第4話:ナマハゲがやってくる
前フリが長くなったのでちょいと長めです。
はぁ~~。慣れっていうのは恐ろしいな。
日常では絶対にありえない状況なのに、もう当たり前の日々として受け止め始めている自分がいる。
そう、おなじみ宣告女神のルルだ。
だが、一つだけ言わせろ。
「頼むから。出てくる時と場所をもう少し選んでくれ!!」
「……先日は他の人が居ないときにと言っていたはずですが」
「ああ、確かに言ったな」
「それに……」
「だあぁ、下を見るな!」
慌ててルルを押し留める。
まったく油断も隙も無いな。
折角の俺の週1回の入浴タイムを邪魔しやがって。
あ、言っとくけど、普段はシャワーだからな。体洗ってないとかじゃないから!
くっ、これは話を進めないと危険だ!
「それで、ルルが現れたってことはまたなのか」
「ルル"ちゃん"です。ここ大事です」
「ああ、はいはい。ルルちゃんね」
「……まぁいいでしょう。
今回は安房さんに千載一遇のチャンスを宣告します」
お、まじか。
これまで散々な目にあってきたけど、ここに来てようやくって事だな。
「安房さんは明日、15時55分に3丁目のクルミ公園南西の十字路にて、公園内から飛んできたボールを見て、慌てて道路に飛び出した所をトラックに跳ねられて死にます」
「おい。それのどこがチャンスなんだよ。今までのと変わんないだろ。
そもそも俺、明日は午後から求道と遊びに行く約束してるから、その時間にクルミ公園のそばにいるなんてありえないぞ」
「はい。それこそがチャンスの理由です。本来であればこれは安房さんが関わることのない話です。
ですがこうして宣告することで安房さんは予定を急遽変更し、今まで失敗し続けていた死をようやく迎える事ができるのです」
いや、胸張って言われてもな。
「誰も求めてねえよ!」
「そうですか……ですが、宣告はしました。
世界は安房さんの都合に関係なく動いています。
あ、それと。恥ずかしがるようなサイズではありませんよ。ご立派です」
「何が!?」
くっそ、意味深な捨て台詞を残して消えやがった。
全く、何が悲しくて遊びに行くのをほっぽり出して死ににいかないといけないんだよ。
絶対行かないからな!!
そして翌日13時40分。
「やぁ紡くん。早いね。
君の性格から考えて時間ギリギリなんじゃないかと思っていたんだがね」
「失礼な。俺はいつも遅くても5分前には動くようにしているぞ」
「ほう、それは感心だね」
「そういう求道はいつから待っていたんだ?」
「ふっ、もちろん『今来たところ』だよ」
言いながら決めポーズを取る求道。
その求道をじっくり見ると、意外なまでに全身きっちりコーディネートされた、センスの良い恰好をしていた。
こいつのことだからてっきりゴスロリ系かズボラな恰好のどっちかかと思っていたんだがな。
「ふふん。僕に見とれているのかな」
「いやいや、違うし。あっ、でもある意味そうなのかもな」
「なっ!?(ある意味って何!!)
つ、紡くんもなかなかに返しが上手くなったじゃないか」
「そりゃどうも。だけど、お世辞抜きに似合ってると思うぞ」
「うっ」
そう言ってやると、珍しく顔を赤くして恥ずかしがっている求道がいた。
へぇ。こいつでも人並みに照れたりするんだな。
「それにしても、昼飯に誘ってくれたのは嬉しいけど、随分中途半端な時間じゃないか?」
「なに、12時から13時が昼食を摂る時間だ、などというのはただの固定概念さ。
むしろこうしてずらした方が、店の混み具合も解消されてきて丁度良いんだよ」
「まあ、確かにそうだな」
「さぁ、そうと決まれば早速行こうじゃないか」
そう言って連れていかれた店は、高級ステーキハウス。
肉一枚5000円て。
「おいおい、大丈夫なのか?どれも値段が普段食べてる肉の10倍かそれ以上してるんだけど」
「今日は先日助けてもらったお礼だからね。値段の事なら気にせずに注文してほしい」
「まぁ求道がそう言うならお言葉に甘えるけどな」
そして出て来た料理の感想は「え、これが肉本来の旨味?じゃあ俺が今まで食べていた物は一体」と愕然とさせられたとだけ言っておく。
最初の一口で呆然としたり、次の瞬間から手が止まらなくて一瞬で食べきったりといった事故があったが、求道が笑っていたから大丈夫だろう。
「いやぁ美味かった。求道、ほんとありがとうな」
「礼には及ばないさ。それより今日はまだ時間があるんだろう?
