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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
廻る、空の想い
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想い、鮮明〈後編〉

 僕は、アルマさんに口づけをした。

 沢山聞きたいことはあったけれど、僕はアルマさんを強く抱き締めた。


「待って、タクト」

 アルマさんが僕のことを止めた。


「やっぱり、恐いのですね」

「そうではない。だけど、少し落ち着きたい」


「僕、夕食はまだ摂っていません。良ければ、一緒にお願いします」


 僕は、アルマさんが着ている服を脱がしていた。薄紫色のカットソーのボタンを外して、緑色のブラジャーのカップに埋もれている胸の谷間に頬を押し当てていた。


「軽めでいいから、付き合う」


 アルマさんの熱くて甘い息を、僕は吸い込んだーー。



 ***



 僕はアルマさんに緑黄色野菜入りのリゾットを振る舞った。勿論、僕も夕食として摂った。


「懐かしい味だ」

 アルマさんが、スプーンですくったリゾットを口の中に含めて言ったことだった。


「嬉しいです。僕がいまだに忘れない味を、アルマさんも覚えていた」

「そして、今となっては遠い思い出」

「『思い出』ですか。アルマさんの中では、とっくに『思い出』になっていたのですか」

「タクト、すまない」

「何故、謝るのですか」


「ああ言えば、こう言う。おまえの癖は、相変わらずだ」

 アルマさんは、僕に苦笑いをしてる顔を見せていた。


「もし、僕が今日遠回りをしていなかったらあなたとは会えなかった。僕に会えなかったあなたを考えたら、怖くなった」

 僕は空になった食器をキッチンのシンクに押し込むと、洗って水切り籠の中に列べた。


「私は、弱いと。私が弱いと、おまえは言いたいのか」


「違うのですか」

 僕は、マグカップに注いだインスタントコーヒーをアルマさんに渡した。


「随分と濃いな」

「安心してください。僕のはもっと濃く淹れています」

「呆れた奴だ」


「話しは、追い追い聞きます。良いですか、アルマさん」

 僕はアルマさんが座る長椅子に移動をして、アルマさんの右隣に腰をおろした。


「先に眠ったらどうするのだ」

「どっちがですか」


 アルマさんは、僕に触っていた。

 僕は、僕に触るアルマさんの手を止めはしなかった。


 ーー越えたい。タクト、今は越えることだけを考えて……。


 アルマさんは、僕に囁いた。僕は、アルマさんを膝の上に置いた。


 最初に唇、次は頬と、僕はアルマさんの肌に唇をつけて這わせる。

 アルマさんは僕にしっかり掴まって、僕の口付けを受け止めてくれた。

 嬉しくて堪らないと、僕の心は震えていた。


 僕は、アルマさんを連れていった。

 僕はアルマさんのそのままを見たくて、アルマさんと一緒に僕が使う寝室のベッドへと横になった。


 部屋の明かりは橙色に灯される間接照明。

 アルマさんの素肌を見るために、僕はアルマさんが身に纏う服のすべてを剥がした。


 僕の指先は、アルマさんのなだらかな肌のふくらみを撫でていた。

 柔らかくて、あたたかいアルマさんのふくらみを僕はそっと、右手でひとつずつ包み込んだ。


「あ」と、アルマさんが唇を震わせる。

 アルマさんの振動が僕の指先から全身へとくまなく伝わり、僕の高揚が昂る。


 アルマさんは、僕を見ていた。

 僕はアルマさんに見られてしまった。


「いい顔をしちゃって、そんなにいい顔をされてしまったら、私はどうすればいいの」


 アルマさんは僕の恍惚とした顔を、恍惚とさせていた顔を僕の上からじっと、見ていた。


「あなたこそ、大胆ですよ。僕のことを必要以上に昂らせてしまったのですから」


 僕たちは、肌と肌を合わせていた。

 僕はアルマさんをうつ伏せにと、向きを変える。

 綺麗な背中、絞りこんだ腰。僕は、目で逐った。すらりとした腕と細長い手先、曲がりに無駄がない脚と滑らさを保った足先。僕は、指先で触れた。


 僕は今、アルマさんを抱いている。

 アルマさんの呼吸を、僕が吸い込む。


 僕たちは、何度も口付けをした。お互いの肌に、唇を這わせた。


「どうしたの」

 アルマさんは、僕がアルマさんの扉を開くことを待っていた。


「辛かったら、止めます」

