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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
廻る、空の想い
6/22

今が始まる〈前編〉

 気候は快晴。吹く冷たい風が僕の火照った頬を拭って粗熱を取り除いているようだと、気取ったことを心の中で呟いた。

 陽射しが眩しく、僕の目は眩んでいた。僕は目の眩みを治す為に、通り過ぎた街路樹に引き返して木陰へと足を踏み込んだ。


 ひとりで外出しての休日を過ごすのは久しぶりだった。


 休日に限って、いつもではなかったが自宅に誰かを招いていた。

 嫌ではなかったが、僕の自宅なのに気を許せない場所になりつつあると、感覚が段々と麻痺しているようだという煩悩が僕の中で膨らんでいた。


 僕は左手首に巻く時計の時刻を確認した。

 約束の時間まで余裕がある。

 僕はまた、強い陽射しが照らされている路を歩く。


【イエローサンド】駅に着く。


 約束の場所へと移動する為に、僕は駅に着いた。駅舎の中に入った僕は、改札口の真上に掲げられている電子掲示板を見上げた。行き先に向かう列車の発車時刻が迫っているとわかり、交通機関を利用するのみのICカードを自動改札機のセンサーに翳し、改札口を通過した。


 “力”は、絶対に使わないと、僕は決めていた。どんなに急ぐ時でも僕は“力”を使わなかった。


 まだ、確信をした訳ではないが、ひとつの臆測が僕の頭の中を占めていた。


 情報が明確でない『今』から身を守る。

 何処に誰がいるかと怯える必要はないけれど、周りを捲き込むは絶対にしたくなかった。


 僕は息を切らせて、列車の扉を潜ったーー。



 ***



 約束の場所への手土産は、花束と決めていた。

 僕は目的地に向かうための路を歩く途中で生花店に立ち寄った。


 花を買うのは慣れていた。

 立ち寄った生花店は、僕の行き付けの店だった。


「いらっしゃいませ」


 店の中に入ると鉢植えが並ぶ棚、花バケツに挿す花の束。

 僕は店の奥に行くために、店狭しと並ぶ色鮮やかな花が挿す器を倒さないようにと、通路を慎重に歩いた。

 辿り着いた先にはレジと作業を兼ねるためのカウンターがあって、店員さんが花の茎を鋏で切り揃える作業をしていた。


「こんにちは。おや、フレリさんはどうされたのですか」

 いつもは、フレリさんという店の店長さんから、僕が買う花を選んで貰っていた。しかし、今日は違う店員さんが店番をしていたことが気になって、つい、訊ねてしまった。


「私でがっかりしましたか」

 赤いお下げ髪で黒縁眼鏡を掛けた店員さんが、鋏を握りしめて刃を広げたり綴じたりを僕に見せていた。


「いや、いや。けしてそうではありませんよ」

 僕は首を横に何度も振って、店員さんの誤解を解こうと懸命になった。


「店長は昨日からイベント会場の飾り付けに行ってます」

「はあ、おひとりでですか」

「同業者も入ってますよ。ひとりだけですけどね」

「イベントは、いつ行われるのですか」

「丁度真っ只中ですね。終わるまで待機をして、片付ける作業もあるから早く帰って来るかまではわかりません」


 僕は買う花を選ぶ、そして束にして店員さんに預けた。


「店長だったらもっと綺麗で栄える飾りかたをされる。すいませんね、お客さん」

「自身を持ってください。立派で素敵な花束ですよ」


 店員さんは、顔を真っ赤にさせていた。


「また、お越しください」


 店の外に出て、僕は店員さんに送られた。


 僕は花束を抱えていた。

 ピンクとオレンジの色が鮮やかな、花びら。


 今から行く、約束の場所にいる人の好きな色の花束を、僕は抱えていたーー。



 ***



【ルクハビレス サナトリウム】


 僕は、約束の場所に着いた。

 此処の空気は清涼で尚且つ瑞瑞しい。訪れる度に日頃吸い込む空気が不味いと比べてしまう程、此処の空気は美味しかった。


 本物の自然が集まっていた。

 創られた自然だったが、僕にとっては本物だった。

 僕は『あの頃』訪れた場所を彷彿させる場所に、いつも心を踊らせていた。


 場所に着いたとはいえ、まだ入口。

 僕が今いる現在地から正面玄関まで徒歩で10分だ。

 石畳の路は曲がりくねっているけれど、所々にベンチが設置されている。腰を下ろすと小川のせせらぎが癒し、足元を見れば愛くるしい仕草の小動物に和まされた。


 時々、人とすれ違うこともあった。

 散歩中の親子連れ、施設内で働いている介護職員。

 そして、車椅子に乗った療養中の人。


 僕が今から会う人は、此処で療養をしている母だったーー。



 ***



 僕は施設のロビーにいた。僕は、待ち合わせをしていた。


「タクト、またせたばいた。案内すっけん、ついてきてはいよ」


 国なまりで喋る、白衣を着たお医者さんが僕を呼んだ。


「ハケンラットさん、お時間は大丈夫ですか」

「あたが気にすっことなか。まずは会いにいくばいた」


 僕は、お医者さんのハケンラットさんのあとをついていった。

 ハケンラットさんが案内した所は、施設の中庭だった。

 薄紫色の花を咲かせる低樹木、踏みしめると草の臭いが清々しい芝生。レンガ造りの脇道が途切れた先に、ガラス張りの温室が備えてあった。


 中に入ると、其処は緑が豊かに生い茂っていた。さらに歩くと、温室の中心に一本の大樹が根付いていた。

 大樹の幹を囲むように木製のベンチが設置されており、昼下がりのひとときを過ごすに相応しい。温室の外からふりそそぐ眩しく、暑くの日光を大樹の枝と葉が柔らかく、穏やかにと調えていた。