気になっている映画が上映されているんだ。実際にあった話を元にしたヒューマンドラマでね。
確か紡くんもそう言った話は好きだったろう?」
「ああ、いいな。今やっているのって言ったらあれか?」
「そう、元マラソン選手の父親と、小さい時に事故で体が不自由になってしまった息子の話。
もしかして、もう見てしまったかい?」
「いや、来週当たり時間を見つけて見に行くつもりだったんだ。ちょうどいいし行くか」
駅前の映画館に入れば無事に2人分のチケットを購入して中へ。
あ、一応言っておくと今度は割り勘な。
席は……ここか。通路に面した端側だ。
そして映画が始まる。
最初10分は仲睦まじい親子の日常が映し出されていた。
だけどある日。
息子が近所の公園で遊んでいる時に事件は起きた。
息子の友達が蹴ったボールが、父親の頭上を飛び越えて公園の外へ飛んで行ってしまう。
慌てて追いかけて道路に飛び出す息子。
そこに猛スピードで車が走ってきて、息子は車に撥ねられてしまった。
ゾクッ!
なんだ!?
いま、物凄い悪寒が走った。
『公園内から飛んできたボール……道路に……跳ねられて……
安房さんは関わることのない……』
そうだ、昨日の宣告!!
ボールが飛んで来たってことはそれを蹴るか投げるかした子供が居るはずだ。
そして宣告の通りなら、俺はそのボールを見て咄嗟に車の前に飛び出さないといけない状況に陥る。
それは、ボールを取りに道路に飛び出した子供を助ける為なんじゃないか?
さらにこの内容は俺が関わらなくても発生するんだ。
それに気付いた瞬間、居てもたってもいられなくなって、俺は隣の求道の耳元に顔を寄せて囁いた。
「求道、すまん。急用が出来た。この埋め合わせは後日必ずするから」
「え、ちょっ。紡くん!?」
求道の引き止める声を無視して急いで静かに映画館を飛び出した。
すぐにタクシーに乗り込む。向かうは3丁目のクルミ公園だ。
時間は15時35分。大丈夫、10分もあれば辿り着ける。
だけど、そんな俺の余裕をあざ笑うかのように事件は起きる。
キキーッガシャンッ!!!
「うぉっ」
ゴンッ!
「いってぇ」
乗っていたタクシーが横道から飛び出して来た車にぶつけられた。
幸い向こうもこっちも小破で運転手も無事のようだ。
「お客さん、大丈夫ですか?」
「ああ、何とか。しかしこれじゃあ、走れないな。
悪いけど、俺は急がないといけないから行かせてもらうよ」
「あっ、お客さん!!」
俺はタクシーを飛び出して走る。
公園まではあと1キロくらいだ。
大丈夫、走れば何とか間に合うはずだ。
「はぁっ、はぁっ。見えた。クルミ公園だ」
そう口にした所で、ポーンと公園からボールが飛び出してくる。
くそっ、あれか!
更には、予想どおりそのボールを追いかけて公園から走ってくる女の子と、その後ろから驚いて追いかけて来る母親と思われる女性。
そして「ブロロ……」とここからは見えないけど十字路の横道からトラックが近づいてくる音。
ドクンっ
女の子は十字路まであと3歩。母親は5歩、俺は7歩。
ドクンっ
恐らくは女の子が十字路に辿り着くのと、母親が女の子に追いつくのはほぼ同時。
俺も飛び込めばきっと間に合うのだろうけど、子供だけならまだしも母親込みだと突き飛ばした反動で俺はその場に取り残されて、恐らく女神の宣告通り死ぬ。
ドクドクッ
くそ、死ぬか見過ごすのかどっちかなのか!?
ドクドクッ
その時、まるで死んだ時の光景が思い浮かんだかのように世界が赤く染ま……あっ!!
「ウガアアアアアッ!!!!!」
「(びくっ)きゃぁぁ」「ひぃっ」
「ブロロロロ……」
ひらめいた瞬間、俺は化け物のような咆哮を上げていた。
その声に女の子は思わず足を止めて、俺の顔を見て悲鳴を上げた。
その直後通り過ぎるトラック。
はぁぁ、今回も何とか助かったらしい。
がっくりと膝を突く俺の視界はまだ赤いままだ。
というか、さっきの交通事故で頭を切っていたらしく、その血が目に入ったみたいだ。
きっと今の俺は頭から血を流したスプラッタ状態だろう。
それが突然奇声を上げれば、ビックリもするってもんだ。
その女の子は泣きながら母親と思われる後ろの女性にしがみついていた。
母親の方は事態を多少は飲み込めているからか、恐る恐る俺に声を掛けてきてくれた。
「あ、あの。危ない所を助けて頂いてありがとうございます。
それでその、大丈夫ですか?」
「いえ、あんまり大丈夫じゃないです。
救急車を呼んでもらっても良いですか?」
「はい、すぐに!」
それから10分後にやって来た救急車で病院に運ばれた。
幸い頭の傷も出血のわりに大した事もなく、痕も残らないだろうということだった。
助けた母子が実は未亡人で~なんて話があったりなかったり。