番外編:4月になりました。
エイプリルな日だったのでがんばってみました。
「いただきます」
「いただきます」
いつの頃からか宣告が無くても俺の部屋に居着くようになった宣告女神ルルちゃんと向かい合わせで夕食に着く。
今日は頑張ってサバの味噌煮込みだ。
母の得意料理の一つで、俺も子供の頃からの大好物だ。
他の料理はともかく、これだけはそんじょそこらの料亭にだって負けない自信がある。
箸で身を切れば、ほわっと湯気を立てながら美味しい香りが漂ってくる。
うん、今回も最高の出来だ。
ルルちゃんも切り身を一口食べてニンマリしている。
どうよ。神様さえ喜ばせる味だぜ。
「美味いだろ」
「はい、すごく。そんな安房さんにとっておきの宣告をプレゼントです」
「うっ、このタイミングでか。飯が不味くなったりしないか?」
「大丈夫です。今回は安房さんにとっても素敵な宣告ですので」
「そ、そうか。それで?」
「では。こほん。
安房 紡さん、あなたは明日一日複数の女性からモテモテになり、最後はその、私の大切なものを奪って鼻血を噴き出して倒れた拍子に頭を打って死にます」
「お、おう。確かに前半だけ聞くと最高だな。最後が色々残念だけど。って」
え、もしかして大切なものって、あれか?
なに、そういうことなの!?
でも宣告したルルちゃんの表情は特に変わっていない、のはいつもどおりか。
これはひょっとしてひょっとするのか!?
確かにそんなことになったら鼻血の一つも出るかもしれないけど、残念過ぎるだろ、俺。
くそっ、どうする。
なんとか回避しないと死ぬが、回避していいのか、後悔しないか?
うおぉぉ、まさかここまで究極の選択に迫られるとは!!
ぐっ……こうなったら出たとこ勝負だな。
もし回避出来なくても、その時はその時で『我が人生に一遍の悔いなし』って事だろ。
ならまずはこの美味い味噌煮を食う!
「ピンポーン」
ん?夜も10時を過ぎた時間に誰かがやって来た。
この時間に来る可能性があるのは、下の階の山下さんかな?
時々差し入れを持ってきてくれるんだよな。
「はーい。どちらさまですか」
「こんばんは。山下です」
玄関を開ければ案の定、山下さんがお鍋と何かのビンを3本持って立っていた。
「こちら、おでんです。ちょっと作り過ぎたから良かったらどうかなと思って」
「おぉ、いつもありがとうございます」
「あと安房さん、日本酒好きでしたよね?」
「ええ好きですよ」
「実家の村の酒蔵から日本酒送られて来たんですけど、一人で飲むのも寂しいので一緒にいかがですか?」
「良いですね。おでんにも合いますし。さぁ入ってください」
そうして山下さんを家に招き入れて、一緒におでんを突きながら日本酒を飲む。
あ、ルルちゃんは気配を察して姿を消してくれている。
まぁもともと俺以外には見えないらしいけど。
……
…………
………………
翌朝。
「んっ。っつう、痛てて。こりゃ二日酔いだな」
どうやらベットにもたれ掛かって寝てしまっていたようだ。
ふと、左手に当たった布を持ち上げる。
ん?なんだこれ。白くて小さくてレースが付いてる……ってパンツ!?しかも女物の。
なんでこんなものがここに?
あれ、そう言えば昨日は何があったんだっけ。
確か山下さんが日本酒とおでんを持ってやってきて、酒盛りをして、それから……
あれ?それからどうしたっけ。山下さんはいつ頃帰ったんだ?
「んぅ。あれ?ここは」
ベッドの上から聞こえてくる声に、思わずギギギッと音が鳴りそうな動きで振り返る。
ちょうど毛布で体を包んだ山下さんと目が合った。
「あーそっか。おはようございます。安房さん」
「お、おはようございます」
「えーっと、もしかして私、襲われちゃいました?」
「いや、それは、えっと、多分大丈夫じゃないかな。ほら、俺はちゃんとパンツ履いてますし」
「あ、ほんとですね」
そう言いながら山下さんがパンツ1丁の俺をベッドの上から見下ろす。
って、あんましじっと見ないで欲しいんだけど。
「残念。さて。その安房さんが持ってるの返してもらっても良いですか?」
「へっ?あっ、すすすみません」
俺は手に持っていたパンツを慌てて渡す。
うわっ、もしかしてパンツをもてあそぶ変態だって思われてないか!?
