くなかった。正にゴーストタウンと言うべきだろう。

 全く、やっぱり誰も居ないじゃないか。分かりきっていた事なのに。

空気は少し重く感じるが、おそらく曇っているからだろう。どんよりとした天気の中、2人の後に着いていき、写真を撮っている間は暇なので適当な茅葺き民家に入る事にした。扉を開けると埃が溜まっていて、蜘蛛の巣まで張っている有様であり、床や壁の木の板は所々はがれていた。こんな場所では妖怪だって住みたくないだろう。

 軽く中の様子を目に通して出ていくつもりであったが、部屋の奥に妙な仏壇が目に入った。僕の村にも各家に仏壇があり、漁に出る前に豊漁を祈るために仏像が置いてあるのだが、明らかにおかしい物が目に入ってしまった。

 これは...人魚?茶湯器や仏器膳、香炉などの配置は問題ない。しかし祀っているのが、胸の前で手を合わせた長髪の人魚の木彫り像とはどういう事なのだろうか。何にせよ、浜ノ村の人達が大事に祀っていた神様だ。ここで出会ったのも何かの縁、仏壇を軽く手で掃除をし、人魚の像を払い落としゆっくり置き、今後も豊漁でありますように、いつも僕達に海の恵みをくださりありがとうございます。と目を瞑って感謝の意を唱えて、埃をできるだけ立てないようにゆっくり外に出て扉を閉めた。


 外に出るとしとしとと雨が降り始め辺りは暗くなって始めていた。男達は僕を探していたのか、僕を見つけると小走りで駆け寄って来て、潮ノ村に急いで帰ろうと言って来た。


「そうですね。雨がこれ以上酷くならないうちに村に帰りましょうか。うぉっ!」


 帰ろうとすると近くに雷が落ちたのだろうか、ピシャーンとけたたましい轟音が辺りに響き、びっくりしてしまった。雨は一層より強くなり。これにはたまらず、近くの廃墟で雨が収まるまで雨宿りすることにした。

 最悪だ。

 側にあったコンクリートの一軒家に駆け込み、濡れた服や持ち物を絞った。

この家の埃はそれほど溜まっておらず、カビ臭い、あまり良い匂いではなかったがこの際は仕方ない。雨風を凌げるだけ感謝するべきだろう。

 雨と雷、慣れない匂いや環境で不安な気持ちを、お互いに気を紛らわすために世間話やどんな写真を撮ったかなどを話し、1時間くらい経っただろうか。辺りはより暗くなり始めたが雨や雷が収まる気配はない。精神的にも疲れてしまったのか、瞼が重い。壁に背を着けて目を瞑ったりリュックを枕にして寝ていたりしていた。男達にしばらく寝る事を伝えると、眠そうな声が返ってきた。


 目を開けると何も見えず、真っ暗だった。雨と雷の音はしない。どうやら止んだようだ。

 腕時計を見てみると午後の19時。そろそろ帰らないと家族が心配するだろう。男達を起こして帰ろう。

 リュックに吊るしておいた電気ランプで辺りを照らしてみると、男1人は寝ているままだったがもう1人の姿が見えないが荷物は置いたままであった。何か胸騒ぎがする。男達から聞いたこの廃漁村を訪れた人が行方不明になったり死亡したと言う話を聞いて、不安に拍車が掛けられていた。

じっとしていられず、足元に気を付けながら外に飛び出した。


「うわ...雰囲気出るなぁ...」


 夜の廃村には電気なんてついているはずもなく、雨による湿気と夏の生暖かい空気が肌をなぞり、背筋がゾクゾクする。


「何処に行ったのですかー?返事をしてくださーい!」


 大声でわかるように叫びながら居なくなった男を探してると、寂れた埠頭に着いた。

 ザッパーンと埠頭に強く波打ち、先ほどの嵐が如何に激しかったかが伺えた。

 月は雲に隠れ、暗い闇の中を電気ランプを片手に埠頭を歩く。これでは僕が妖怪に見えてしまうかなと内心笑いながら、防波堤に差し掛かり落ちないように足元を注意しながら進んでいく。

 居た。男は防波堤の一番奥に立ち、荒れる海を見ていた。


「やっと見つけましたよ。暗くなってきましたし、帰りましょう。」


 男は振り向き、悲しそうな顔でどうして浜ノ村が廃漁村になってしまったのか聞いてきた。男と一緒に座り、僕の分かる範囲で教えてあげた。


「僕も詳しい事はわからないのですが、少子化ですよ。潮ノ村や岩ノ島の老人達は祟りだとか海の恵みへの感謝を忘れた人達の末路だとか言ってますけど。僕は祟りや呪いは信じてはいません。他にもいろいろありますが、時代がそうさせたのだと思います。」


 男は悲しそうな表情のまま下を向き、しばらくしてから顔を上げ、浜ノ村まで帰ろうと言って来た。

 どうやら彼は只の廃墟マニアではなく、どうして廃墟になってしまったのかと言う原因も探っているようだ。

 電気ランプを持って立ち上がり、男も小型のライトをつけて立つと、左からザザザザザっと、激しい波の音が聞こえ始めた。

 聞き慣れた波の音だ...が、この音はまずい。波の音は少し遠くから聞こえるのに対して激しい。おそらく大波がくる。いつもなら音でわかるのに会話をしていて警戒を怠ってしまった。


