銀の蜃気楼
カナコは車窓の外を見ていた。
タクト=ハインが列車から降りて時間は随分と経っていた。証拠に、辺り一面が漆黒となっている。
タクト=ハインが列車に戻ってくるまでは、発車はしない。運転技士のマシュは約束をした。
カナコは〈プロジェクト〉のメンバーにはタクト=ハインが列車内にいないことを黙っていた。幸か不幸か、メンバーは誰ひとりもタクト=ハインの話題をしない。
不安は、あった。
タクト=ハインが列車に帰って来なければ、残るメンバーだけで【現地】を目指す。
メンバーのリーダー的には最年長ナルバスだが、カナコにとっては頼りない存在だった。
理由は、ナルバスの会話が矢鱈と自慢気で執拗に長い。そして、上から目線というような態度。
自然と、溜息がでる。
癪だが“大人”がいないと何も出来ない。と、カナコは思った。
「タクトのバカちん。さっさと戻ってきなさい」
ひとり言さえ突いてしまう。と、カナコは苛立っていた。
「て、何でわたしがタクトを心配しなければいけないのよっ!」
カナコは下唇を噛み締めて、列車の通路を右足で1回踏みつけた。
「あっちは『おじさん』だし、性格だって面倒臭いし、全然相手になんて……。してくれるはない」
カナコは、目から溢れる涙を拭わなかった。
「タクト、帰ってきて」
カナコは車窓に額をつけて、声を震わせた。
足元でかつん、と、物音がした。
「あ」と、カナコは目で逐う。
ーー宝箱にしまっとけ。
遠い過去で、父親が言った。
「タクトに持たせればよかったかもね」
カナコは掌で拾う。
宝石、それとも鉱石。
カナコは象の素材が今でもわからないが、父親の言いつけを守っていた。
翠の目が鮮やかな銀色の狼。金と銀の星を彷彿させる装飾を囲むのは宇宙のような紺。
極めつけは、翠に透き通る深紅と朱色。そして、薫る風を思わせる蒼。
象は蒼白い光を輝かせ、カナコのまわりを朧に照らしていた。
カナコは、ふと、思った。
タクトは帰る路に迷っているかもしれない。
今、手にしている象の明かりを灯火にしたら、タクトは道標にしてくれるかもしれない。
カナコは、運転室へと向かった。
「駄目、駄目。タクトが戻って来るまで、キミを含めてのみんなは列車で待機が約束だ。タクトだって、そう言っていただろう」
「外の景色が見えないの? あんな真っ黒な場所でどうやって方向感覚を研ぎ澄ませるのよ」
カナコは、運転技士のマシュと口論となっていた。想像はしていたが、頑なマシュの態度に業を煮やしていた。
「だからと言って、カナコがタクトを迎えに行くは危険だ。キミに何かあったらキミのご両親に怒られるのはボクだ」
「いくじなし」と、カナコは眉を吊り上げた。
「無茶苦茶だ。いや、何を言われようが、絶対に列車から降りるはさせない」
「私たちが降りられないならば、マシュがタクトを捜しに行けばいいのでは?」
マシュの顔が、瞬時に青ざめた。
「どうなの、どうするの?」
カナコは腕を胸元で組んで、マシュを睨んでいた。
マシュは運転室の天井、床、座席の前に設置されている計器類へと目で追っていた。
「思いっきり『ノー』と、いわんばかりの様子に呆れたわ」
カナコは溜息を吐いて、首を横に振った。
「ボクは、ボクは……。」
「ぶつくさはいいから、乗降口を開いてよ」
マシュは指先を震わせて、乗降口の開閉スイッチを押した。
「時間の無駄遣いよ。わたしはタクトを直接捜しに行くとは、ひと言も突いてないの」
「はあ?」と、マシュは困惑した顔つきをカナコに剥けた。
「“銀の蜃気楼”が、タクトを導いてくれる」
カナコは運転室を出て、近くに見えた開く乗降口から軽やかに地面へと降り立った。
漆黒と静寂。カナコは見る、耳を澄ます。
列車から16歩と離れて、佇む場所で掌の中にある象を見つめる。
月明かりのような、蜃気楼を思わせる輝きだと、カナコは目蓋を綴じた。
「“銀の狼”さん、あなたの“光”を貸してね」