「まあ、来てくれてありがとう」

 木製ベンチに腰掛けている朱色のカーディガンを羽織っている女性が、僕の姿を見つけて声を掛けた。


「顔色、良さそうね」

 僕は女性に抱えていた花束を渡した。


「ええ、今日はこうして温室まで歩くをしたの。息切れもちっともしなくて、張り切っていたらハケンラットさんに怒られちゃった」

 女性は僕から受け取った花束の薫りを頬にいっぱい受けて、無邪気な顔を僕に向けてくれた。


「タクトが来るけん自分で歩くとこば見せたかて、おどんがとめっとば聞かんとたい」

 ハケンラットさんは僕に困り果てた顔を見せてため息を吐いた。


「タクト、昼食は食べたの」

「いや、まだだよ。母さんはどうなの」


「では、決まりね。ハケンラットさん、お願い」

 女性は、母はハケンラットさんに手を合わせる仕草をしながら催促をした。


「しかたんなかね」


 まるで小さな女の子のような母、娘の我が儘に仕方なく付き合う父親のようなハケンラットさん。


 僕は、ハケンラットさんの存在に感謝をしていた。

 ハケンラットさんには『あの頃』からお世話になっていた。

 母を【国】から【グリンリバ】に連れ戻してホスピタルに入る時もハケンラットさんは母に付いてくれた。


 ハケンラットさんは、今もこうして母のことを診てくれていた。

 ハケンラットさんだから、母のことが診れる。


 ハケンラットさんは、僕と同じく『あの頃』の【国】の実態を目に焼き付けた人だからだーー。



 ***



 僕たちは施設の食堂にいた。


「美味しかった」と、母が僕に訊く。


「うん、味付けが優しくて満足したよ」

 僕は《アワサラ》魚の照り焼き定食を注文して、食後にレモンティを啜っていた。


「ヒメさん。あた、食がちと細くなったんじゃなかとね」


 ハケンラットさんの言うことが気になって、僕はテーブルの上の、母の前に置いてある膳を見た。

 みっつある食器の中身がまだ残っている。どれもスプーンですくって、フォークを刺しているようだったが、完全に食べきっていないと、僕にでも解った。


「ハケンラットさん、タクトが心配してしまいます」


「うんにゃ、タクトはとっくに困っとるばいた」

 ハケンラットさんは器に入っているお茶を飲みほして、椅子の背もたれに掛けている白衣を右手で持って剥がすと、腕に袖を通した。


「部屋まで歩けます」

「でけん。ヒメさん、今日の行動はこっでしまいにしなっせ」


 母は、車椅子に乗せられて部屋に戻ることになった。


「タクト、あたはこっちばいた」


 母を部屋に連れていき、母が渋々とベッドで横になったまでを見た僕に、ハケンラットさんが催促をした。


 案内された所は、面談室だった。

 僕は椅子に腰掛けて、ハケンラットさんから紙コップに注がれている珈琲を受け取った。


「ハケンラットさん、母はーー」

「言いにっかばってん、聞いてはいよ」


 僕は喉を鳴らして首を縦に振った。



 ーーヒメさん。あたのおっかさんの身体、限界に来とる……。


「そうですか」


 僕は、静かに返事をしたーー。



 ***



 僕の日常は変わらない。学生に講義の弁を務め、終われば雑務を済ませて家路に着く。


 僕は夕食と一緒に滅多に呑まないお酒を、少しだけ呑んだ。

 グラスの中に氷を浮かべた薄茶色のお酒はやっぱり僕の口には合わなく、勿体なかったけれど残りはシンクの排水口へと流し込んだ。


 ひとりで家にいることが虚しい。

 1週間前に母と面会した以来、僕の頭の中はそんな調子だ。


 ベッドの中に潜り込む。でも、寝付けない。

 寝返りをうって枕に鼻を押しあてると嗅いだことがある香りが染み付いているような気がした。


 アルマさんの香りが、残っているような気がした。

