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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
インセンティブ
9/22

ビリーブ

 タクト=ハインは《団体》主催の〈育成プロジェクト〉チームの一員として正式に加わった。

 彼に与えられた任務は〈プロジェクト〉に参加する子供たちを育成する為の指導者であった。


 《団体》が用意したカリキュラムを子供たちへ指導をする。タクト=ハインが《団体》から指示を受けたのはそこまでだった。


 子供たちの夏期休暇時期に合わせて、実施される。修了後は《団体》の従事に特化する。と、先の先までを《団体》はタクトに促した。


『特にありません』と、タクトは《団体》幹部との面談で返答をした。

 〈プロジェクト〉が終わっても《団体》に身を置く。拒否をする理由を述べる猶予を設けるなど《団体》にはないと、タクトが判断しての返答だった。


 危険な賭けとも受け取られる、タクト=ハインの行動。

 タクト=ハインは何を思い、何を成し遂げようとしているのか。


 物語は、ロゼ。


 タクト=ハインの『今』の今が刻一刻と、迫っていたーー。



 ***



 ーー大バカ野郎っ!!


 時は夜の帳が下りる刻。何処かの家庭でのひと幕だった。


「お姉ちゃん」

「ほっときなさい」


 姉弟は学習部屋に居た。

 弟は握るペンを開くノートの上に置き、部屋の外から聞こえる罵声について姉に相談を持ち掛けた。


「ビート」

「何だよ、お姉ちゃん」


 姉にビートと呼ばれた弟が渋々と返事をした。


「お母さんが心配ならば、わたしだけ『あれ』に参加する」

「お姉ちゃんだけはお父さんが駄目だって」

「あんただけは駄目と、お父さんがわたしに言ってた」

「お父さん、どっちも行ってこいと言ってたっけ」

「お母さん、私たちに行ってほしくないとお父さんと喧嘩したっけ」


「はあ」と、姉と弟は同時に溜息を吐いたーー。



 ***



 姉弟の母親は固定電話の受話器を乱暴に置いた。

 母親は、先程まで通話をしていた『相手』に怒りを膨らませていた。


 ーー子供たちが心配ならば着いていけ。


『相手』の言い方があまりにも無神経だと、母親は感情を昂らせた。


「あの『バーカ』め」

 母親が突く言葉も自然と乱暴になっていた。


 母親が固定電話で通話をしていた『相手』は夫だった。


 夫の職業は軍人、役職は軍司令官部。

 夫の任務期間中は、夫が家で過ごすことは無いに等しかった。

 夫の多忙な時間を割いての母親との通話。にも関わらず、受話器越しでの口喧嘩。


 我が子が、しかも二人とも『例の件』に引き込まれてしまう。母親が焦心するのは当然だった。

 父親らしい言葉を聞きたかった。我が子を思う気持ちを言葉で聞きたかったと、母親は思いを募ったのであった。


 感情が昂ると、体質上の症状が表れる。

 身体から“力”が粒子となって放出されてしまう。母親は、今まさにその状態となっていた。


 我が子たちには『弱さ』を見せたくない。

 見せれば我が子たちは不安を覚える。


 粒子が放出されている間は自室に閉じ籠る。それでもおさまらない場合は、例え深夜でも家の外に出る。


 誰かの温もりを求めたい。と、思うこともあった。

 あるがままの自身を受け止めてくれる、誰かを求めてしまう。


 ーータクト……。


 もう、求めることは止めたと、母親は“かつて少年だった”者の名を心の中で呟くーー。



 ***



 タクト=ハインは〈プロジェクト〉に向けての研修を受けていた。

 場所は《団体》の研修施設。参加者はタクト=ハイン、ただひとりだけ。


 指導者としての心構えから始まり、期間中での子供たちへの指導内容。そして、実施さながらの実習をタクト=ハインひとりに対して指導員が10人掛りで研修を執り行った。


 研修内容に“力”を活性化させる課程があった。