「大波が来ます!走って逃げてください!」


 男は数秒をキョトンと呆気に取られていたが、僕の様子を見て察してくれたのか、ライトで足元を照らしながら来た道を走って行った。防波堤は雨で水溜りができていて、走っている最中に滑らないように後に続く。次第に波の大きな音が迫ってくる音がする。ここで飲み込まれれば、海に一直線だ。波に攫われた事はないが、攫われる気は毛頭ない。消波ブロックも置いてはあるが数は少なそうなので波を防いでくれそうにはない。

 走っているうちに、男も何が起こっているのかわかったのか、走るスピードを上げた時、男が転んでしまった。手を貸し、急いで起こすが波の音はすぐそこまで迫っていた。

 だめだ、間に合わない。

 波はすぐそこまで迫ってきている。

 無意味だと分かっていても、男を少しでも遠くに逃がすために強く押した。

 ザッポンとブロックやコンクリートに波が当たり、激しい音がするが、止まらない。

 身体は波に飲み込まれ、海に連れ去られる。手を必死に動かし、何かに掴まろうともがくも、海水しか手ごたえがない。息ができず、呼吸ができない。

 だが、舐めてもらっては困る。これでも20年海と一緒に暮らした海の男だ。素潜りで貝を捕ることもあるので泳ぎは得意だし、肺活量も人一倍あると自負している。

 激しく流されながら、体勢を立て直そうと固いブロックのような何かに掴まり、目を開けてみると、巨大なシャコガイ(詳しくは調べてね)の中に手を突っ込んでいた。

 あっ、これは詰みましたわ

 腕を挟まれると思い、痛みに耐えるために目を強く瞑った。だが、シャコガイは挟んでくる様子はない。今なら逃げられると思い、腕を引こうとすると、あるはずもない触手のようなものが腕に絡みつき、強い力で貝の中に引き入れようとしてきた。


「ガボっ!」


 なんだこいつ!離せ!

しまった。息の管理が。

 未知の貝に、驚きのあまり残りの空気を外に出してしまった。

 全力で腕を引っ張るがびくともしない。空気も残り少なく、そろそろ限界だ。次第に苦しくなり、走馬燈がよみがえり、両親の言っていた事を思い出した。


引いてダメなら押してみな


 わかったよ。どうせ引くことなんてできない。

 最後の望みを掛け、手首を回しながら押してみる。シャコガイ?は苦しそうにぴくぴくとしながら触手を腕から解放...する訳がなく、只々腕が貝に入ってしまっただけだった。

 空気も限界になり、力が入らない。シャコガイ?はこれを機と見たのか肩や頭、首に触手を伸ばし、貝の中にずぶずぶと引きずり込んでくる。ぬるぬるしてて気持ち悪い感触が肌に伝わる。

 はやい20年だったな。死ぬなら貝の中じゃなくて家で死にたかったよ。

 意識が朦朧としながら足にも触手が絡みつき、手足を畳まれて中に入れられ、殻を隙間なく閉じられてしまった。ゆっくり消化されて死ぬのだろうか。骨は誰かが見つけてくれるのだろうか。死の覚悟を決め、目を瞑ると、顔にペチャっと布のような何かが張り付いた。


「...?」


 恐る恐る目を開けてみると、何も見えず、真っ暗のままであったが、何故か呼吸することができた。ものすごく磯臭いが、この匂いなら我慢できるし、慣れたものだが...何が起こっているのだろう。どうして呼吸ができるのか等を考えて手足を動かそうとが、ほとんど動かす事はできず、ブニブニと柔らか気持ち悪い感触が伝わってくるだけだった。

 こんな事になるのなら、両親に言われた通り行かなければよかった。妖怪とは、大人一人を飲み込んでしまうシャコガイの事だったのだろうか。今更後悔しても遅いが。

 何も見えない恐怖と言うのは恐ろしい。この貝の中に居てもいずれ死んでしまう。脱出しようと頭やお腹の前で畳まれている手足を動かそうとするが、その瞬間、僕を引き込んだあの忌々しい触手の感触が僕の身体に巻き付いてきた。


「んー!!んんーー!!」


 やめろ!何をするつもりだ!

 触手が服の中に入り込み、身体を這い、くすぐるように肌を絡みつく。食べるつもりなのか、何をされるにせよ、僕は動けない。

 揃えられた両足にも触手が絡みつき、全身を強く締め付けてくる。無意味だとわかっていてもわずかに動く身体を動かし、解放と言う望みを掛けてみたが世の貝の中は甘くはなかった。


 貝に閉じ込められてどれくらい経っただろうか。相変わらず顔には何かが張り付いていて、顔を覆ってて空気を送ってくれてはいるが、お腹が空いた。それに貝に閉じ込められた時にはあった余分なスペースが無い。徐々に狭くなっているのだろうか、胸にも何か付けられているのか、太ももと胸の間に何かが挟まれていて苦しい。

 まさか、貝に潰されて圧死だろうか。考えるだけ無駄だ。僕には選択肢が無いのだ。死ぬ事は既に覚悟を決めた。だが、やはり怖い。助けてほしい。あの廃墟マニア達が救援を呼んでくれたかもしれない。 

 心の底では諦める事はできず、少しでももがこうと動ける手に指を動かし、足の指も動かそうとするが、指を動かす事ができない。そもそも足の指の感覚が無いのだ。いや、あると言えばあるが、なんだろう。平べったい感じがする。まさか、いつの間にか溶かされたか潰されてしまったのだろうか。どちらにせよ、身体がおかしくなっている。

 どうしてだろう、あんなにブニブニと鳥肌が立つような感覚だった貝の中が気持ち良い。羽毛のような布団に温かく包まれているような感じだ。わかりやすく言えば、実家のような安心感がする。