カナコは目蓋を開き、象に語る。
涼やかな風と銀色の瞬き。カナコの全身に吹かれ、照らされる。
銀色の光の帯が螺旋状で空中に舞い上がり、光は漆黒を銀に塗り替えるように空を染める。
カナコは見つめていた。
舞い上がった光の帯が地上に下りて、雫のように散る光の欠片を見つめていた。
散った欠片がひとつ、ひとつとカナコの目の前で集まり狼にと象らせ、再び散る。
銀色の霧が現れ、カナコは霧の中央へと目を凝らす。
カナコは「ほう」と、笑みを溢した。
父親がいつも語っていた思い出と同じ、青銀の髪と翠玉の瞳。
ロト。
またの名を“SILVER・WOLF”と呼ばれた伝説のエスパー。
「道標を、キミが翳した。で、良いのだね」
霧が晴れて、カナコが見る姿がはっきりと見えていた。
「お父さんは、いつも話していた。あなたがちゃんと此処に来れるように、道標を宝箱に入れときなさいと、言っていた」
「『お父さん』? キミは、タクトの娘なのか?」
カナコは「ぷ」と、吹き出し笑いをした。
「違うの?」と、ロトは困った顔をカナコに見せた。
「わたしのお父さんはルーク=バース。お母さんはアルマ。そしてわたしはカナコよ、ロト」
「あ」と、ロトは何かを思い出したような顔つきになった。
「覚えていたんだ。でも、さっきロトが言ったこと、タクトが聞いたらどんな反応していたのかと想像したら、ちょっと愉快になっちゃった」
「本人には、黙っといて」
ロトは噎せて、咳払いをした。
「話すは、全くないわ。でも……。」
「ああ、俺だってこの世界で何かが起きていると、感じていた。いざ、行こうとしても跳ね返されて辿り着けなかった。そんな最中、俺は“光”を見つけた。そして“光”の中に入り、こうしてタクト達がいるこの世界に来ることが出来た」
俯いて肩を震わせるカナコに、ロトは穏やかに言葉を掛けた。
「タクトを、助けて」
「勿論だよ。あとは俺に任せて、キミはタクトの帰りを列車で待っていなさい」
「ロト、ひとりで?」
「ちゃんと、道標は照らされている。迷うことはないよ」
カナコは掌中で青銀の色を輝かせている“象”をロトに見せた。
カナコはロトに持たせようと“象”を差し出すが、ロトは首を横に振った。
「行ってらっしゃい」
カナコは、青銀の光の粒を散らして飛翔したロトを見上げていた。
夜空を翔る星の欠片、一条の光。
カナコは光の先を目で追ったーー。
***
一方、本来の“器”を取り戻したタクト=ハインは途方にくれてた。
真っ暗で方角がわからないと、転がる岩石に腰を下ろしていた。
陽の光が大地を照らしていた筈だった。
しかし、元の姿に戻ったのと同時に気づいたのは辺り一面が漆黒に染まって、光の瞬きさえ見つけるのが困難だった。
列車の位置もわからない。
“転送の力”を発動させるにしても、空腹と喉の乾きで体力が消耗している。そんな情況で“力”を発動させれば、移動中で考えられるのは。と、諦めるを選択した。
この大地は、昼と夜があるのだろうか。だとすれば夜明けを待つのが賢明だと、タクト=ハインはその考えに辿り着いた。
ズボンのポケットに手を入れる。食糧の代わりになる物が入っていればと淡い期待をするが、アルマのメッセージが記された用紙のみだと気付くと落胆した。
“輪っか”が外れていた。
左中指の締め付けていた感触から解放されたと、喜べなかった。
待ち受けるのは自身の思考、行動に関係なく《団体》に操作される。
〈プロジェクト〉開始前に《団体》はタクト=ハインを監視する為に“輪っか”を填めた。
さて、いつまで『自分』でいられるのだろうか。
タクト=ハインは、岩石に腰を下ろしていた。
空腹と喉の乾き、今後の自分。
タクト=ハインの頭の中は、豪雨と突風の状況下のようになっていた。
眠気も加わっていた。
「リレーナ……。」
せめて、夢の中では愛おしいと想う人に逢いたいと、目蓋を綴じ掛けた。
ーー起きろ、タクト。