「別に欲しかったんだったら言ってくれれば……」
「え、何か言いました?」
「いいえ。ただ、こんなあられもない私を見ても襲わないのって女として魅力無いのかな~って思って」
「そ、そんなことは無いですよ。山下さんは美人ですし。
その。酔った勢いでっていうのは色々とまずいじゃないですか。
折角ならちゃんと素面の時じゃないと」
「そうですか。なら今からでも?」
「いいいえいえいえ。お、おれ顔洗ってくるんで、その間に服着ちゃってください」
その妙に小悪魔的な誘いから慌てて逃げだす。
ふぅ。危ない。今日は随分積極的だったけど、いったい何が。
って、そうか。ルルちゃんの宣告!あれの影響なのかもしれないな。いや、そうに違いない。
これは今日一日気を引き締めて行かないと。
俺が洗面所で顔を洗って、洗濯機の中から一昨日来てたズボンとシャツを取り出して着て戻ると、山下さんも服を着終えていた。
ざ、残念とか思ってないぞ。
「じゃあ、安房さん。お邪魔しました」
「はい。今回も差し入れありがとうございました」
「つぎはお酒抜きで来ますね。じゃ」
え、それって、どういう……。
そう考える間もなく山下さんは下の自分の部屋に帰って行った。
ふぅ。これでひとまずは1難去ったな。
っと、携帯に着信か。
相手は……求道か。また変なものでも取り寄せたんだろうか。
『今日の10時、山菱神社にて待つ。もし来なければ君の恥ずかしい写真を某SNSに投稿する』
なぜに神社?ってか、脅迫文付きとか何なんだ一体。
もう嫌な予感しかしないんだが。
でもあいつはやるって言ったらやる女だからな。しゃあない、行くか。
9時50分。えっと、求道は、あ、いたいた。
向こうもこっちに気が付いたようだな。
「やあ、おはよう。ちゃんと時間通りに来たね」
「よお、求道が俺を呼び出すなんて珍しいな。何かあったのか?」
「まぁ、そう話を焦らず、まずはこっちに来てくれ」
「?あぁ」
手招きする求道に付いて神社の裏に回る。
って、まるで愛の告白現場だな。
「それで、だね。その、今日呼び出したのは、ね」
人気が無くなった所で足を止め、俺をちらちら見て挙動不審になる求道。
えっ、マジで告白!?いやでも、相手は求道だしな。
「これを飲んでくれ!!」
「だよな!!」
取り出したのは試験管に入った謎の液体。
また変わったモノを取り寄せたから、俺に毒見してほしいとかだな。
そんな事だと思ったぜ。
「いや、安心してほしい。今回は先に自分でも飲んで危険がないことは確認済みだ。味も悪くはなかった」
「え、じゃあ、なんで俺が飲むんだ?」
「それはその、男女で効能が違うらしいのだ」
「ふーん」
「だめ、だろうか」
そう言って普段やらない上目遣いで俺を見る求道。
身長差もあって妙にドキドキする。
あぁ、もう。
「分かったよ、飲めば良いんだろ、まったく。
前に助けて貰った借りもあるしな。
その代わり、何かあったら責任取れよ」
「!?あぁ、もちろんさ」
試験管を受け取って一息に飲み干す。
ふむ、味は悪くはないな。
「それで、飲んだのはいいけど、効果はどれくらいで出るんだ?」
「もう間もなくのはずだ」
薬を飲んでから3分が経過したが、特に変化は無い。
求道の様子から考えても、目に見える変化がありそうなんだが。
「……えっと、何が起きるんだっけ?」
「おかしいな。紡くん、ぼくを見て何かきになることは無いかい?」
「いや、特には。あー、強いて言えばだけど」
「お!なんだい」
「前歯に青海苔が付いてるぞ」
「そっ、それは見苦しい所を見せたね」
そう言って慌てて後ろを向いて、バッグからコンパクトを取り出して歯をチェックしている。
あぁ、こういう姿を見ると。
「求道もちゃんと女の子してるんだな」
「な、なな何を突然言い出すんだい」
「いや、普段化粧っ気ないのに、咄嗟にバッグから化粧道具が出てくるあたり、しっかりしてるなと思ってな。
そういえば、今日はめずらしく化粧もしてるのか?」
「む、そういうことは先に言うべきだよ」
「あぁ、悪いな」
「まったく」
うーむ、さっきから求道の様子が変だな。
恥ずかしがったり、焦ったり、怒ったり。
俺よりむしろこいつの方が何か薬の影響を受けてるんじゃないのか?
