時、轟く
光は風に混じり、吹かれて弾け飛ぶ。
紅い風と呼ばれる列車が目指す大地は何処ーー。
***
「時計、止まった。ナルバス、電池持っている?」
「ない。シャーウット、僕に訊ねること間違っている」
「いつもは『僕は』を強調してる態度の癖に、偉く弱気な言い方ね」
《学習、娯楽室》である車両では、集われた子ども達が時を刻むを止めた小型機材を巡って言い合っていた。
「ふたりとも、落ち着きなさい。タクト先生に訊いてみたらいいでしょう」
カナコは睨み合うナルバスとシャーウットの間に入り、双方の腕を掴む。
「カナコ、先生は体調を崩して休んでいるのだろう。それに何でもかんでも『先生』に頼っていたら先生が疲れるだけだ」
「へえ。ナルバスに思いやりがあったなんて、天変地異が起きるわ」
「冷やかすな。僕は当たり前のことを言っただけだ」
ナルバスはカナコの掴む掌を振り払い、車両の出入口へと翻した。
「何処に行くの?」
「備品の管理は先生がしている。どっちみち、払い出しをお願いするしかない」
ナルバスは訝しげなカナコと目を合わせず、手動式の扉を開いたーー。
***
タクト=ハインがいたのは、5両目の個室だった。
〔列車は順調に走行。最初の停車地は未確認の大地。原住民らしき住民からの情報によれば【忘れられた大地】と呼ばれる地。護送任務優先の為に、調査は割愛とした〕
タクト=ハインはデスクで日報を書いていた。
インクを浸してのペンで、A4サイズの罫線が入っている帳面に記すをしていた。
ーー先生、お休みのところ申し訳ありませんがご相談したいことがあり、参りました。
扉を3回ノックする音に混じって、少年の声がする。
「ドア開いているから、入っておいで」
タクト=ハインはペン立てにペンを挿して、帳面を閉じた。
「先生、お加減は?」
ナルバスはタクト=ハインの顔を見て恐る恐る訊ねる。
「僕が何だって?」
「みんなの間では、先生の体調がすぐれないと……。」
「ははは。そんな大事になっていたとは知らなかった」
「笑い事ではないですよ。出発早々、先生が僕たちと顔を合わせないとなれば、先生に何かがあったとしか言いようがないのです」
「僕と会わない? どれくらい、時間が経っていたかわかる?」
「全然です。列車が【サンレッド】から発車して間もなくみんなが持っていた時計が止まった。車内にあった置時計も止まってしまって、でも、電池式だから先生が電池を含めての備品を在庫管理されているから、こうしてお願いに伺ったのです」
「そうか。やっぱり、か」
「先生?」
「ごめん、電池だったよね。倉庫車両にあるはずだから、探してみるよ」
「僕は《学習、娯楽室》に戻ります。先生、持ってきてください」
ナルバスが部屋から出たあと、ひとり残るタクト=ハインは「はあ」と、溜息を吐く。
デスクの長引き出しを引いて、奥に収めていた錠がパスワードロック式の小箱を取り出す。
《あの頃》は、当時の《陽光隊》の隊長が倉庫車両を管理していた。備品等の在庫確認の際は隊長から預かったシステムキーで扉の開閉をするのが規則だった。
日用品、食糧、飲料水。目的地まで備蓄が保てるかを2名体制と日替り交代制で確認しなければならなかった。
今回は、タクト=ハインひとりで倉庫車両の管理をする。さっそく、倉庫を開けることになった。やや気重だが、これも任務のひとつだと言い聞かせ、小箱の錠にパスワードを入力して解除させた。
そして、小箱の中から取り出した“鍵”を握りしめると、倉庫車両へと向かっていったーー。
***
倉庫車両は3両目にあった。
タクト=ハインは扉の開閉をするために、持ち出した“鍵”を作動させた。
“鍵”は扉に設置されているセンサーに反応するのが、倉庫車両の扉の開閉の仕組みだった。
〔パスワードを入力してください〕
同時に扉に施されている機材の電源を入れると、表示画面にメッセージが表れた。
ーー時計が止まった。
ナルバスはそう言って、タクト=ハインに電池を頼みにやって来た。
さらに経緯を辿れば、列車が走り出したとたんに子ども達が持参した時計が止まった。
ナルバスの言い分は出鱈目ではない。タクト=ハインは証拠と証明できる、いつも身に付けている腕時計を翳した。
時を指す2本の針が、時計盤の中で右へ左へと高速で回転し続けている。ずっと見つめていたら目が回りそうだと、タクト=ハインは腕をおろす。
さて、本題だ。と、タクト=ハインは倉庫車両の機材にパスワードを入力すると朱色で六角形を型どる“鍵”を鍵穴である窪みに填めた。
〔入室できます〕
メッセージが表れ、引き戸式の扉の取っ手を握り締め、右へと滑らせた。
出入口の左に設置されている照明灯の電源を入れて室内が明るくなったのを確認すると、倉庫に入り扉を閉める。
いざ、お目当ての品物を探す。しかし、タクト=ハインは棚に置かれていた〔電池〕のラベルが貼られている箱から手を離した。
「電池の型、聞いていなかった」
独り言を呟き、ナルバスが待機している学習、娯楽室に向かうために倉庫車両を出ようとした。
「え、そんな……。」
タクト=ハインは焦っていた。握る扉の取っ手を持ったまま、押しては引くを何度もした。
「そうだ。鍵だ、鍵はーー」
タクト=ハインは扉にある筈の錠を確認する。
「内側には、付いていない?」
壁も見た。外側にはある施錠のシステム機材が見当たらない。
「ははは、困ったね……。いや、黙っていても仕方がない」
深呼吸を繰り返し拳を握り締め、歩幅を一歩左右に開く。
タクト=ハインは「ふう」と、息を吐きながら拳をゆっくりと翳し、扉の前で姿勢を正した。
「さん、に、いち」
息を頬に溜めて、顎を引く。
ーー助けてぇええーーっ!
倉庫車両の倉庫内で、タクト=ハインの絶叫と扉を何度も叩く音が響き渡ったーー。
***
一方《学習、娯楽室》ではーー。
「ハビト。いつも顔色が悪いけれど、一段と顔色の悪さが増しているわよ」
「ピアラ、ボクは虚弱体質ではない」
ハビトはホルン=ピアラの言い方に少しばかり感情的になっていた。
「はい、ハビトは救護室行きに決定。ピアラは付き添いでいってらっしゃい」
カナコはふたりの腕を掴むと、車両の出入口へと引きずるをして出した。
「ビート、綴りが間違ってるよ」
外国語を自習するビートに、ナルバスが言う。
ビートはナルバスに向けて顔を顰めた。
「なんだよ、何が気に入らないのだよ」
ナルバスは、ビートの視線に反応するかのような言い方をした。
「息抜きに、食堂車両で飲み物を飲んできます」
ビートは腰掛ける椅子から離れる。そして車両の扉を開いて出ると、激しい音を響かせて閉じた。
「子どもは、やっぱり“子供”ね」
カナコがナルバスを険悪な眼差しで見ながら《学習、娯楽室》から出ていったーー。




