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第5話:月のない夜の狼

色々盛り込んでたら長くなりました。

住宅街の夜のマンションの屋上。

その縁に座って隣のマンションの一室を眺める人影があった。

といっても、普通の人には見えないだろうが。


「ふぅん。彼がそうなのね。なるほど、確かに良い魂してるわ」


その視線の先には一人の冴えない青年と、金髪の少女。

安房 紡と宣告女神のルルイエル・ルースルーが居た。


「ふふっ、またあの子は直球勝負ね。

もうちょっと絡め手を覚えればいいのに、馬鹿の一つ覚え。

まぁそれでも今までは上手く行ってたんでしょうけどね。

……まぁ良いわ。

こうしてあの子が失敗するのを見てても良かったんだけど、横やり入れた方が面白いかな」


そうつぶやいた少女は、もう次の瞬間にはその場から消えていた。



####



「そういう訳で、安房 紡さん。今度こそしっかり死んでください」

「いや、どういう訳だよ」


全く毎回毎回、このヘンテコ女神は。


「ヘンテコではありません。可愛くてキュートでプリティな宣告女神のルルちゃんです」

「心の声を読むなよ。

で、今回はなんだって?」

「はい。次の土曜日。あなたはバイト帰りの23時52分。同じバイト仲間の桜井 姫乃さんを送る途中、公園で彼女のストーカーに襲われ左脇腹をナイフで刺され、そこから……」


ん、なんだ?

いつもは嫌になるくらい自信満々に宣告してくるのに、言葉を濁した、というか、何か迷ってるのか?


「失礼しました。そこから10メートル移動したところで死にます」

「はぁ!?襲われたんだったら、その場で殺されるんじゃないのか?」

「はい。元々そう告げる予定だったのです。……変ですね。どうしてですか?」

「いや、俺に聞かれても分かる訳無いから」

「……まあ良いです。あ、当初の予定通り、ナイフで刺されて死んでも大丈夫ですよ」

「だから全然大丈夫じゃねえから!!」


ちっ、また言うだけ言って帰りやがった。

それにしても、姫乃にストーカーねぇ。

いやまぁ、あいつ顔は綺麗だから、分からなくもないけど。

ま、それは今は横に置いておこう。

今回は珍しく3日も時間がある。

どうせ、何をどうやってもストーカーに襲われるのは確定してるんだろうから、準備出来る事を出来るだけしておかないとな。

そう思って俺は夜も遅い時間だけど、友人に電話を掛けた。



翌日の夕方。

俺は大学の格技場で道着を着ていた。


「安房。電話でも言っておいたが、2日で身に着く護身術なんて所詮は付け焼き刃だからな。忘れるなよ」

「ああ、分かってるよ。今度からはしっかりと訓練するから、今回だけは頼むよ」

「全く。それにしてもナイフを持った男を撃退する方法か。

念のために聞くが、試合とか遊びで、ではないんだよな」

「そうだ。マジでこっちを殺す気で来る相手を撃退したい。出来れば1回腹を刺されるの前提で、その防ぎ方も頼む」

「はあぁ。はっきり言うぞ。ナイフで刺されたら痛みでまともに動けなくてそのまま殺されるからな。

だから刺されるのが分かってるなら、古典的だけど雑誌を挟むとか鉄板を仕込むとか防刃服を着るとかしておけ」


そうため息交じりに言ってくれるのは、合気道部の副将の朝日さん。

高校の頃から合気道をやって、今は2段らしい。

やっぱ黒帯付けてるってだけで強そうに見えるな!


