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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
インセンティブ
8/22

アンビシャス

『あの頃』が再び訪れると確信したタクト=ハインは『今を護る』を志す。

 強く秘めた想いは思い出と変わり『今』を共にする繋りが“帰る場所”とタクト=ハインは知る。


 物語は、ロゼ。


『今』が今から始まるーー。



 ***


 時は夕刻。


 ある企業の定例会議で集う幹部達がひとつの議題に於いて物議を醸していた。


「つまり〈育成プロジェクト〉開始迄に護送の手配が見込めないと、申しているのだな」

「『見込めない』とは、はっきりと申していません。民間運営機関に交渉を致しましたが、検討中という返答でございました」


 議長は役員からの切羽詰まる報告に訝しい態度として上目蓋を痙攣させていた。


「人件費、運賃、移動中に於ける経費等、こちらの予算内以上に先方が提示をしているのも一理いちりあります」

「各部門から予算の支援は棄却されております」

「当然だ。我々の部門だって年間予算は昨年度より2割減らされているのだ」


 会議室内は騒然となる。

 議長の顔が赤く染まり、肩を震わせていた。


「静粛に」


 議長が声を荒げようと深呼吸をしている最中だった。

 耳を裂くような甲高い声音が室内に響き、幹部達が耳を塞いで口を閉ざした。


「失礼、皆さん。こうでもしなければ、いつまでたっても会議が先に進まないばかりか陽も暮れてしまうかと思った訳ですので」


 高音を発声したと思われるひとりの女性幹部の口の突き様に、男性幹部達は目を細くした。


「“音波の力”で鎮圧をさせるとはな」


「議長、私は好き好んで“力”を発動させたのではありません」

 女性は右隣の席に座る議長から南向きの窓際へと視線をそらした。


 議長は「ふ」と鼻息を吹かせ、幹部達へ顔を向けると、ひとりの男が挙手していたことに気付く。


「訊こう〈電子生物〉部門」

「はい。今我々の部門に於いて開発中である《バイテク》に於いて試験的に実施致しました結果、アクシデントが発生したという現場からの報告を受けました」


「して、その内容は」と、議長は聴くに渋々としたような顔を男性幹部に剥け、議長が厳つい目付きをしていると、男性幹部は身震いをする。


「民間人に“人工力”を、僅かだが回収された」

「です」

「それだけか」

「はい」


 議長は口を閉ざし、幹部達はひとりの男性幹部を室内に残して退室していく。


 時は日没の刻だった。


 その後、男性幹部の姿を見た者はいなかった。


 《団体》の各部門が定例会議を実施しての情況だったーー。



 ***



 タクト=ハインは大学に休職届を提出した。

 説明の順番が逆になるが、タクト=ハイン(もうすぐ32)の職業は大学の講師である。

 事の経緯は大学内での『怪奇現象』がほぼ事実だったと、彼が明確にしたことだった。


 タクト=ハインが大学を休職する理由は、はっきりとあった。

 ある企業が《プロジェクト》を発足させた。タクト=ハインは『あの頃』が再び実行されると警戒し、先回りをするかのように【あの地】の現状を目で確かめた。


 しかし、タクト=ハインはまだ知らなかった。

 自身が【あの地】で回収した“力”をめぐって《団体》内部に一石を投じてしまったことに、まだ気付かなかった。



 本業を休んでまで、タクト=ハインが赴くことはどんなことかといえばーー。



 〔育成プロジェクト 専任講師 契約書〕


 タクト=ハインは自宅にいた。

 書類に必要事項を記入して、最後にサインを記し実印を押捺した。


 提出する先は《団体》の企画部だった。

 添付する提出物は休職前に受け取った学長と教授の直筆サインが記されて実印が押されている委任状。


 提出は直にということで、タクト=ハインは《団体》に直接向かうこととなった。


 移動は交通機関。今は民間人として暮らしている為〈転送装置〉という特殊な機材を携帯するはなかった。


 民間人が〈装置〉を携帯するは【国】の法律で罰則に値する。謂れの理由は〈装置〉を使用した犯罪を防止することにあった。


 タクトはふと、思う。

 移動機具の使用は法律で規制を掛けているが“力”は対象ではないことにだった。


 それでもタクトは“力”を日常の中では発動をせずに過ごしていた。

 だが、発動をさせてしまった。自己防衛の為にではなく、あることで事実を確かめる為にだった。


 そして、今に至った。


『今を護る』為に、敵の懐に入るような方法で赴くタクトであったーー。



 ***



 タクト=ハインは《団体》の本拠地に到着すると来訪の受付を済ませ、ロビーで待機をするようにと案内役に促された。


 タクト=ハインは待つ間にロビーのカウンターに置かれている《団体》が発行した企業パンフレットを一部手にすると、長椅子に座ってパンフレットの頁を捲った。


 〔マグネット天地団の活動方針〕

 ・人々の暮らしを豊かに

 ・社会的貢献

 ・教育環境の充実化

 ・自然を温存


 タクトは《団体》が掲げる方針の項目が記載されている頁に、捲る指先を止めた。


 タクトは3番目の項目に注目をした。

 《団体》が実施に向けて着々と準備をしているだろうの計画も含めている筈だ。自身も〈育成プロジェクト〉に参加する為に講師として赴くを決めた。


 ここ数年《団体》は様々な活動に従事をしていると国民に開示していた。

 しかし、今になって《団体》は新たな企てをしていると、タクトは疑念を抱く。


 《団体》の実情を直に目で見て確かめる。

 場合によっては自ら叩くを実行に移すも可能だと、タクトは野心を抱いていた。


 かつての〈同志〉に頼らず、自身の手で《団体》の企てを阻止する。


