第8話:デート オア 終活 中編
お、終わらなかった。
続きましてやってきたのは電車で4駅隣の動物園。
ここは国内でも有数の動物園で希少動物の保護にも力を入れている。
お陰で普段写真でしかお目にかかれない動物に会えると、全国から人が来るらしい。
と、ここまで聞くと確かにデートスポットとして良いんじゃないかって思える。
……ただし開園してれば、だけど。
時刻は8:12。ここの開園時間は9:30。
「なぁルルちゃん。
こんなに早く来ても中には入れないぞ」
「大丈夫ですよ。中に入らなくても」
「はあ?じゃあ何しに来たんだ」
「まぁまぁ。さ、こっちです。早く早く」
ルルちゃんに引っ張られる形で向かったのは動物園の裏側。
搬入口とかがある場所だった。
ついさっきも大型のトレーラーが中へと入って行った。
「んで?そろそろ説明があっても良いんじゃないかと思うんだけど、どうよ」
「もう、仕方ないですねぇ。
安房さん。あなたは今から3分後に檻から脱走してきたハイイロオオカミと対峙して、その後からやって来た警備員の放った麻酔弾を受けて倒れた所をオオカミにぱっくり食べられて死にます」
「あー、やっぱりそういう流れなんだな。
にしても、今回の宣告は随分ギリギリまで溜めるんだな。
なにか意味でもあ……」
「あ、ほら。安房さん。オオカミが脱走したみたいですよ!!」
俺の質問を遮るように園内から悲鳴が上がる。
声の方を見ればまさにオオカミが脱走してこっちへと走ってくる所だった。
「グルルルルッ」
おう、流石オオカミ。近所の柴犬とは迫力が違うぜ。
さてどうしたものかと考えた所で、飼育員と思われる1人の女性が飛び出してきた。
「だめーー!とまってーーー!!」
いや、ダメなのはあんたの行動じゃないか?
慣れている飼い主が止めに入ったのならまだ分かるけど、明らかに足がガクブルしてるし違うっぽい。
くそっ、仕方ねえか。
俺もオオカミに向かって駆け出した。ルルちゃんの宣告なら、少なくとも即ガブリとは行かないで済む筈だし。
「ぬおおおぉ!」
「がぅ!?」
俺の雄叫びと勢いに驚いたオオカミは素早くサイドステップを踏んで止まった。
「ガルルッ」
「がるるる」
奴の唸り声に負けじと俺も唸ってみた。
なめるなよ。修羅場を潜った回数なら負けてねえぞ。
と、園の奥から騒ぎを聞きつけた警備員たちが近づいてきた。
マズイ。あいつらがここまで来たらアウトだ。
こうなりゃ一か八かだな。
「…………おすわり!!!」
「ぎゃんっ!?」
俺の叫びにビクッとたじろぐオオカミ。
俺は睨みを利かせたまま1歩1歩オオカミに近づいていく。
「……ぁ、だめ」
後ろから声が聞こえるが無視だ。
恐らく今一瞬でも気を緩めたら噛み付かれるだろう。
そうして奴の鼻が俺の腹に当たりそうな所まで近づいた所で、俺は手を前に出した。
ビクッと警戒する奴の上にそっと手を当てて撫でる。
「よぉしよし。大人しくするんだぞ」
そうするとようやく落ち着いてきたのか鼻息も静かになってきた。
よし、第一関門は突破だな。第一関門は。
その証拠に。
「そこの君。今すぐそのオオカミから離れなさい!!」
警備員達が俺に銃を向けていた。
「グルルルルッ」
身の危険を感じたオオカミが再び唸り出す。
くそっ。振り出しに戻ったか。
でもここで慌てたらそれこそ銃で撃たれてあの世逝きだろう。
俺はそっとオオカミを抱き寄せながら警備員達に制止するように手を上げた。
「待ってくれ。見ての通り、こいつは俺に危害を加えては来ない。