 無駄に体を動かそうとした疲れと空腹から、瞼が重い。閉じた瞳から情けなさと申し訳なさの涙が滲み出た。

 ごめんなさい。嘘を付いてまで村の掟を破って村に入って。


 目を覚ますと頭痛が酷い。視界がぼやける。

 徐々に時間が経つにつれて視界がクリーンになり、頭に痛みも和らいだ。貝の殻の天井の隙間から月の光がほのかに照らしている。手を動かすのに十分なスペースもできていて、脱出するチャンスと思い、駄目元で手を動かし、殻に挟まれないように中から開いてみる。すると、全力を出してもびくともしなかった殻が、少し力を入れただけで簡単に開いた。貝に挟まれないように、ゆっくり少しずつ身体を暗い海の中に出していく。まだ足が縛られているのだろうか、股を開く事ができず、うまく泳ぐことができない。

 貝の中から無事に脱出すると、ふと思い出した。

 どうして海の中で息をしている?


「なっ...」


 言葉が出なかった。下を向いてみると豊満な胸に、細い綺麗な手。下腹部から下は2本の脚ではなくなり、1本に統一され、足首まで水色の綺麗な魚の鱗が生えていた。。足首があった場所から先は尾びれになり、声や身体つきにも違和感を感じる。

 一度深呼吸をし、心を落ち着かせ、冷静になる。落ち着いた状態でもう一度自分の身体を見まわし、軽く声を上げてみる。水が口に入ることはなく、普通に喋ることができる。

 もう人間では無くなった事を実感し、両親が話していた、村の掟に出てくる怖い怖い妖怪になってしまったのだろうか。そうなると、今の自分の顔は恐ろしい顔になっているのだろうか。

 慌てて手を顔に当て、ぺたぺたと触ってみる。特に変わった様子は無かったが、海の流れに髪の毛が流され、顔を触っていた指に絡みついた。髪の毛は前と同じ黒髪で、長さはかなり長いみたいだ。


「この姿って...まさか...人魚...!?」


 昔話や童話で聞いた姿そのものだった。海に響くような声が響き、びっくりしたのか、寝ているはずの魚達がこちらをじっと見ていた。夢か、死後の世界だと思い、ほっぺたを引っ張ったり、夢であった大きな胸を揉んでみた。どちらも痛かったが目は覚めなかった。ゆっくりと海水を指で掻いてみると、空気の中で指を動かしているような、全く違和感の無い感覚指に絡み付く。

 これからの事を考えながら少し泳いでみたが、得意であったバタ足で泳ぐことはできなかったので、バタフライで泳いでみると、尾びれのおかげか水かきを付けている以上に早く泳ぐことができた。只、胸が邪魔でバランスが取りにくく、泳ぎにくい。

今までに味わった事の無い水中を泳ぐ感覚と、温かい海水が気持ち良い。それに、人魚になったせいなのか夜の海のはずなのにそこそこ明るく見える。

 今自分の置かれている状況をを思い出し、浅い海底の砂の上に座り、もう一度身体を見てため息をついた。いろいろ突っ込みどころが多いが、なってしまったものは仕方がない。夢であってほしいが。

 これからどうするか、胸の下で腕を組んでうんうんと考えていると、後ろからから老人のような声がした。


「人魚様...?人魚様ではありませんか!」

「はいっ!…えっ?」


 まさか海の中で話しかけられるとは思わず、つい咄嗟に反応してしまい、声の方に振り向くと、伊勢エビが触覚をぶんぶんと振りながらのそのそと興奮した様子でこちらに近づいてきていた。

 伊勢エビが喋ったのだろうか。まさかそんな事があるはずもない。おそらく幻聴だろう。

 伊勢エビは肉食性のため、威嚇しないようにゆっくりと離れる。今の自分は人間でも魚でもないのだ、興味本位に食べられてしまうかもしれない。


「あぁ!ぁぁぁぁぁ!やはり!人魚様がお帰りになられたぞぉぉぉぉぉぉ!!」

「「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉ!」」」」」


 気のせいではなかった。声はやはり伊勢エビから聞こえ、大声に呼応するように、周りの様がお帰りに様子を伺っていた魚達から男女の興奮した歓声が浴びせられた。

 海の生き物が喋っている、それだけでも怪奇的であり、今すぐにでも逃げたかったが魚達が退路を塞ぎ、逃げられない。しかし、魚達には敵意は無く、逆に敬うような雰囲気が感じられる。

 そんな僕の動揺を察してくれたのか、伊勢エビが周りの魚達を鎮め、辺りがいつもの静かな海に戻った。


「申し訳ありません。人魚様。少々ばかり興奮しておりました。そして、待っていました。おかえりなさい。」

「え...あ...はい...ただいまです...」


 伊勢エビが温かい声でおかえりなさいと言ってくると、周りからもたくさんのおかえりなさいコールが飛んでくる。僕はこの状況を呑み込めずに居た。おかえりなさいと言う事は以前から人魚はここに居たと言うことだ。聞きたい事はたくさんあるが、さっきの興奮ぶりを見るからにあまり刺激する事は言わない方がいいだろう。とりあえず、魚達に僕はどうしたらいいのか、人魚はどんな事をすればいいのかを聞いた。


「人魚様は満月の日に、海の平穏を祈って歌ってください。後は何もしなくて良いのです。どうか、18年前のように居なくならないでください。どうか我々に加護を。我々の命が果てるまで見守って居てくださいませ...」