「でだ。ナイフで襲われるなら、敵は既に至近距離に居るものだと仮定するぞ。つまりこれくらいだ」


そう言って握手できる距離よりさらに近づいてくる朝日さん。


「この距離から出来る行動はな、いっぱいある」

「あるんだ……」

「ああ。だからどう動くのかを予め考えておくんだ。大切なのは2回目を刺されないようにしつつ相手を撃退することだ。

だから、お前がやる事は刺して来た相手の手首を掴む、頭突きを食らわせる、体当たりをする、この流れだな」


言いながら実際に俺の手を取って頭突きをしてくる朝日さん。あ、流石に頭突きは手前で止めてくれたけど。


「で、これで相手がひるんでくれたら、一気に畳みかけろ。相手の方に大きく一歩踏み込みながら、掴んだ手を木刀を振りかぶるようにこうだ」

「うわっ」


なんの準備もしてなかった俺は簡単に体勢を崩して倒されてしまった。

これが合気道の技か、すごいな。


「倒した後は踏め」

「踏む?」

「そうだ。死にたくないなら、容赦なく踵で踏め。相手の顔、腹、股間などだな」


って感心した傍から、全然合気道と関係ない話になったじゃないか。


「おい、冗談だと思ってる顔だな。言っておくけどマジだからな。

お前が言うように殺し合いなんだとしたら、綺麗な戦い方なんて考えるな。

死ぬぞ」


ゾワッ。

一段低くなった朝日さんの声に寒気が走る。これが殺気ってやつか。

慌てて真面目な顔で頷く。


「まあいい。これが上手く行ったパターンだ。

で、失敗した場合、つまり、相手の手首を取れなかったり距離を取られた場合の対処な。

お前、取っ手付きのカバンは持ち歩いているか?

