第2話:空から降ってくるもの
あらすじ回収。
あの不思議な出来事から1週間が過ぎた。
人の記憶力っていうのは凄いもので、あんな出来事があったのに、少ししたらもう過去の夢のように忘れ去る事が出来ていた。
いたんだ……そう、過去形。
なぜなら今目の前に、あの女の子が現れたから。
「良いですか、良く聞いて下さいね。
あなたは明日の12時32分、大学のB棟4階の階段で濡れた床に足を滑らせて後頭部を地面に打ち付けて死にます」
「ぶっ」
今は11時35分。午前の3講義目、臨床心理工学の真っ最中だ。
ん?なんで『工学』なのかって?
なんでも今講義をしてくれている教授が「すべての物事は証明できる」とか言って、よく考えるとこじつけにも思える理論展開で話をしてくれるからだ。
この講義、なかなかに面白いと生徒達には好評だ。
……うん、現実逃避はこれくらいが限界だろうか。
ビックリして立ち上がった俺に、周りの視線が集中している。
「なんだ、何か問題が起きたのか?」
「いえ、すみません。突然虫が背中に潜り込んできたので驚いただけです」
「何だつまらん。なにか急な心理的発作でも起こしたのではないかと期待してしまったではないか。
特に問題が無いなら座りなさい。講義を続ける」
「はい」
教授は何事もなかったように講義を再開するが、俺はそれどころじゃない。
まさか、2回目があるとは。
『それに出てくるなら、もうちょっと時と場合を考えてくれよ』
「それは失礼しました」
『って、俺の心が読めるのか??』
「私は宣告女神。こちらに向けられたものであれば音にしなくても伝わります。
では、確かに伝えましたからね。今度こそしっかりと予定通りに死んでください」
そう、言って神様は消えていった。
くそ、誰が「はいそうですか」って死ぬもんか。
前回だって生き延びたんだ。今回だって何とかしてみせる。
それに、何だよ「濡れた床に足を滑らせて死ぬ」って。俺はどこの間抜けキャラだっていうの。
だけど、腐っても神様が言った言葉だ。
間違いなく明日の昼に、言ってた場所は濡れているんだろう。
でもって、何も考えずにそこに行った俺は足を滑らせて階段から落ちると死ぬと。
……あれ?
これって、そもそもそこに行かなければ何の問題も無いんじゃないか?
うん、そうだよな。
B棟の階段を使わなくても隣のC棟に渡り廊下で渡ればいいんだし。
なんだ、万事解決じゃないか。
そうと分かれば、何の心配もないな。
なので、俺は意気揚々と午後の講義を受ける頃には、すっかりと神様の言ったことを忘れていた。
そして翌日、12時25分。
俺は講義が終わったその講義室で、朝のうちに買ってきた購買のパンを食べていた。
「なあ、安房。俺飲み物買い忘れたんだわ。悪いんだけど、買ってきてくれねえか?」
そう言ってきたのはクラスメイトの後藤。
あ、言っておくけど俺はパシリじゃない。こいつとは悪友とでも言う関係だ。
時々単純な勝負を吹っかけては俺に返り討ちにされている。
その証拠に俺が睨み付けたら、手をひらひらさせて続きを口にした。
「もちろんタダでとは言わない。
そうだな。5分以内に買ってきてくれたらお前の分のジュースは奢るからさ」
「5分か。奢るって言ったの、後から無しとは言わせないからな。で、何が良いんだ?」
「今日はコーラだな」
「オッケー。じゃあ5分だな!」
俺と後藤はお互いの携帯でタイマーをセットする。
そして俺は講義室から飛び出した。
馬鹿め。4階とは言え、購買は1階に降りてすぐだ。往復で4分あれば余裕だぜ。
それにだ。1本とは言わなかったからな。10本くらい買ってきて奢ってもらうとしよう。
ゾクッ。
……なんだ?一瞬寒気がしたぞ。
走りながら考える。何かがあったような……って、そうだ!!
急ブレーキを掛けて止まる。
あぶねえ、そう言えば昨日神様から死の宣告をされてたんだ。何で忘れてた、俺!
見れば3歩先にはB棟の階段。そしてバケツでも倒したかのように床が濡れてやがる。
時計を見れば12時30分。
あのまま思い出さずに走っていたらマジで滑って階段から落ちていたかもしれない。
だけど何とか思い出せた。
よし、危険なのはここだけのはずだ。ここさえ降りてしまえば。
そう思い慎重に階段を下りて……よし、大丈夫だ。
だけど運命はそんなに甘くなかった。
2重3重に罠が仕掛けられていたらしい。
タッタッタッタッ
上の階から誰かが走る足音が聞こえて来た。
そして、その足音の主が階段に差し掛かる。
「きゃあっ」
「まさか……!?」
見上げた先には見事階段で足を滑らせてダイブしてくる女性の姿があった。
ダイブしてくる先は、勿論俺だ。
一瞬『避ける』という選択肢が頭をよぎったが、そうすると彼女は大怪我をするだろう。
だから俺は全力で受け止める事に決めた。
「おおぉ!!」
気合を入れろ。ここで受け損なって彼女もろとも後ろに倒れれば、俺は後頭部を地面に打ち付けることになる。
普段ならたんこぶ出来るかなで終わるが、今はそれは死亡フラグだ。
宣告には「俺が」滑って転ぶとは言われてなかったんだから。
だから、彼女が持っていたらしい缶ジュースが顔面に飛んでくるが気合で耐える。
ガンッ、どさっ。
「いってぇ」
……ど、どうよ。何とか耐えたぜ。
ちょっとよろけて尻もち着いたのはご愛敬だ。
時計を見れば12時33分。よし、無事に今回も生き残れたらしい。
と、そこで落ちて来た彼女ががばっと顔を上げた。
「あ、あの。助けて頂いてありがとうございます」
「いいって。それより怪我はない?」
「はい、お陰様で。あの、助けて頂いたお礼を」
「あーいいって、いいって。お互い怪我無くて良かったし」
「でもそれでは流石に」
とそこで俺の目にさっき落ちて来た缶ジュースが目に入った。
「ならさ。あのジュース、貰って良い?」
「あ、はい。勿論貰ってください!」
「うん、じゃあ有難く。じゃあな、今度からは気を付けてな」
そう言って落ちていたコーラを拾って講義室に戻る。
「後藤、お待たせ。約束のコーラだ」
「随分遅かったな。5分はとっくに過ぎてるぞ」
「ああ。ちょっと色々あってな。っと、じゃあ俺は用があるから行くわ」
そう言って備え付けの掃除用具から雑巾を取り出して講義室を出る。
誰が水をまいたか知らないけど、階段の水を拭いておいてやらないとな。
それに。
急いで講義室を出た俺の後ろから後藤の悲鳴が聞こえる。
馬鹿め。階段を駆け上がって来た奴が持ってきたコーラをすぐに開けたら噴き出すに決まってるだろうが。
そう思ってちゃんと思いっきり振っておいてやったぜ。
助けられた彼女はその後10分程、頬を染めながら呆然と座り込んでいたとか。
主人公がフラグに気付く日は来るのか!?