 伊勢エビが悲しそうな声で頭を下げると、周りの魚達も合わせるように頭を下げた。

 止めてほしい、僕は人魚ではなく、人間なのだから。

 気になる事を聞いた。18年前?浜ノ村から人が居なくなった15年前と何か関係があるのだろうか。もし関係があるなら、僕はこの大好きな海、村を守るために解き明かさなければならないと思った。伊勢エビが何かを感じたのか、触覚を右に傾けると魚達が反応し、数匹散っていった。何か指示したのだろうか。

 それから簡単な自己紹介や質問をし、分かった事を纏めた。海の生き物にはやはり名前があるらしく、伊勢エビの名前はイッセイと言うらしく、この浜ノ村近海に人魚が住み着いて以来、みんなのまとめ役や人魚のサポートをしていたらしく、どれくらい生きてるのか聞いても長すぎてわからないと言っていた。要するに、老年の執事のような役割だろうか。

 人魚がこの海に来るのは僕を合わせて3人目だと言っていた。他の人魚は何処に行ったのかと聞いてみると、イッセイはいつの間にか消えていたと言うが、魚達は他の海に加護を与えに行ったとか深海に帰ったとか、誰もがバラバラの事を言っていた。嘘を言っているようにも思えなかった。本当に何処に行ったのだろう。

 それにしても、昼から何も食べていない。質問をしている最中にお腹が鳴ってしまった。その音に気付いた魚達が、僕を食べてください、私をお食べくださいだの、恐ろしい事を口にしていた。イッセイに聞いてみると、前の人魚達はそのまま魚や貢ぎ物の海藻を口にしており、海の生き物にとって、海の神の化身である人魚に食べられる事は最高に名誉であり、誇りであり、永遠に人魚と共に居られる幸せであると言っていた。さすがに生きているままの魚を食べるのは気が引く。僕は生きてい海の生き物は食べません。代わりに海藻をお願いしますと言うと、イッセイはなんと慈悲深い!と感嘆の声を漏らしながら言って触覚を右に傾けて魚達に何か指示をしていた。

 魚達は魚達なりの宗教を持っているのだろうか。そして、海の生き物は人魚を崇拝している事が明白になった。

 とても興味深い。

 しかし、僕も海や自然の恵みに感謝し、長いことお世話になり、生活してきた。海の生き物は人魚が居なくなった事でとても不安そうだ。

 今が、今までの恵みを返す時なのでは?

 漁師になり、魚や貝を捕り、感謝をするだけだった僕。時にはお金のため、食料のため。たくさんの海の生き物を捕った。祈ることしなかった僕に、海へ恩返しをする機会を与えてくれたのだ。

 自分の顔はわからないが、女性の人魚にされ、姿は違えど自然を愛する心と思いは一緒だ。この姿では家族には会いにいけないし、人間に近づけば妖怪だと見られ、殺されてしまうかもしれない。

 まずは海の生き物達の言う加護を与えながら人間に戻る方法を探そう。

 お父さんお母さんごめんなさい。何も言わずにしばらく居なくなっちゃうけど、しばらく人魚の役割をして、人間に戻れたら絶対帰るから。それまで心配しないでほしい。

 長い時間考えすぎただろうか、はっと顔を上げるとイッセイ達が心配そうにこちらの表情を伺っていた。


「大丈夫ですか?カナウミベ様。お困りの事があれば、どんな事でも承りますぞ。」

「あぁいえ...大丈夫です。少し考え事をしていただけです」

「そうですか?おっと、来ましたぞ。人魚様でおられるカナウミベ様がそのような恰好をしていてはいけませんからな」


 一体何が来たのだろう。確かに自分の姿を見れば、何も着ていない上半身裸の状態だ。別に人に見られなければ隠す必要もないのではと思ったが、そうではないらしい。

 綺麗な白い貝殻や水色の珊瑚、緑色の翡翠石のアクセサリーを持った蛸達がスイスイと優雅に泳ぎながら近づき、綺麗に砂の上に整列し、甲高い女性の声で話してきた。


「これはこれは人魚様。カナウミベ様。おかえりなさいませ。お待ちしておりましたわ。ではではさっそく取り掛かりましょうか。みなさぁん、取り掛かりますわよ。」

「え、ちょっ!まっ!触手プレイは聞いてないって!ひゃぁあんっ!」


 蛸リーダーの合図で蛸達が各々の物を持ち頭や身体に小物を着けていく。頭には2つの水色の珊瑚、胸には乳輪がぎりぎり隠れるくらいの小さな白い貝殻、お腹のへその下には翡翠石でできたようなの雫型のベリーチェーン、最後に首に水色のネックレスを、訓練されていたのか手際よく着けられてしまった。

 人魚の身体ってこんなにも敏感なのだろうか。背中や胸、髪を触られるだけでも男では触られても何も感じなかった場所が敏感に感じられた。それに、今の色っぽい声は僕が出したのか。辺りに可愛らしさと凛々しさの混じった声が響く。


「とても綺麗ですわよ。今まで仕えた人魚様の中でも一番美しいですわ。カナウミベ様を私達の手で着飾る事ができてとても光栄ですわ。」

「は...ふぅ...こちらこそありがとうございます...」


 蛸達が少し距離を取って座っている僕を取り囲み、何を考えているかわからない目でじぃーっとこちらを舐めるように見ていた。他の魚達はうっとりとしたようなつぶらな瞳でじーーっと見てくる。はっきり言うととても奇妙で恐ろしい光景であり、恥ずかしい。正直言うと帰りたい、この奇妙な状況から逃げ出したい。