 アルマさんのことを考えていたら、程好い眠気がきて、僕はやっと寝ることが出来たーー。



 ***


 朝から生憎の空模様、雨は本格的に降っていた。

 リレーナは大学院で講義を受ける為に、本日の助手の仕事は休みだ。

 今日に限って、人手不足。何故ならば、僕の講義では実習を行うので、僕はひとりで実習に必要な機材や備品等を準備室から何度も運び出していた。

 学生にお願いをして作業の負担を軽くすれば良いだろうが、学生が準備室に入室するにはやたら厳しい条件があるからだ。


 過去に準備室で窃盗事件があった。容疑をかけられたのは学生たち。彼らは否定した、講師たちはそれでも追及をしてひとりの学生が退学に追い込まれてしまった。


 奇妙な噂もあった。


 元学生が亡霊の姿で現れると、いう噂。つまり、大学を去った学生は自ら命を絶った。そして、亡霊となって校内で彷徨い続けていると、いうことらしい。

 現れる時間帯は日によってばらつきがある。夕方の5時だ、夜の8時頃とか、はっきりとした時間で現れることはないと、いうことだ。

 僕は学生たちが帰ったあとも校内に残ることが結構ある。次の日の講義の準備だ、教授の仕事の補佐等がある為にだ。


 噂が本当だったら僕にだって見えるし、声も聞くことができる。


 でも、なかった。


 あくまで学生たちの中での怪談話として語り継がれていたと、僕は解釈をした。


 だったら、よかった。


 僕は、ひとりで準備室にいた。時間帯は既に夜の9時を過ぎていた。

 夜食に昼間購入した《ずんぐり》ミートを挟んだサンドイッチ、紙コップを用意して中にお湯を注ぎ入れて作るポタージュスープを汁物として摂った。


 僕は学生たちから預かったレポートに目を通していた。

 あと、1名分で作業が終わる間際だった。


 ーーミツケタ……。


 最初は僕の空耳かと思った。

 結構気を張りつめて、しかも責任重大の作業を夜遅くまでしていたので疲労が出たのだろうと、思った。


 ーーホシイ……。


 はっきりと、聞こえた。

『見つけた』と『欲しい』と、言っている。

 何を、何を見つけて欲しがっている。しかも、誰かに呼び掛けている。


 何処からだと、準備室には僕しかいないことを確認して、警戒しながら帰宅する為の身仕度をする。


 部屋を出て、準備室に設置されているセキュリティを作動させるパスワードを扉に備えてある機器に入力する。


 廊下を歩こうと、翻したと同時に僕の目の前に蒼白い人の貌が、ぼんやりとしていたが僕に見えた。


 ひとつのある出来事を、先日女学生と面談した時に聞いたことを思い出した。

 女学生も見た、見えたことが僕にも見えた。

 そして、学生たちに語り継がれている話も被らせた。


 あの時、僕の強引な確かめ方で“力”を発動させた女学生は、シーサ。


 シーサがひとりで抱え込んでいたことが、こんな時にはっきりとわかってしまうのは情けなかった。


 僕は今勤めている場所が気に入っている、此処で日々を過ごすみんなを捲き込ませたくない。


 おもいはそれだけだと、僕はひとつの思いを決めた。


 日頃、絶対に使わないと決めていた“力”を使う為に、僕は“力”を制御させていた装置の解除操作をする為に、左手首に巻く腕時計の文字盤に右の人さし指を押しあてた。


「話しは聞くが、場所を変える。返事は『イエス』か『ノー』を選べ」

 僕の中は、僕の全身は沸沸と水が温度をあげるような感覚だった。


 ーー『イエス』だよ。さあ、早くこっちによこしてくれよ……。


「ついてこい」


 僕は全身を蒼く輝かせ、空気の摩擦で息がつまりそうだったが大学の校舎を潜り抜けて『あの頃』の“扉”がある場所へと翔んだーー。

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