 ーー自分から動くことは絶対にするな。


 アルマの忠告を破ることになる。それでもタクトは己の意志を貫くと覚悟をしての行動をすると、頑に志していたのだった。


「お待たせしました、タクト=ハインさん。準備が調いましたので、ご案内を致します」


 タクトはパンフレットの頁を綴じた。

 声の方向にと視線をそらす。


「よろしくお願いします」


 タクトは銀縁眼鏡を掛けていた。ただし、視力を矯正する目的での着用ではなかった。


 眼鏡には“力”を制御する機能が内蔵されていた。謂わば、眼鏡は“力の制御装置”であった。


 ーー身を守ることを怠るな。


 恩師の教授がタクトを思って吐いた言葉だった。そして、眼鏡は教授からタクトに贈られた品物だった。

 今踏み込んだ場所は“力”そのものを応用して様々な分野に取り入れている。念には念をと、タクトは用意周到をして《団体》に踏み込んだ。

 経歴にも同じくだった。

 在籍期間は短かったが『軍』に身を置いていた。

 《団体》は、自身の情報を何らかの形で手に入れているだろう。表向きには『支援要請』を承けて《団体》に協力をする。

 《団体》の技術ならば、人の思考を受信するも可能だとタクトは臆測をする。


 恩師からの贈呈品は、己を守る『防具』と、恩師によって造られタクトに託されたものだった。



 ***



 《団体》の本拠地である地上50階、地下5階の建物。タクトはエレベータが35階で停まったフロアにいた。


「タクト=ハインさんですね。お越しいただいて、ありがとうございます」


「いえ、こちらこそお世話になります」


 タクトは出迎えた《団体》職員に深々とお辞儀をした。


 容姿は清楚。肩までの長さの黒髪をひとつに縛り、服装は黒のジャケットとタイトスカートに白のブラウスで、履く靴は黒のパンプス。


 外見は女性。しかし、此処は《団体》の本拠地。油断と隙は与えてはならないと、タクトは掛ける眼鏡のフレームに指先を添えた。


「素敵なデザインですね」

 職員はタクトが掛ける眼鏡について讃えた。


「ありがとうございます。あなたの姿がより一層に美しく見えるほど、この眼鏡は僕の一部分となっております」

 タクトは眼鏡のフレームから指先を離した。


「お口が上手な方と、此方は受けとりますよ」

「構いません。でも、あなたほどの方をお相手が見逃すなんてのは、まずないでしょうね」


「遠回しのお誘いですか」

「いえいえ、僕には決めた相手がいます。だから、僕が言うことに無理をして合わせないでくださいね」


「残念。だけど、此れからはあなたとは嫌でもお顔を合わせる機会が増えることでしょうね」


 タクトは建物の一階層にあるエントランスを吹き抜けから目を凝らして見下ろし、職員の歩く姿を追ったーー。



 ***



【企画部】


 タクトが職員に案内された入口に、部署が記されたプレートが掲げられていた。


「部長、タクト=ハインさんをご案内致しました」


 タクトは職員と共に室内に入った。正面にカウンターが備えられており、部屋に狭しとデスクが並べてあった。


 タクトは職員が声を掛けた部長と一度目を合わせて会釈をすると、部長と共に部署の面談室の扉を潜った。


「ようこそ、おいでになられた」

 部長はタクトと挨拶を交わし、室内にある座席に座る。


 タクトは部長へと、持参した書類を提出する。


「タクト=ハインさん。此れで正式に《プロジェクト》チームの一員となります。先ずは《プロジェクト》に向けてのカリキュラムを説明致します」


「よろしくお願いします」と、タクトは椅子に腰掛けたまま、お辞儀をした。


 部長はタクトに〈育成プロジェクト〉の資料冊子を渡し、椅子から腰をあげると室内に備えてあるホワイトボードの側へと歩み寄った。


「〈育成プロジェクト〉に参加するのは満12才から満16才までの学徒です。定員は6名、タクト=ハインさんには子供たちへの指導者として率先されることをお願いします」


 タクトは挙手をした。


「少人数体制。しかも、年齢層の幅がかなり狭いようですね」

「よいところをつかれましたね〈育成〉をひとりひとりにじっくりと、いうのが我々の理念です」


「解りました。では、説明の続きをよろしくお願いします」


 こうしてタクトは部長の説明を長々と、回りくどく聞かされることとなった。


 タクトは〈プロジェクト〉に於いての説明を筆記での記録をした。


 ・実施期間は子供たちの夏期休暇時期。

 ・〈育成〉の養成と平行して、子供たちが本来受ける学習内容も指導を行う。

 ・指導者は〈プロジェクト〉修了後も《団体》の従事者として務める。


「ーー以上〈プロジェクト〉に於いての説明でした。ご不明な点があれば、今のうちに提示されてください」


「いえ、特にありません」


 時は日没の刻だった。



 一方《団体》の幹部達が本拠地のある一廓に集っていた。


 ーー【国】への“路”は『例の頃』で〈国の民〉によって封印されたままです。


 ーー案ずるな。


 ーー『あの者』を呼び寄せたまでは良いが、我々に忠誠を誓うまでは到らないかと……。


 ーー我が《団体》の手中に身を置いているのだ。嫌でも『例の組織』は動かざるを得ない。


 ーー〈プロジェクト〉はカムフラージュ。我々の真の目的は今一度【国】で事業を展開させることだ。


 ーー《バイテク》の製品化には【国】の資源が必要不可欠。


 ーー我々の暮らす大地も含めて世界の国々を統轄させる。国は世界にひとつだけを我々が築く。


 ーー天と地を繋ぎ合わせる。



 タクト=ハインはまだ、知らなかった。

 《団体》内部で国家までも揺るがしかねない野心を企てていることに、まだ気付いていなかったーー。

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