 海に恩を返すと誓ったが、もう少し別の形で恩を返したかった。

 とりあえず今日は眠ろう、あり得ない事の連発で精神的に疲れてしまった。頭を冷やして明日冷静に考えよう。


「少し疲れてしまったので休ませてもらいます」

「そうですか。お大事になさってくださいませ。それでは、前の人魚様が使用されていた寝床があるのでお連れしましょう。なに、すぐ側ですぞ。」


 寝床?ベッドでもあるのだろうか。そもそも海の中が思った以上に気持ち良い。もともと暖かい海と言うのもあるが、例えるなら天気が良い日に外に出ている感覚と言えばいいのだろう、精神は不安定なはずなのにとても朗らかな気持ちになり、寝床なんてなくてもどこでもすぐに眠ってしまえそうだ。

 イッセイに寝床まで道案内をしてもらっている間、岩礁や珊瑚の合間から海の生き物達がにゅっと顔を出して覗いてくる。ここまで同じ行動をされると恐怖とは別に可愛いと感じてしまった。海中洞窟をすいすいとゆっくり泳ぎ、イッセイの後に着いて行く。水色に光るクラゲ達が道を照らしてくれて、まるでお祭りの提灯のイルミネーションのようでとても綺麗だ。


「着きましたぞ。我々は近くに居ますので、何かあれば呼んでくださいませ。それではおやすみなさいませ。」


 イッセイがお辞儀をしてゆっくり去っていくと回りにいた魚達も一斉に散って行った。気を使ってくれたのだろうか?しかし、気になる事はもっと目の前にあった。


「うわぁ………こんな場所があったなんて…!」


 ゆっくり泳いで5分くらいだろうか、海中洞窟を抜け、辺りを見渡すと古びているが形はしっかり保っている鳥居と神社、神社の隣の庭園には人がすっぽり入れそうな巨大なシャコガイが居た。

 寝床ってまさかあのシャコガイじゃないよね?

 と言うか、どうしてこんな所に神社があるのだろう。海に沈んだのか、それとも意図的に建てられたのかわからない、今度イッセイに会えたら聞いてみるとしよう。

 恐る恐る神社に近づいて、周りから見てみる。扉は木でできていて、ガラスでできた窓のようなものは無く、外から中の様子は伺えない。中にはあまり入りたくはないが、気になる。

 手荒く扱ったら壊れてしまいそうな扉を開けると、中は真っ暗で何も見えなかった。目を凝らし、よく見てみると少しずつ見えるようになってきた。辺りを警戒しながら中に入ると、奥に大きな仏壇と、浜ノ村に置いてあった人魚の木彫り像が置いてあった。改めて像を見てみると、水の中にあるはずなのに綺麗なままであった。

 誰かが手入れをしているのか。新しく作ったのか、それとも…

 考え事をしながら像を手に取り、台座から取ろうとした所、くっついているのか台座から引き離す事ができない。仕方なく見るだけにしようと、ふと気が付いた事がある。長髪に大きな胸、尻尾に尾びれの形が似ている気がする。

 まさか…ね…

 近くに大きな箱があったが、人魚の私物かもしれないので開けない事にした。部屋を見渡しても仏壇と2つの大きな箱しかなく、殺風景なので、出ることにした。

 神社から出て、思い出した。寝床って神社の中で良かったのだろうか、さすがにまた暗くてぶにぶにとした嫌な感触のシャコガイの中には入りたくない。見ない振りををしながら(/ω・\)チラッっとシャコガイを見ると、WELCOMEと言うようにパカッっと貝が開いた。

 こいつ…!なんだか思考を読まれているようでイラっとした。

 しかし、神社の中の木の板の上で寝るのも危ない気がする。全身から力を抜くと本当にゆっくりだが浮き上がってしまうのだ。このまま寝て天井にぶつかったり、海面に浮き上がってしまうのもかなり間抜けで恥ずかしい。仕方なく、またシャコガイの中でお世話になることにした。


「やっぱりこのシャコガイ…近くで見ると大きいなぁ…世界最大サイズかもしれないのに…」


 すいすいと平泳ぎをするようにシャコガイに近寄り、挟まれないように貝の周りをぺてぺた触ってみると、やはり意思があるのかぱかぱかと小さく動き、なんだか恥ずかしがっているようで可愛かった。またまた挟まれないように、尻尾の尾びれに気を付けて、警戒しながらしゅっと中に入ってみると…。


「うわ…温かくて…なんだか包まれてるみたいで…気持ちいい…このまま眠っちゃおうかな…」


 寝床シャコガイの中はピンク色のぷにぷにとしたクッションの様で、すべすべで柔らかく、まるでいい天気に干した布団の3倍くらい気持ちが良かった。こんな布団に足を伸ばして眠れたら絶対気持ちが良いのに、シャコガイはそこまで大きくはなかった。もし足を伸ばして寝ていてシャコガイに挟まれれば大惨事だ。

 はぁ…こんな布団が実家にあって、毎日眠れたら幸せなんだろうなぁ…いつも寝ている布団はもう歳で、少しぺたっとしてて固くなってきてるから、帰ったら布団でも買いなおすか…

 うとうとしながらうつ伏せのような状態になると、大きな胸がむにゅっと身体とクッションに挟まれて形を変え、今まで味わった事の無い痛いような気持ちいいようなもどかしさを感じながら、改めて身体が人魚になってしまった事を思い知らされた。胸の擦れる感触に我慢ができず、仰向けになって寝ることにした。シャコガイはまだ大きく貝を開いたままで、透き通った海の中から空を見上げる事ができ、外はまだ暗く、星と月が海の中から見る事できた。