銃をしまって下がってくれないか」
「ばかな!?それは犬じゃないんだオオカミなんだぞ。
簡単に人に懐くはずがない!!」
「目の前の状況を落ち着いて見てみろ。
襲われるならとっくに襲われている」
「しかし……」
「分かったら銃を降ろしてくれ。
俺もこいつもこれ以上ストレスを溜めさせるな」
「あ、ああ。分かった」
渋々と言った感じで銃を降ろす警備員達。
「安心しろ。あいつらに手出しはさせない」
そう言いながら撫でれば、ようやくオオカミは唸るのを止めてくれた。
流石に警戒は解いていないみたいだけど。
さて、後はこいつを住処まで連れて行けばミッション完了だな。
えっと、話の通じそうなのは……あ、さっきの無鉄砲飼育員が居たか。
「そっちの君。こいつの住処まで案内してくれないか」
「えっはっ、はい。ここここっちです」
尻餅をついてたところから何とか立ち上がって、俺達を迂回しながら園の奥へと案内を始めた。
「よし、行くぞ」
「オンッ」
最後に警備員達に一瞥をくれてから飼育員の後を追った。
オオカミも俺の言葉に元気に返事をして大人しく後を付いて来る。
そうして無事に広めの檻の中へと入った。
ふぅ。今回も何とか生き延びたか。
そう気を緩めたのがいけなかったのか。
ガブッ!
「はっ?」
「きゃああぁ」
気付けばオオカミが俺の腕に噛み付いていた。
「なん、ん?」
一瞬慌てたけど、落ち着いてオオカミの目を見る。
「……」
「……わふっ」
ふっと噛んでた腕を放してくれた。
良く見なくても甘噛みだったから、ちょっと服が傷んだだけで血は出ていない。
どうやらお別れの挨拶みたいなものだったらしい。
「じゃあな。達者で暮らせよ」
最後に頭を一撫でしてから、俺は後ろで気絶してる飼育員の女性を抱えて檻から出た。
そして今。俺は園の責任者達に取り囲まれている。
なぜだろう、さっきより命の危険を感じるんだが?
その中でも特に貫禄のある人が俺の手を取ってきた。
ちょっ、近い。鼻息!
「本当にありがとう!君の勇気ある行動に私達は心から感動した!」
「は、はぁ」
「もしもあの時、君が居なかったら……(中略)……。いやぁ本当に素晴らしい!!
それでだ。君さえ良ければここで働かないか?
給料なら通常の初任給の倍出そう。どうかね」
「いや、突然そんな事を言われてもですね」
このひと話が大げさで長い。
他の職員たちは慣れてるんだろうけど、こっちは聞いてるだけで疲れてきた。
「むむ、そうかね。悪くない話だと思うが。
でも確かにすぐにというのは難しいか。君にも都合というものがあるだろうしね。
わかった。ならいつでも良いので気が向いたら連絡して欲しい。
私の名前と今日のことを告げればすぐにでも我々は君を歓迎するよ」
「はぁ。ではひとまず今日はこのあたりで。
俺はこの後もまだまだ行く所がありますので」
ルルちゃんが俺の袖をさっきからグイグイ引っ張ってるので、挨拶だけして逃げるようにその場から立ち去るのだった。
「つ、疲れた。何よりあの園長?の話が疲れた」
「あ、あははっ。あれは凄かったわね。
じゃあ、少し早いけどお昼を食べに行きましょう」
「その感じだとやっぱり、まだ次があるんだな」
「もちろん!」
俺はなぜかご機嫌なルルちゃんと一緒に繁華街へと向かうのだった。
というか時間的に全然進んでない。
ちなみに今回オオカミだったのは、トラとかライオンなどのネコ科だと主従関係で懐くことはないので、犬系で危険度の高さを鑑みて採用されました。
って、いつの間にか新手の就職活動になってる!?