 体内で蓄えた“力”を特殊な機具に移し、さらに“力”を加工するという技術をタクト=ハインは研修で身につけることになった。


 習得した技術は一般人に公にしてはならないと、指導員はタクトに制御装置を装着させた。


 制御装置はタクトには解除をさせることが出来なかった。

 制御装置にはシステムをコントロールする機能が付いていた。

 解除させるにはパスワードがいる。しかも、タクトには誰がシステムを管理しているのかさえ知らされていなかった。

 研修期間だけでなく〈プロジェクト〉が実施されている期間も制御装置を自身でコントロールは不可能だと、タクトは指導員に釘を刺された。

 異国のおとぎ話を彷彿させるようだと、左中指に填まる制御装置を眺めながらタクトは思うのであった。

 3つの下部しもべを連れて無限の中の永遠の地を目指して旅をする僧侶の寓話で、頭にわっかを填める下部が悪さをする度に僧侶は“念力”を発動させて、下部の頭部を締め付ける。


 ーーもし、強引に解除しようとしたらどうなるのですか。


 ーー行動そのものが完全に抑圧されてしまう。タクト=ハインさん、あなたの思考まで監視されてしまいます。


『“操り人形”にさせる』と、指導員は遠回しに言っているようなものだ。しかし、此処まで来て自身の志しを揺るがすにはいかなかった。


 まだ、じっとするしか方法がない。

 〈プロジェクト〉の真の目的をこの目で視て確かめるまではと、研修施設内に設けられている宿泊施設の部屋にいるタクトは就寝をしたのであった。



 ***



 時は週末の陽が昇る刻。


 姉弟がキッチンのテーブル席で朝食を摂っていた。

「ごちそうさま」と、姉がテーブルの上にフォークを置いた。


「カナコ、どうした」

 母親は、娘が朝食を残すことに堪りかねて口を突いた。

「うん」と、姉は頷いてコップに注がれているミルクを飲み干した。


 母親は娘がキッチンから出る姿を黙って見届けた。


「ビート、カナコは何を思い詰めているのだ」

「僕に訊かれてもわからないよ」


 母親が我が子たちに干渉をすることは滅多になかったが、普段と違う様子には必ず目を向けていた。

 基準は食事の摂取量、特に娘は思春期真っ只中である。食事を強請する発言は火に油を注ぐだけだと、母親は慎重に我が子たちに接していた。


「そうか。カナコはおまえにも本音が言えない何かがあるのだな」


「お母さん、本当にお姉ちゃんのことが気になって堪らないのだね」

 ビートは朝食を平らげ、姉と同じくキッチンをあとにした。


「ビート」と、母親の呼び止めを振りきった息子。

「ふう」と、溜息を吐いた母親は、我が子たちと遅れての朝食を摂り始めた。


 息子の言葉が心に棘のように刺したようだった。


 すっかり冷めた朝食を母親はひとりで黙々と摂る。料理の腕は相変わらず中の下だと、焦げ目が付いたスクランブルエッグをフォークですくって口の中へと頬張らせた。


 我が子たちは週末になると〈プロジェクト〉に向けての合宿で家に居ることはなかった。


 母親は我が子たちに合宿の状況を聞くことはなかった。合宿から帰宅すると速攻に学習部屋に向かう我が子たちの姿を何度も見ていた。


 学業と〈プロジェクト〉に向けての両立。それでも不平不満を我が子たちから聞くことはなかった。


 “親とは”と、母親は握り締めるフォークをテーブルに置いて模索をしたーー。



 ***



 タクト=ハインは《団体》の研修施設で本日から執り行われる『合宿』の準備をしていた。


「タクト=ハインさん、集合だそうですよ」


 指導員の手招きを見たタクトは「はい」と、返事をして作業をする手を止めた。


 場所は講堂。

 タクト=ハインが入って目にしたのは、中央に6名の子供たちが横並びで列を成している姿だった。


 子供たちの顔と名前。

 タクト=ハインは、前もって主催側から渡された証明写真付の名簿で覚えていた。


 シャーウット(12)ホルン=ピアラ(13)