 「はぁ…綺麗だな…いつも見る夜空も綺麗だったけど、海の中から見る空はすごく幻想的だなぁ…」


 星と月の光が水を透して入射して、辺りの岩や珊瑚を照らし、まるで別世界に来た感覚であった。しかし、目線をもう少し下にすると幻想的な風景を邪魔する山が2つ。正直に言って胸に興味があった訳ではないが、無かった訳でもない、だが、大きすぎるのだ。両手で掴み切れないほどの胸の先端を隠すように着けられた白い貝殻が、逆に卑猥であった。そもそもどうして貝や珊瑚を着けたのだろう、海の生き物達にもファッションや隠す概念があるのだろうか。おそらくこれにも何かしらの理由がありそうだ。とりあえずは人魚としてしばらく生活して、恩を返しながら情報を集めてみよう。もしかすると浜の村の事も知ることができるかもしれない。まずは服?を脱いで眠ろう。身体に着いているアクセサリーに手を伸ばし、取ろうとした。


 「あれ…頭に着いている珊瑚が…硬くて取れない、どうやって着いてるんだろう…もう少し強く引っ張ったら…痛!痛た!どうして取れない…!?くっついているのか…?首のネックレスは…取れた…お腹のは…取れない…身体に張り付いている…?となると…ん…ぁふ…や…はぁぁ…」


 最後に胸の先端に着いている白い貝殻に手を伸ばし、ゆっくりと引っ張ると身体に電気が走ったような感覚が走った。吸盤のような物で張り付いているのか、引っ張り続けるたびに巨乳が貝殻に引っ張られ、伸びて痛いはずなのに変な声が出てしまう。本当に一体何で付けられたのかはわからないが、自分では取る事ができないのはわかった。瞼を開けるのも大変なくらい眠いし、今日は寝ることにしよう。


「おやすみなさーい…」


 膝を畳み、横になって目を閉じた。

 眠りに合わせるように、シャコガイも人魚を守るように、捕まえるように貝をしっかりと閉じた。




「それで…人魚様…いえ、カナウミベ様はどうなのですか?」

「うん?どうかと言うと…?あぁ、なるほどの。かなり混乱しておったが、大丈夫じゃ。あの寝床に案内させたからの。」

「まぁ!それは些か早くはありませんか?もし気付かれたらまた居なくなってしまうかもしれませんわよ?」

「儂も思ったのじゃがの、我々には時間が無いのじゃ」

「…それもそうですわね…」


ー次の日ー


 あふ…温かい…実家のような安心感と言うか…適度の温水に全身を包まれてるみたいで幸せ…私は…違う…僕は…私は…僕は自分の事をなんて言った…?起きなくては…起きて帰る方法と人魚としての役目を果たさなくては…だけど…眠い…気持ち良い…もう少し眠ってもいいよね…。

 耳や頭の珊瑚に生暖かい何かが巻き付いたりくすぐってくるけど気にしない…不快ではなく、心地よいから。


「はっ!」


 何時間眠っていたのだろうか、随分と長く寝ていた気がする。

 慌てて外の様子を見ようと貝の内側から開くように力を入れると、シャコガイは分かっていたようにパッカリと開いた。外は寝る前と同じの風景であった。

寝ているだけで1日終わってしまったのか。両親達と離れて2日目だ、心配していないだろうか?探していないだろうか?救助隊とかは要請していないだろうか?あの廃墟マニア達は助かったのだろうか?

 いろんな不安が胸の中で渦巻き、頭がもんもんとするが、僕は何もすることができない。何か島の人たちに無事な事を伝えられれば…。


 「はぁ…」


 慣れた手つきで寝る前に外したアクセサリーを着け、身だしなみと整え、シャコガイからゆらゆらと出て神社の入り口付近の階段に座り、どう無事を伝えるかうんうんと考えるが、思いつかない。そんな僕を見かねたのか、小魚達が集まってきて、心配するような表情でこちらを見ていた。そこで僕はハッと意識が返った。


 「ごめんね…みんなに心配掛けて…本来なら僕が支えて上げなくちゃいけないはずなのに…よしっ!頑張るぞっ!」

 「♪」

 「…!♪」


 僕が立ち直ったのがわかったのか、小魚達も喜んでいるようだった。しかし、表向きは立ち直ったふりをしても心の中では未だに不安な気持ちが強く、その気持ちが晴れる事はなかった。

(母さん…父さん…じいちゃん…婆ちゃん…)

 ごめんなさい。行ってはいけないって言われていた廃漁村に入ってしまって、嘘を付いてしまって。元の姿に戻って帰れると言った保障も無く、もしかすると一生帰れないかもしれない。そんなネガティブな事を考えているとまた表情が暗くなってしまったのか、小魚達が慌てたように動き始めた。

 しまった、またやってしまった。

 1匹の小魚が慰めるように膝の上に乗せている手の指先をつんつんと啄んできた。なんだか可愛らしく、少しくすぐったく、くすりと笑ってしまった。


 「慰めてくれるの?ありがとう…よしっ!慰めてくれたお礼に僕の村に伝わる歌を歌ってあげよう!これでも、村の爺婆達にら上手い上手いって言われてたから、期待しててね!」


 僕の言葉がわかるのか、慌てていた小魚達は静かになり、こちらをじっと見つめていた。少し緊張してしまい、落ち着きを取り戻そうと深く深呼吸をし、んーっと、喉の調子を確認した。しかし、その直後僕は後悔した。今は女性の声なのだった。上手く歌えるか心配だったが、ここまで言ったのだ、海の男としてやりきらなければ。