なら、それを武器にする。基本は斜めだ。右手でカバンを持ってるなら右下から左上へ、右上から左下に。8の字を描くように振る。

こうすると真っすぐ上下左右に振るより防ぎにくいんだ。

これも中途半端にやると無意味だからな。持ち手が壊れるの覚悟で全力で振り抜けよ」

「ああ、分かった」

「これで多少は時間が稼げるはずだ。後は叫び声を上げるなりして助けを求めろ。

とまあ、今日と明日で何とか形になるのはこれくらいだ」

「あれ、なんかこう、もっと合気道っぽい技とかは無いのか?」

「無いな。まともな技を掛けたかったら最低3か月は道場に通え。

分かったら今言ったのをやるぞ。あ、言っとくけどお前は寸止めとかせずに、本気で俺をぶちのめしに来いよ。

でないと、本番でも手加減しちまうからよ」


そうして俺は放課後の2日間、みっちりしごかれるのだった。




そして土曜日の夜。


「ありがとうございました」


週3で入らせてもらっているカフェ&ダイニング『陽だまり』。

その日の最後のお客様が帰って俺はホールの清掃を行っていく。

店の外を見れば、夕方から降り出した雨が本降りになって時々雷がなっている。

そしてその日は姫乃がラストまで働いていて、いつもなら車で送って行っている店長が用事で抜けていた。


「先輩、聞いてます?帰り、送って行ってくださいよ。今日店長居ないんで、帰り一人は怖いんですよ」


そう俺に声を掛けてきた姫乃は今年高校2年生で、店から歩いて30分の所に住んでいる。

性格は、甘え上手だけどべたべたはしない、絶妙な距離感を保ちつつ接してくる。

困ったところは、よく分からない所で怒り出す。口癖は「先輩は女心が分かってないです」だ。

まぁ次の日にはケロッとしてるけどな。

体形は出る所はしっかり出てて、引っ込むところは引っ込んでるモデル体型で、顔もそれなりに整ってる。

まぁこう考えていくと、モテても不思議じゃないのか。


「ああ、わかってるよ」

「って、いいんですか?」

「いや、自分からお願いしておいて驚くなよ」

「だって先輩の家って私と逆方向じゃないですか。

それをこんな雨の中送ってくれるなんて、普通文句の一つもあるものですよ。

あ、言っておきますけど、いくら先輩でも、送り狼はダメですからね」

「あーはいはい」

「うわ、気の無い返事。わたしこれでも学園ではモテモテなんですよ。それで最近、変に言い寄ってくる人もいるし……」

「ほら、口を動かしても手を止めない。さっさとしないと帰りがどんどん遅くなるぞ」


そう言いながら時計を見る。23時20分。

はぁ、やっぱり予定通りって奴なんだろうな。全くストーカーも何もこんな雨の日に来なくても良いだろうに。

それから10分後、片付けを終えて俺と姫乃は店の裏口から出て一緒に歩く。


「あの、先輩。歩きながらでいいんで相談に乗ってもらって良いですか?」

「なんだ?」

「最近、塾の帰り道とかで誰かに見られているような気がするんですよ。

もしかしたら、ストーカーなんじゃないかって思ったら怖くて」

「そのストーカーに心当たりはあるのか?」

「うーん、学校で私に告って来た男子は何人かいるので、その人たちとか、その人たちを好きだった女の子からの逆恨みか。

あと思いつくのは私がバイト中に頻繁に来る男性客が何人か居るくらいですね」

「その男性客は今日も来てたか?」

「はい、17時くらいに来た黒のジャケットの人と、20時くらいに来た青いパーカーの人です」


言われて記憶をたどると、あぁ。あの人達か。どっちも常連さんだな。


「その二人なら大丈夫だろう。ジャケットの人はもう結婚してるはずだし、パーカーの方もこの前、おまえが居ない時に彼女と一緒に来てたぞ。

それにおまえが来てない時でも普通に来てるしな」

「え、そうなんですか」

「ああ、それに」

「それに?」

「いや、なんでもない」


さっき角を曲がるときにチラッと見えた人影。

もしあいつがそうなら、体格的にもどっちでもなさそうだしな。

そして「この公園を抜けると近道なんですよ」という姫乃の言葉を受けて自然公園の中を通る。

全く襲ってくださいって言ってるようなもんじゃねえかよ。

この時間帯だ。雨も降ってるし公園内には人っ子一人居ない。ぎり入口近くの電話ボックスで電話をしてる人が一人いた位だ。

こりゃ叫んでも助けは来ないな。


「姫乃。さっき言ってた話だけどな」

「はい?」

「もしストーカーに狙われてるとして、万が一にも襲われた場合、俺を見捨てて全力で逃げろよ」

「え、やだな、先輩。心配してくれてるんですか。

でも、そうやって私のことを本気で心配してくれるのって、結構ポイント高いですよ」


笑いながら俺の肩をパシパシ叩く姫乃。

それが引き金だったんだろう


「ぼぼぼ、ぼくの姫乃ちゃんに触れるなぁぁ!!!」

「ちっ、逃げろ!」

「きゃっ、先輩」


横の林から男が叫びながら飛び出してくる。

俺は咄嗟に姫乃を突き放し持っていた傘を放り投げる。

直後、ドンと左脇腹にナイフが突き刺さる衝撃。

当然それは事前に仕込んでおいた雑誌と鉄板のダブル防御に阻まれている。

さあ、ここからだ。怯むなよ俺!

俺は傘を捨てて空いた手で奴の突き出して来た手首を掴みつつ頭突きを食らわせる。


「ぐぁっ」


よしっ、そのまま一歩踏み出して


ズルッ

「うわっ」


雨の所為で足が滑った。

その拍子に手も放してしまった。まずい、万事休すか。

いや、奴もまだ体勢が直ってない。なら。


「おりゃ」バキッ

「うぎゃっ。くそっ」


咄嗟に持っていたカバンで殴ると、奴は逃げて行った。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「せんぱい!!」


声の方を振り返れば、震える姫乃が俺の服の袖を引っ張っていた。


「何だ、姫乃。逃げて無かったのか」

「先輩を置いて逃げるなんて出来ませんよ!」

「馬鹿。っと、それよりもだ。

いいか。今度は本気のマジの絶対だからな。

俺が呼ぶまでそこで待ってろ。何があっても俺のそばに来るなよ!!」

「え、先輩?」

「だから、動くな!!」

「は、はい!」


俺の剣幕にビクッと驚いて返事をする姫乃。

悪いが、今日の本番はある意味ここからだ。

ルルちゃんの宣告は、俺が止めなければ100%当たってた。

だからここから10メートル進んだところで俺が死ぬような何かがあるはずだ。

考えろ。

何だ……第2の刺客が現れるのか、地面に何かあるのか、何かが飛んでくるのか。

その時だ。一瞬空が光った。

まさか、これか。

俺は急いで腹に巻いていた雑誌と鉄板を抜き取る。

そして前に飛び出しながら鉄板を斜め上に投げて地面に伏せた。


ピカッ、ズガガガッ。

「ぐっ」「きゃあああっっ」


衝撃を伴う落雷ってどんだけ至近距離だったんだよ。

横を見れば今のでドロドロに溶けた鉄板が落ちていた。


「先輩!!」

「あーはいはい。もう大丈夫だと思うぞ」


驚いて俺の所にやってくる姫乃。だから俺が合図するまで動くなと言っただろうが。

まぁ時計を見れば日付が変わってるし、流石にこれ以上は何もないだろう。

そこからはストーカーと雷のダブルでショックを受けた姫乃を何とか家まで送り届けて帰路につく。

これは早く帰って風呂に入らないと風邪ひくな。

「先輩、このままじゃ風邪ひきますからシャワー浴びて行ってください」とか引き止められたとかなんとか。


それと、1日2日の付け焼き刃が本番で上手く行くことなんてありません。

皆さんは危険な場所(人)には近づかないようにしましょうね。

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