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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
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 出発の時刻まであと20分。

 タクト=ハインは《団体》の敷地内に備えてある、時計台を見上げていた。


 結局、どんな移動方法なのか。

【現地】まで直行はさすがにないと、タクト=ハインは思考を膨らませていた。


【現地】とは【国】のこと。

【国】へと行く為には【あの場所】で『あの頃』はーー。


 タクト=ハインは記憶を辿らせた。

 しかし、肝心の“瞬間”がどんなだったのかが、鮮明にならなかった。


 記憶の一頁が、切り抜かれたような感覚。

『あの頃』は確かに【国】まで辿り着いたのは記憶にある。だから、母親に会うことが出来た。


【あの場所】をどんな方法で潜り抜けたのか、その記憶がないのは何故だ。


 思考を膨らませれば膨らませるほど、タクト=ハインは頭が締め付けられるような感覚となっていた。


「どうされました。お顔の色が真っ青ですよ」


 タクト=ハインはずきずきとした頭痛を堪えて、声がする方向を見た。


「大丈夫だよ、ハビト。もうすぐ出発なのに、待機させたままですまないね」

「そっちを心配されていたのですか。ぼくは、てっきり『先生』に何か心残りがあるのかとつい、思ってしまいました」


 子供らしくない言い方だ。


 タクト=ハインは目の前にいるハビトについて、そんなことを思った。


「でも、確かに『先生』のいう通りですよ。ぼくたち“始まりの日”の為に、集まって訓練を受けていた。今更『中止』とか言われたら、みんな怒ると思いますね」


 意外と、真面。


 タクト=ハインは、ハビトについて抱いた固定観念を払拭した。


「ハビト。気になっていたけど、キミにはお兄さんか弟さんがいるのかな」

「いきなり、何を訊くのですか」

「あ、言いたくないことを訊いたね」

「そうではないです。だって『先生』とは“訓練中”の時は今のような雑談なんて、したことなかったから」


「そうだったね、ごめん。僕はなんてことをーー」

「謝ることではないです。よく考えたら、ぼくはみんなと打ち解けるようなことを一度もしていなかった。此処にいるのは、ぼくにとっては義務みたいなものですから」


 ハビトはタクト=ハインに背中を向けて、そのまま樹木の幹へと向かっていった。


 タクト=ハインはハビトを追いかけなかった。

 まるで腫れ物に触れるようだと、タクト=ハインはハビトと距離を置いてしまう。

 ハビトは『奴』に似ている。

 たったひとつの理由で余計なことを訊いたと、後悔もあった。


「タクト=ハインさん、お待たせしました。子どもたちを集合させてください」


 タクト=ハインは《団体》の職員である男が呼ぶ声に振り向いた。


「待たせ過ぎです」

「も、申し訳ありません。今から【現地】へと向かう為の【出発地】に移動となります」


 タクト=ハインは男の言葉に怪訝となった。


「どのような移動方法なのか、ちゃんと説明をされてください」

「そんな怒った顔で見ないでください。何せ、たった今決まったことなのです。あ、因みに【出発地】からは、ちゃんとした乗り物での移動となります」


「先ずは、此処から“どんな移動方法”かを、きっちりと説明してください」

 タクト=ハインは、職員へと厳つい顔をしながら口調を強くした。


「転送装置で、です……。まもなく、転送を開始しますので、子どもたちをお願いします」


 男の声は裏返っていたーー。



 ***



 腑に落ちない。


 タクト=ハインは瞬時に到着した【出発地】で疑心暗鬼となっていた。


 一般人では規制が掛かっている、機材での移動を《団体》が許された。

 《団体》だから、許された。そんな解釈をするしかないと、タクト=ハインは思った。


 懐かしいと、思い出を振り返るはなかった。

 今【此所】にいるのは、悠長な時を刻む目的ではない。

『奴』を誘き出すために選んだ【場所】の記憶は、鮮明。其処で『奴』が放出した“力”を僅かだけ回収した。

 自身が起こした行動を切っ掛けに『今を護る』と志し、今に至った。



『まもなく“特急レッド・ウインド号”が到着します。危険ですから白線の内側でお待ちください』


【出発地】の建屋である駅舎で子ども達と待機していたタクト=ハインは、場内アナウンスの内容に耳を疑った。

 列車が到着するのは当然だが、プラットフォームに入ってくる列車の名称に聞き覚えがあった。


 高らかと鳴り響く汽笛、車輪がレールを擦る音、徐行しながらプラットフォームに入る先頭車両のフォルム。


「あの」と、タクト=ハインは隣にいる《団体》職員に驚きを隠せない顔を見せた。


「驚かれたでしょう。我々が今回の〈プロジェクト〉で検討したのが【現地】への移動方法でした。何せ【此所】を通過すれば民間運営の列車の車体では色々と対応が出来ないと判りまして、急遽“軍”にご協力をお願いしました」


「『急遽』?『色々な対応』?」

「企画部でも、かなり物議を咬ましましたよ。親御さんから預かった大切なお子さん達に何かあったら誰が責任をとるとか……。おっと、つい、喋りすぎました。では、タクト=ハインさん。よい旅……。ではなくて、子ども達をよろしくお願いします」