 「ーー♪ーー♪(歌詞伏せ)」


僕は村に残してきた家族や友人達を思いだしながら、ゆっくりと歌った。

 どうしてだろう。

 波に流されるように、水に溶けるように僕の歌声が海に広まっている感じがする。歌詞の中盤くらいになると、他の海の生き物達が、僕の座っている神社の回りに集まって来た。夜には見かけない魚達も居る。もしかすると起こしてしまったのだろうか?確かに今思えば、こんなに僕の声が響くとは思っていなかったし、夜中に大音量?で歌われたら起きるのも当たり前だ。

 ごめんなさい!最後まで歌ったらすぐに寝ますから!なんでもし…

 歌詞の終わりになると、数えきれないほどの海の生き物達が僕を囲んでいた。ある意味怖すぎて、内心びくびくとしながらも最後まで歌いきった。


 「…こんなに夜遅くに歌ってごめんなさい…」


 もしかするとこれを理由に怒って食べられてしまうのでは…?ある話によれば人魚の肉を食べると不老不死になれると聞いたし…。どちらにせよ、謝ることしかできない僕は頭を下げるしかなかった。目を瞑って頭を下げると、昨日聞いた元気なおじいさんの声が頭のほうから聞こえた。


 「カナウミベ様、お勤め、感謝の極み…まさか来てまもなく、我々のために歌ってくださるとは…。以前人魚様が居たような温かい気候が帰って来て、皆も喜んでおりますぞ!そう言えば、お体は大丈夫ですかな?昨日は体調がそこまで良好ではないとお見受けしましたが…」

 

 浜ノ村の歌にそんな気候を変えるような魔法の効果があったのだろうか?それとも人魚の僕が歌ったから?駄目だ、わからない事が多すぎる。

 確かに、ほんのちょっぴり温かくなったような感じはするし、夜だと言うのに、歌う前よりも明るくなっているのがはっきりわかった。昨日見た薄明るい幻想的な風景がまたすこし明るくなり、童話に出てくる竜宮城のような景色と背景になっていた。

 まぁ、今は竜宮城ではなく神社なのだか。

 もしかすると、僕は大変な事をしてしまったのかもしれない。海の温度は簡単に変えて良いものではないし、変えられるものでもない。少し温度が変わっただけで生態系が崩れてしまう可能性だってあるのだ。しかし、周りの海の生き物達を見てみると特に問題無く、生き生きとしている。

 もしかすると…僕も魚類と同じような体温に、海の温度に適応している…!?

 もともと暖かい海ではあったが、人間であった時はここまで適温ではなかったはずだ。いや、わからない。思い出せない。どうしてだろう、昨日だったはずだ。

 イッセイに、少し疲れたので休ませて貰うことを伝え、尊敬と感謝の視線を浴びながら、ゆっくりと尾びれを上下に動かして神社から離れた。


 しばらく考え事をしながら泳いで、僕は鏡が見たいとふと思ってしまった。泳ぐたびに、綺麗なロングの黒髪が靡き、ふるふると大きな胸が揺れて、前よりも筋肉が落ち、細くなった場所もあれば肉が着いた場所もあり、やはり、一番気になるのはへそから下が綺麗な水色の魚の鱗になり、股を開けない奇妙な感覚がとても気になる。なんだか下半身を縛られているような感覚がもどかしかった。しかし、泳ぎに泳げど鏡など海にあるはずもなく、夜の月の光を反射する綺麗な珊瑚礁や岩に砂くらいしか無かった。

 そうだ、海面に出よう。

 海面に出れば、場所や人が3.4人座れそうな海から突き出た岩がたくさんあったはずだ。そこから海面を見て僕のの今の姿を見ることができるはずだ。僕の住んでいた島の周辺には環礁がちらほらあるし、環礁を見ればここが何処か一発で分かる。伊達に子供の頃から海の男をやっていた訳ではない。

 

 「ぷはっ」


 海の中でも呼吸ができ、苦しくないはずなのについ癖で言ってしまった。やってしまった、と可笑しく思いながら海面からぬっと顔を出し、キョロキョロと辺りを見渡すと、見慣れた小さな環礁少し遠くにあった。あの環礁があると言う事は、僕の住んでいた島の浜ノ村に近いはずだ。

 そこでふと思った。僕は陸に上がっても大丈夫なのだろうか?

 あるお伽噺だと陸に上がったら人間になってしまう話。これが本当なら一応はバッチコイだ。その時は海への恩は忘れないし、これからもお返しするつもりだ。あるパイレーツオブカルボナーラの話しだと、海に上がったら死んでしまうと言う。だが、ここで怖じ気づく僕ではない。何事もチャレンジ!成るようになれ!

 僕は僕自信を昂らせ、白鯨に立ち向かう気持ちで海面すれすれを全速力で泳ぎ、優しい波が打ち付けるの岩に手を掛け、身体を上げようとするが、なかなかあがらない。


 「ふっ…ぐぬぬぬぬ~…」

 

 少し前までこれくらいの岩なんて、両手で楽々登れたのに、身体が重くなったのか、筋肉が落ちたのか、登るのには苦労したが、なんとか岩に座る事ができた。外は真っ暗だが、月と星の明かりと島の灯台のおかげで、微かに遠くを見ることが出来たが、何故か海の中のほうが遠くを見れる気がした。

 無理して身体を動かし、呼吸の乱れを深呼吸をして整え、身体を見てみるが、人間に戻ってもいなかったし、死亡したり、気分も悪くなってはいなかった。内心ほっとするような気持ちと、残念な気持ちが混ざってなんとも言えないもやもやが胸の中で渦巻いた。