 カナコ(15)は女子。ビート(12)ナバルス(16)は男子。


 タクト=ハインは、残るひとりの男子が誰かを彷彿させると驚愕をした。

 名はハビト。年齢は14と名簿に記載されていたが、証明写真は載っていなかった。

 容姿は透き通る水色の髪と紫色の瞳、肌は色白だが血色が見受けられない。


 似ているが、雰囲気が違う。


『奴』の目付きは凍りついたように、鋭かった。此処にいる男子は見たまんま、物静かな印象。


 タクト=ハインが思い出していたのは大学に休職届を提出する前の出来事だった。その時遭遇したのが『奴』だった。

 以来『奴』姿を見たことがなかった。そのことが、タクト=ハインにとっては不快の気味だった。


 男子と目が合い、タクト=ハインは黙って頷いた。


 タクト=ハインは即、疑念を払拭した。

 今此処で『奴』について考えるのは時間の無駄だと、今から始まる事に集中するのが先決だと、タクト=ハインは考えを切り返した。


 子供たちを護るのが今の自分の義務だと、志しを勇気に変えた。


「タクト=ハイン先生。本日からキミたちの先生として入られます」

 指導員が子供たちにタクト=ハインを紹介した。


 タクト=ハインは指導員の言葉で我に返った。


 指導員が見ていると、タクト=ハインは気付く。そして、息を鼻から吸い込み口から吐いた。


「タクト=ハインです。今まで習ったこと、これから学ぶことを大切にしてもうすぐ始まる〈プロジェクト〉に向けて過ごされてください」


 事実上、タクト=ハインと子供たちの初対面の瞬間だったーー。



 ***



 合宿での課程。週末に子供たちが集まり〈プロジェクト〉に向けての体力を強化するのが主な内容だった。

 平行して〈プロジェクト〉に於いての講習を受ける。


 タクト=ハインはトレーニングウェアに着替えて、子供たちの体力トレーニングの指導を執り行っていた。


「待って」と、タクト=ハインはトレーニングルームでダンベルを持つひとりの女子に声を掛けた。


「何ですか」

 女子はタクト=ハインに動作を止められて、膨れっ面を見せた。


「ただ、ダンベルを振り上げている。それでは腕の筋力は付かない。それどころか、余計に体力を消費してしまう」

 タクト=ハインは女子に指導をする為に、女子の両腕に手を添えた。


「イヤ」と、女子はタクト=ハインの手を振り払う。


 タクト=ハインの顔が厳つくなる。

「自意識過剰」

 思わず口まで突く。


「な」と、女子は赤面した。


「キミは選ばれて〈今回〉に参加すると決めたのだろう。僕だってキミたちを護る義務がある。中途半端な思いで〈今回〉に赴くは危険だと、キミは解っていない」

「まるでわたしたちが、わたしが『旅行』気分のような言い方をしてる」


「ご両親の『あの頃』をキミは知らない。ご両親は『あの頃』で闘った。同じく、ご両親の仲間たちもだ。皆、未来の為に、今のキミたちと同じ立場の未来を護ると、闘った」


 子供たちがタクト=ハインの激昂に驚いたのか、手と足を止めて一斉にタクト=ハインへと振り向いた。


「狭い場所で大きな声、みんながびっくりしちゃったよ」

「誤魔化すのではない」


「仰有ることは解りますが、今の時間は体力強化ですので」

 女子は鼻息を吹かせ、室内に設置されている平均台へと駆けて足を乗せると、前方回転を繰り返した。


「手を止めさせてしまったね」


 タクト=ハインは子供たちに謝ると、トレーニングルームの壁に背中を押した。


 冷静にと、心掛けたつもりだったが堪らず感情が膨らんでしまった。

 タクト=ハインは「はあ」と、溜息を吐く。


「姉が失礼な態度を見せてしまい、申し訳ありません」

「いや、僕がいけないのだよ。それに、キミが謝ることはない」


 タクト=ハインの傍にひとりの男子がいた。


「色々とお話しをしたいのですが、何せ場所と他の子達が気になっているので」

「ははは、そうだったね。キミなりに気をつかっているのだね」


「お元気そうでよかった。特に、母からはあなたのお話をよく聞かされていた」


 タクト=ハインは堪らず顔を火照らせた。


「僕は父のことを尊敬してます。父の言葉は昔から重みが、意味がある。だから、先程『先生』がおっしゃったことが、僕には解ります。父だって同じことを姉に言う筈だと、僕は思いました」


 男子はタクト=ハインにお辞儀をして、トレーニングに戻った。


「バースさん、僕はあなたの生き方が羨ましい」


 時は昼下りの刻。


 タクト=ハインが今でも兄のように慕う男のことを想う瞬間だったーー。

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