顔も赤いしな。
「なぁ求道。もしかして、お前。熱でも出てるんじゃないのか?」
「なっ、はっ、やっ」
そう言いながらぐいっと引き寄せておでこに手を当ててみる。
あ、やっぱり。熱い気がするな。
顔もさっきより赤くなってるし。
「体調悪いなら無理せず……」
「ば、馬鹿ッ。エッチ!!」
パッと俺の手を払って離れる求道。
エッチって。普段なら気にもしないだろうに。ほんと何なんだ。
いつもと違って挙動一つ一つが妙に女の子っぽいな。
今も俺に背を向けてはぁはぁと息をしてるし。
「あ~もういい。ひとまず効果が無かったのだけは分かったから。
手間を取らせたね。この埋め合わせはまた今度するから。じゃあ」
そう言って求道は走り去ってしまった。
で、結局なんの薬だったんだろう。聞きそびれたな。
まぁいっか。折角出てきたし、バイトまで時間もあるから適当に散歩でもするか。
神社を後にした俺は、商店街まで来ていた。
時刻は11時40分。
昼飯何にするかな。なじみの喫茶店にするかバイト先にするか。
そう思ってたところで、不意に道の先から見知った人が歩いてきた。
「あ、安房先輩!」
「よう、春菜さん。大学の外で会うのは久しぶりだな」
高木春菜。
同じ大学に通う1年後輩で、去年階段から落ちて大怪我をしそうになった所を助けたことがキッカケで、以来ときどき学食で一緒に昼食を食べたり、カラオケやボーリングで遊ぶ間柄だ。
ちなみに彼女。去年の大学のミスコンで優勝してたりする。
噂では並み居るイケメンや秀才の告白を薙ぎ払っているそうだ。
そのせいで一部の人間から逆恨みされて襲われる、なんてこともあったな。
当然のように俺もルルちゃんの宣告経由で巻き込まれたんだけど。
いやぁ、あの時は流石にやばかったね。
「えっと、先輩はこれからどちらに?」
「ん?ああ。そろそろ昼だからどっかで飯でも食おうかと思ってたところ。
春菜さんは?昼飯まだなら一緒に行くか?」
「良いんですか!!」
「お、おう」
すごい食いつきだな。
そんなにお腹が空いてたんだろうか。
まぁいいや。
「どこか行きたい所とかある?無いなら俺の行きつけの喫茶店にしようと思うけど」
「先輩の行きつけのお店ですか。ぜひそこでお願いします」
「ああ。それにしても、春菜さん。今日はいつになくテンション高いね」
「え、そうですか?うーん。原因は先輩かもしれませんね」
「俺?」
「はい。先輩何か変えてませんか?ヘアワックスとか、香水とか。
いつも以上にこう、先輩から良いにおいが漂ってきている気がします」
そう言いながら俺の肩の辺りをクンクンする春菜さん。
って、ちょっ。くすぐったいから。
そうしてじゃれ合いながら(?)喫茶店で昼食を食べる。
「そういえば、先輩って普段、ご飯はどうされているんですか?」
「ん~朝は食ったり食わなかったりだな。野菜ジュースなんかで済ませるときもあるし。
昼はもっぱら外だな。こことか行きつけの店に行くことが多いな。
夜は気が向いたら作ってるぞ。昨日なんかは鯖の味噌煮を作ったしな」
「へぇぇ、すごい。じゃあ結構料理上手なんですね」
「まぁ鯖の味噌煮なら自信あるぞ。他はそんなでも無いけどな。良かったら今度食べに来るか?」
「ぜひお願いします。それなら私は他の料理を作っていきますね!」
ふっふっふ。春菜さんも俺の味噌煮込みの虜にしてみせようじゃないか。
って、なんか、すげーナチュラルに家に誘っちゃったけど良いのか?
「えっと、誘っておいてなんだけど、俺1人暮らしだけど大丈夫か?」
「え、はい。私男の人の部屋って入ったこと無いんですよね。どんな部屋なんだろう。色々期待してますね」
い、色々って何ですか!?
春菜さんって清楚な外見の割にアクティブというか、これは分かっていて誘われているのか、それともただ無邪気なだけなのか、どっちなんだ?