 水の中でも陸でも呼吸ができるなんて、なんだか夢の中にでもいるかのような感覚だ、これで空でも飛べたら笑い飛ばして楽しむのに。だけど、現実は受け止めなければいけない。息を飲み、岩の溝に溜まっている水溜まりを見て、言葉を失った。


 「うわ…これが…僕なの…?」


 水溜まりに映るのは黒い目の黒髪美女。

 顔は清楚感溢れる顔立ちで、優しそうな瞳に整った鼻と小さめな口。海の水で濡れているはずなのに、ふっくらとした、腰辺りまである綺麗な黒髪に、王冠のような、角のように着いている美しいとしか言いようがない水色の珊瑚が2本。そして片手で掴みきれないほどの巨乳に少し引き締まったお腹。最後にむちっとした、月の光を弾いてい宝石のように光っている水色の鱗に包まれた尻部。

 下半身が魚類で、今は僕の身体とは言え興奮しないわけがない!

 興奮ぎみに自分の胸に手を当てて、揉んでみようとするが、手を止めた。

 …遠くから微かに、誰かの声が聞こえる気がする。

 急いでいて海に飛び込み、声のする方向。つまり僕の実家がある島な方向だ。

 

 「…し……で…!」

 「ど………!」

 「おー……だ…!」

 

 遠くから聞こえる声を間違える訳がない。僕の大切な家族と村の人達の声だ!

 

 「しおちゃーん!何処にいったんだいー!」

 「潮目ー!どこだー!」

 「おーい!居るなら返事してくれー!」


 島にライトやランタンを持つ人達を見ると、僕の胸は一気に熱くなった。

 こんなにも心配して探してくれる人が居る。大切な家族や近所の人達にせめて、僕が無事な事を伝えよう!

 手と尾びれを使い、声のする方向に全速力で向かったが、僕は海中に潜む物に気付く事ができなかった。


 「カナウミベ様…やはり…。カナウミベ様がご乱心じゃ!こんな事があろうかと、呼んでおいて正解じゃったな…。お願いしますじゃ!グレイト先生!」

 「…本当にお目に掛かれるとはな…人魚様、失礼致します」


 海の中から大きな声がすると思い、声のする方向をちらっと見てみると、焦ったように、触覚と鋏をゆらゆらと動かすイッセイが居た。何をするつもりだろうか。

 グレイト先生?

 威厳のありそうなもう1つの声は下から聞こえた。


 「ひぃぃぃぃ!?!?」


 グレイト先生って!ダイオウイカの事かーい!?

 どうしてこんな所に…!?僕の居た村で、過去に2度ダイオウイカの死骸が上がったことを聞いた事があるが、基本的には深海に居ると聞いた事がある。ちなみに見るのは初めてだ。

 迫って来る触手を避けようと身を翻すが、僕の行く方向を分かっているかのように、囲むように6メートル以上ある触手を伸ばして来る。だが、甘い。


 「トルネール!」

 「「なにぃぃぃ!!」」

 

 身体に水を纏い(元々纏っている)膝と尾びれを使って回転しながら進むことで、瞬発的に速度を出す、今僕の第六感が閃いた緊急脱出技だ。どうだ!ここは進ませて貰う!

 巨大な白い触手の隙間を掻い潜るように回転しながら一点突破を果たし、グレイト先生は一瞬焦ったように見えた。


 「…ふ…青いな…必殺!クラーケンバリアー!」

 「ふぺっ!?」


 突破した先に待っていたのは栄光の(ライト)では無く、白い三角形の物体だった。

 このイカ…!早い!通常のイカではないなっ!?

 勢い良く巨大なイカの先端(耳)に突っ込み、間抜けな声を出しながら減速した所を触手に巻き付かれ、身動きが取れなくなってしまった。


 「むぐぐ…離せーっ!父さん…母さん…婆ちゃんー!!」

 「グレイト先生、助かりましたぞ…」

 「なに、イッセイよ、我々の仲だろう…しかし、今回のこの海の人魚様は随分とお転婆ですな、こちらの海域の人魚様にも見習って貰いたいものだ。はっはっは!」

 「お転婆すぎるのもどうかと思いますがな!はっはっは!」


 …楽しそうだな…(怒)

 拘束を逃れようとじたばたと腕や尻尾を動かそうとするたびに適度に痛くないほどの拘束をされ、身体の部位の要所全てを固められてしまった。

 こんなにぬるぬるするのに…何故抜けられない…。

 次第に抵抗する気力が無くなり、2匹の酔っぱらいのようなテンションの会話を聞きながら神社付近のシャコガイまで連行され、壊れ物を扱うような優しい手つき?でシャコガイに入れられ、貝を閉じられてしまった。




 「…イッセイ…やはりまだ早かったようですわね…」

 「…儀式が足りなかったようじゃな…しかし、なんとか逃げられなくて良かった…」

 「わざわざグレイト先生まで呼びに行って…国海世論が黙っていませんわよ?」

 「構わん、我々の海を守るためじゃ。お主もその覚悟なんじゃろ?」

 「…カナウミベ様のお陰でまた住みやすい気候が戻って来ました。…くれぐれもカナウミベ様とその他もろもろにはお気をつけを…」

 「わかっておるわい。……。」

続きを書いて欲しいとの声が多ければ書かせて頂こうと思います

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― 新着の感想 ―
物語がしっかりしていて、面白かったです。 出来れば続きを見てみたいです。
[一言] とても楽しく読ませていただきました。続きが読みたいです。
[一言] 続き書いてください。
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