額に弾く衝撃。タクト=ハインの目蓋は瞬時に開く。
「そうか、僕はとうとう自分ではどうすることも出来なくなった。その迎えだね?」
「寝ぼけるなっ! そして、何の意味で言ってるのか理解出来ないっ!」
はっきりとした声に、今度は頭の天辺に叩きつける衝撃。
「……。ロトくん、久しぶりに会うにしては、荒い扱いだよ」
「デコピンとチョップ。俺だってやりたくなかったが、おまえを起こす方法はこれしかないと、判断したからだ」
「ちょっと、恥ずかしかったの?」と、タクト=ハインは笑みを湛えた。
「雑談は、あとでじっくりとする。タクト、おまえを苦しめている根を俺が枯らす。だから、此処でじっとしてろ」
「え?」と、タクト=ハインは困惑した。
「俺が出来るのは、そこまで。先はおまえが成し遂げる。この世界の今を護るのはタクトだと、俺はーー」
「ありがとう。十分な理由だよ」
タクト=ハインは、ロトと呼んだ少年に右手を差し出した。
ロトは微笑み、タクト=ハインと握手をする。
そして、全身を銀色に輝かせると光の粒を散らして漆黒の空へと飛翔した。
「ロトくん、ごめんね。キミを、僕のことで捲き込んでしまった。でも、でもーー」
ーーキミが僕の友達になったことは、ずっと忘れていなかった。今でも、憶えているキミとの思い出は、僕の中でいつも温かかった……。
タクト=ハインは、溢れた涙で頬を濡らしていたーー。
***
息が詰まる風圧と眩い青銀の閃光。
《マグネット天地団》の本拠地である建屋内部で繰り広げられる光景だった。
天井、通路に手と足を付けて、駿足する少年を取り押さえようと《団体》の警護部集団は懸命になっていた。
ロトは地上階層、地下階層の警護網を突破した。
ロトは探していた。
タクト=ハインを苦しめている根を枯らす為に、ロトは《団体》の本拠地に入り込んだ。
絶対に、タクトを縛る根元を絶つ。
奴らはタクトを括っていた“道具”が消滅したことに気付いている。と、いうことはーー。
奴らが動く前に。と、ロトは探した。
瞬間移動を繰り返し、迫り来る《団体》の一味を蹴散らし、ついに“根元”を発見した。
ーー凄いね、軽々と此処に着いた。
凍りつくような声色と拍手。ロトは耳を澄ませながら、翠玉の瞳を音がする方向へと剥けた。
「呑気な歓迎だ」
ーーキミを迎えたとは全く思ってないけれど、此方にとっては、好都合。ボクは、思いっきりモノに出来る。
ロトは声に反応をして、頬を痙攣させた。
「タクトを、か?」
ーーボクは《団体》の“人形”だ。でも、自分の意思はある。ボクの考えが《団体》にバレたらボクはきれいさっぱりと消されるだろう。
「おまえの行く末には興味はない」
ロトはきっぱりと、目の前にいる“相手”に口を突いた。
ーー冷たいね。
「俺は、おまえと闘う為に此処に来たのではない。目的はーー」
ロトは侵入した空間の中央に目を凝らした。
パイプ仕立ての蒼い柱、柱を囲むように幾つも並べられている拳大の虹色に輝く鉱石。
ロトは下唇を噛み締めた。
一見すれば芸術的と思われるオブジェ。だが、これは人の生き方を操る機械と、ロトは見極めていた。
ロトは柱を囲む鉱石に視線を剥けていた。
タクトを縛る草を枯らす。
タクトを縛り付けていた“機具”が鉱石の何れかにある。
鉱石のひとつ、ひとつが時計回りで光を点滅させていた。
まるで、ルーレット。
鉱石の点滅が止まる前に、タクトを縛る“機具”を破壊しなければならない。
紺、紫、緑、朱、黄、白、茶。
鉱石の瞬きにパターンがあると、ロトは気付いた。
薄紅、橙、そしてーー。
ーータクト、自由になれ……。
ロトは、紺色に点滅する鉱石に掌を翳して、青銀の光を解き放したーー。
今回はトト様著作『サザンの嵐・シリーズ』の名ヒーロー、ロトくんに特別出演をお願いしました。そして、ロトくんの“像”のデザイン画に於いては、トト様のご協力に心から感謝を申し上げます。