くっ、これもルルちゃんの宣告パワーなのかも知れないな。恐るべし、ルルちゃん。
そこからは何とか無難な会話をしつつ、分かれる。
春菜さんはこれから友人と映画を見に行くらしい。
一緒にどうですか?と誘われたけど、これからバイトもあるし丁重に断っておいた。
うーむ、今回の宣告はルルちゃんが関わってくる場面以外は安全だと思っていたけど、そうでもないのかもしれないな。
これは気を引き締めていかないと、後々凄いことになりそうだぞ。
ぼーっとそんな事を考えながらバイト先に裏口から入ってロッカールームへと向かう。
ガチャッ
「へっ、せ、先輩!?」
「ん?おぉ、姫乃。おはよ、う?」
扉を開けた先にはバイト仲間の姫乃が居た。スカートを持って。
へぇ、水色のストライプか。きらいじゃないぞー。
って、現実逃避してる場合じゃないな。
「ちょ、おま。着替えるなら鍵閉めとけよ」
「忘れてたんです!?っていいからドア閉めてください」
「おお!」
ガチャッ。ふぅ。
「って、なんで先輩が部屋の中に残ってるんですか!!」
「うぉ、そりゃお前、お約束って奴だからじゃねえか」
「そんなお約束要りません!ああもう、いいからそっち向いてて下さい」
「あ、ああ」
いかん、俺も相当動揺してるな。
怒られて慌ててドアの方を向く。
ふぁさっ。シュッ。
「んっ。しょっ」
後ろから衣擦れの音だけが聞こえてくる。
ぐっ、時折漏れる声は何とかならないのか。
っていうか、外に出れば良かったじゃねえか。なんで部屋の中に留まってるんだよ。
「先輩。もういいですよ」
言われて振り向くと、ちょっと顔が赤いけどニヤニヤした姫乃がいた。
「にひひ~。先輩、顔真っ赤ですよ。もしかしてわたしの着替えの音でコーフンしちゃいました?」
「ばっ、そんな訳ねえだろ。大人をからかうんじゃない」
「良いんですよ。そんな隠さなくたって。先輩にならわたし、見られても嫌じゃないですしね」
くっ、この子悪魔め。
上目遣いに顔を覗き込むんじゃない。
「でも先輩。貸し、ひとつですからね。ふふっ」
顔を寄せて囁くように言って部屋から出て行く姫乃。
くそぅ、あいつも性格はともかく顔とスタイルは良いからな。
でもま、流石にこれ以上のトラブルは無いだろ。
……そうフラグを立てたのが不味かったな。
「きゃああぁあ!!」
「うわっ」
ばしゃっ
アイスコーヒーを運んでた姫乃が濡れた床に足を滑らせて盛大にこっちにダイブしてくる。
俺は咄嗟に滑り込み、姫乃を抱きとめながらアイスコーヒーのコップを受け止める。
ふぅ。ここのところルルちゃんに鍛えられたお陰で、咄嗟の動きはスタントマン顔負けだぜ。
「ふぐ、ふぇんぱい」
「おっと、大丈夫だったか」
「うぅ、鼻がつぶれました」
思いっきり胸に抱きとめてた姫乃が顔を上げながら文句を言う。
まぁ怪我は無いみたいだな。ならまずは周りのお客様のフォローをしないと。
「やるな、兄ちゃん」
「きゃあ、まるでドラマのワンシーンね」
おっと、突然のハプニングも誰にも被害が無かったお陰で、一種のパフォーマンスみたいになったみたいだ。
ま、誰も怒ってないなら結果オーライか。
姫乃は、顔を真っ赤にさせながら俺に抱っこされたままボーっとして、
「わ、わたし、代わりのアイスコーヒー貰ってくる」
慌ててその場を逃げていった。
うーん、これで着替えのことはチャラになったりしないかな。
そして、流石にその後は特に問題もなくバイトも終わり帰宅する。
はぁ。それにしても何か濃い一日だった。
今日は久しぶりに湯船にお湯でも溜めるかな。
1人暮らしをするとどうしても風呂よりもシャワーで済ませることが多いからな。
「ふぅぅ」
熱い風呂に浸かって一日の疲れを流す。
さて、風呂上りといえば牛乳だよな……って、無いし!!
あぁ、そう言えば今朝ルルちゃんが飲み干したんだっけ。失敗したな。
じゃあ、代わりのものは何かないかな……おっ、イチゴがあるじゃないか。
あれ、いつ買ったんだっけな。まぁ美味そうだからいいや。
「いただきまーす」
うん、甘さの中にほんのり酸味が効いて実に美味い。
思わず100点満点を付けてしまうほどだ。
「あああぁぁあ!!」
「な、なんだ!?」
突然の叫び声に振り返ると、ルルちゃんが驚きの表情と共に俺を指差していた。
いや、正確には俺の持っているイチゴを見てるのか!?
ぐっ、やばい。何がやばいか分からないけど兎に角俺のシックスセンスが逃げろと叫んでいる。
「わたしの」
「くっ、動け俺の足」
「かみおとめ」
「ぬぁ」
「かえせーーー」
ばきっ!
最後に映った光景は、ドアップになるルルちゃんのこぶしだった。
翌朝。
目が覚めると部屋は俺の鼻血で真っ赤に染まっていた。
ふと頭の下を確認するとクッションが挟まっている。
そうか。きっとこれのお陰で九死に一生を得たんだな。
しっかし、なぜ俺は鼻血を出して倒れてたんだ?
いまいち記憶が曖昧なんだが。
「なあ、ルルちゃん。何か知ってるか?」
「さ、さぁ、悪い夢でも見たんじゃないの?
昨日はあの日だしね」
言われてカレンダーを見ると、今日は4月2日だった。
まあいっか。兎に角今日も俺は生き延びたんだ。
「かみおとめ」はイチゴの名前です「とちおとめ」的な。
それと、ルルちゃんの宣告は未来を宣告するだけで、人心を操作できる訳ではありません。