 僕は、アルマさんに訊いた。


「何を言っているの」

「勿体ない」

「可笑しな言い分」


 アルマさんは綺麗。アルマさんは柔らかい。


 アルマさんは、女の人だった。

 アルマさんは、僕にとっては勿体ない位の女の人だった。


 漠然が、確信に換わった。

 時の向こうに置いてきぼりをした『あの頃』の僕が欲しかったのは、女の人のアルマさんだった。


「タクト」

「はい、アルマさん」


 ーー心配しないで、私の中で呼吸をしなさい。


 ーーはい……。


 あたたかいアルマさん、やさしいアルマさん。


『あの頃』の僕は、アルマさんの中にいた。


 アルマさんを、アルマさんが欲しい理由を考えるものの、上手く言葉に出来なかった。

 アルマさんの中では、僕は『あの頃』の僕だった。


 僕の高揚を受け止めるアルマさん。僕の高揚をアルマさんに預ける僕。

 嬉しい筈なのに喉が渇くような、どんなに喉を潤してもすぐに喉が渇くようだと、アルマさんを抱き締める僕。


 僕は欲しかった。

 僕はアルマさんが欲しかった。


 僕の勝手な、アルマさんを欲しがる言い分だったーー。



 ***



 僕は眺めていたかった。アルマさんの寝顔、アルマさんの素肌を僕はずっと眺めていたかった。


 しかし、アルマさんは寝起きが悪かった。


「睡眠中だ」


 アルマさんは僕を睨み付けると、僕に背中を向けてベッドに敷いて掛ける布団の中へと潜り込んだ。


 アルマさんは、完全に僕の家で普段の自分を曝け出している。と、僕は思った。


「朝食」

「冷蔵庫に用意している」


 絶対に、僕のことを誰かと間違ってる。

 可笑しくて堪らなかったけれど、ほっとくわけにもいかない。


 僕は強行突破を始めた。

 布団の裾からはみ出ているアルマさんの足の裏を右の指先で擽らせると、いう手段を選んだ。


 確かにアルマさんは起きた。



「幼稚なおっさんだ」


 胸にぐさりと、尖ったものが刺さったような感覚だった。

 アルマさんは、僕の起こし方に腹を立てていた。


「容赦なく、でしたよ」

 僕はアルマさんに蹴られた額を氷嚢で冷やしていた。


「鈍ったな」

「いえ、鈍ったとかの問題ではなく、僕は日頃“力”を制御しての生活をしていますので」

「あくまで、一般人。そう、言いたいのだな」

「アルマさんは、どうなのですか」

「『バーカ』の所為で、時と場合には解放させている」


「普通に暮らしている人から見えないところでですか」


 アルマさんは、黙ってしまった。

 リビングルームの長椅子に座って黙っているアルマさんは、僕が淹れた珈琲の器を持ったままで顔を哀しそうにさせていた。


「タクト、おまえの周辺で何か動きがあったか」

 アルマさんが、やっと口を開いた。


「内密厳守を」

「承知。開示を頼む、タクト」


 僕は、ここ最近の。いや、その前からであるだろうの、僕が勤務している大学内での状況の話しをしたーー。



 ***



 僕の話しを聞いたアルマさんは、息を大きく吐いた。


「タクト、自分から動くことは絶対にするな」

「はい」


「不審な動きをして見せる奴が現れても同じくだ」


 僕は、アルマさんに返事をすることが出来なかった。


「どうした、タクト」

 アルマさんが、僕にきつく訊ねた。


「いえ、何も。ただ、大切なものを失ってまで、自分を大事にすることは出来ません」

 僕はリビングルームの窓が閉まるバルコニーへと移動した。


「《団体》は、とっくに目をつけていた。おまえと、そしてーー」

「ええ、アルマさんもよく存じている『あの子』だと、僕も思います」

 窓を開けると、吹く風に混ざった草の臭いが僕の鼻腔を擽らせる。


「タクト。今、近くで『あの娘』を見守ることが出来るのはおまえだけだろう」

「僕は、アルマさんも辛い立場だと察してます。だって、ふたりのお子さんの『お母さん』ですからね」


「《団体》主催の〈プロジェクト〉は、子供たちの夏期休暇に入ったら実施される。土日は、研修と称して合宿が執り行われている」

「なるほど。だから、アルマさんは家を留守にすることも出来た、と」


「『バーカ』は、軍施設で任務に掛かりっきりだ。ここ一ヶ月は、奴の顔を見ていない」


 アルマさんは、自分でも気付いていない。

 強がりな態度を示すのは、アルマさんの昔からの癖だと、僕は知っていた。

 アルマさんのことを本当に抱き締められるのはバースさんだけだと、いうことも同じくだ。


 僕は、嫉妬した。

 男らしくないが、僕はバースさんが羨ましかった。


「僕、バースさんに殴られてしまいますね」

 僕は、精一杯の嫌味をアルマさんに言ったーー。



 ***



 僕の日常は普通だった。

 時間から時間までの『仕事』は、僕にとっては当たり前だった。


「失礼します」


 指導室の出入口で、ひとりの女学生が深々とお辞儀をしていた。


「エアコンの温度、下げようか」


「いえ、大丈夫です」

 女学生は、顔を火照らせていた。


「ああ、席を外さなくていいよ」

 僕は、指導室から出ていこうとしているリレーナを呼び止めた。


「あの、今日は早く帰らないといけないので」


「時間はとらせない。ただし、キミがちゃんと話しをしてくれるならば、だけどね」

 僕は、テーブルの上に置いていた紙コップの中身を女学生へと振りまいた。


 僕は、見逃すをしなかった。


 女学生は目蓋を綴じて、直ぐに開いた。蒼い瞳が、深い緑色に変わる瞬間を僕は見た。


 僕が撒いた紙コップの中身の水滴は、女学生の目の前に表れた透き通ってる薄い緑色の壁に吸いとられ、あっという間に蒸発をした。


 女学生は僕のことを見ていた。


 目に涙を溜めて、僕のことをしばらく見つめていたが、涙の滴が頬を濡らす。


 僕が女学生に向けて撒いた飛沫が残るテーブルの上に、女学生が溢した涙が幾つも滴って飛沫と混ざっていた。


「タクト『先生』やり過ぎ」

 リレーナが僕を睨んで、泣きじゃくる女学生の背中を擦っていた。


 リレーナに怒られて当然だ。

 僕は、女学生の“力”がどのような状態かを確めたく、案の定女学生を泣かせる程のやり方をしてしまった。


「『先生』わたしは、わたしはーー」

 女学生はやっと泣き止んで、僕を呼んでいた。


「僕の方こそ、気付くのが遅かった。キミの“力”を強引な手段で解放させたことにも謝る。でも、今まで本当のことを黙っていた理由を、キミから訊きたかった」


 女学生は涙で濡れた頬をハンカチで拭っていた。


「リレーナだったら、大丈夫だよ」


 リレーナを見ていた彼女が不安げな顔をしていたので、安心をさせる為に掛けた言葉だった。


 そして、彼女は語り始める。


 彼女が言うには、遡ること半年前の寒い日。大学校内の階段を昇っていたがあと一段で昇りきるところで足を踏み外し、体勢の平均感覚を崩してしまった。


 階段から転落をする寸前で“力”を発動させた。

 自身に被せた“力”によって、転落時の衝撃は免れた。

 今一度、階段を昇ろうと床から立ちあがり、一歩前へと右足を踏み出した。

 後ろを見ると、青白い顔をした知らない相手がいた。


 見た目は少年の『見つけた』と、呟く声が恐くて堪らなかった。と、彼女は肩を震わせて語りを終えたーー。



 ***



 彼女を帰したあとも、僕とリレーナは指導室に残っていた。


「『あの子』嘘は言っていないわ」

「解っているよ。ああ、リレーナ。ちょっと、たんま」


 リレーナが、僕の首筋に生暖かい息を吹き込んだ。


 僕は、リレーナに誘われた。

 直ぐにでも応えたいが、僕はまだ両手が塞がっている状態の為に、どうすることも出来なかった。


「『記録』は、万が一の為に残す。証拠としていつでも突き出す覚悟をもっての、作業なのね」


「ああ。今、僕が出来る範囲内だけどね」


 僕はノート型電子機器に数分前まで此処にいた彼女が語ったことを“力”の記号と活字を混ぜて入力していた。


「怖くないの」

「恐いに囚われたら、僕は臆病者扱いされてしまう」


「勇ましいね」


 僕が身に纏うワイシャツのボタンを外すリレーナ。

僕のことはお構い無しと言い表している証拠に、リレーナはブラジャーとショーツ以外の服を脱いでいた。


「キミのどこを重点的にしたらいいのかな」

「内緒」


 僕は『作業』を漸く終らせた。


 僕は息を熱く吐く。

 リレーナは笑みを溢して僕の剥き出しになった胸板に口付けをする。


 リレーナの舌の先が、僕の胸板を何度も突いては這う。

 僕の抑揚が、昂る。

 僕は、リレーナをテーブルの上に乗せる。


 僕はリレーナの素肌を見つめて、僕の素肌をリレーナの素肌に着けた。


 ーータクト……。


 リレーナの甘い声、さわり心地が良い肌。


 ーー僕はまた、女の人を抱いたーー。





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