 《団体》職員の男は転送装置を作動させると、タクト=ハインの目の前から消えるように去っていった。


 せっかちな人だ。

 タクト=ハインは呆れた顔で溜息を吐いた。


 列車が到着したのはいいが【此所】からどう、通過するのだ。

 プラットフォームから視線を向けるとレールには先がはなく、まさに【此所】は終点のような設備。


「ようこそ、タクト=ハインさん。此れより【現地】へ出発する為の準備に取り掛かりましょう」


 タクト=ハインが声がする方向を見ると、女性がいた。

 鈴の音のように澄みきる声、身に纏うは異国の民族衣装を彷彿させる一枚布を被るような朱色で、袖と裾の丈は縁が地面に付くほどの長さ。

 漆黒の長い髪を肩の下でひとつ縛りにして、被るのは色彩豊かな石がちりばめられている冠。


 女性。そして、首に掛ける装飾品の鎖に下げられていた形に、タクト=ハインは見覚えがあった。


「あなたは確か《団体》の企画部に僕を案内された方。どうして、あなたが。しかも、その衣装を身に纏われているのか」

「あなたからの質疑には、残念ながらお答えすることは出来ません。さあ、タクト=ハインさん。ただちに“扉”を開く為の準備をされてください」


 女性はプラットフォームの、線路の繋ぎ止めが備えてある方向へと、右の長い袖を靡かせながら指を差した。


 タクト=ハインは女性が指を差す方向を見つめた。

 茶褐色で、吹く風で砂埃を舞い上がらせる枯れた大地。遠くには緑豊かな山が連なって、視野に入るのは表面が硬そうで窪みが斑の白い岩山。


『“扉”を開く』と、女性は確かに言った。

 女性の姿に、其れと関係があるのだろうか。


 首に下がる装飾品の形は『あの頃』【国】で見た“印”に。いや、他にも【国】に辿り着く前に目にしていた。


「“扉”を開くのは“【国】の民の血”です。あなたもご存じです。あなたの中で“血”を焚かせて湧かせた“鍵”を今……。」

「待って、見た限り【此所】には“扉”が何処にもない。どうやって“扉”を見つけるの」


「だから私が【此所】に。いえ《団体》に、呼ばれたのです。私には、既に役割は決められていました」

「キミは、どうするのだ。キミが言う“扉”が開いたら、子ども達と一緒に【現地】に付いていくのか」

「それは、ありません。開いた“扉”を閉めるがありますので」


 タクト=ハインの思考は、頭の中は許容範囲が超えそうだった。


 《団体》は“扉”について、何らかの情報を手にいれていた。


 何もかも知っていた。


 薄々と。漠然とした思いが、まるでひとつに絞られたようだった。


『利用されている』と気付いても、今さら引き返すことは出来ない。


 此処に、此処に集われた子ども達。そして『今』を護るは、絶対にやり遂げる。


「それでは“扉”をーー」


 タクト=ハインは、女性に振り向いて心を静かにさせて促したーー。



 ***



 女性は舞を舞う。

 しなやかに、軽やかに。

 両手で握り締める杓の先端は、太陽を彷彿させる装飾品。天へと翳し、大地へと掠めさせ、女性は杓の先で大輪を描いた。


 女性は杓を腕の中に抱え、褄先を揃えて姿勢をまっすぐとさせる。


 タクト=ハインは、目の前の光景に息をのむ。


 “扉”が、女性によって表れた。

 天に届くような構え、そして眩しく輝く扉の壁。中央に浮かび上がる『太陽』の光輪の彫りは鮮やかな『印』と、タクト=ハインの目を凝らしていた。


「タクト=ハインさん。よろしくお願いします」

 杓を垂直にさせて握り締める女性は、タクト=ハインを促した。


 タクト=ハインは頷いた。


 空を見上げると、陽は燦々。

 あたたかく降り注ぐ陽光を、タクト=ハインは浴びる。

 胸元に両手を宛行うと、口をつむり念にふける。


 ーー陽の光よ、道標として照らし示せ……。


 紡ぐ言葉は何処から。


 身体を巡る血が熱いと、タクト=ハインは胸元から離した掌をじっと、見た。


 煌々と、掌は陽のように。


 タクト=ハインは“扉”へと歩み寄る。


 “扉”の鍵穴と思わせるふたつの窪みに、タクト=ハインは両方の掌を差し込む。


 眩い、朱色の閃光。

 光の帯が空に、大地にと、四方八方に解き放たれ“扉”は外側へと開かれると溶けるように消えた。


 目の前に、何処までも伸びる無色透明のレール。

【国】へと続く“路”が表れたと、タクト=ハインは胸の奥を熱くさせた。


「タクト=ハインさん。子ども達と乗車の準備を調えてください」

 女性が寂しげな顔つきでタクト=ハインに言う。


「キミは、何者なのだ」

「【この地】と【国】の路の守りを遣わされた……。それだけです」


「……。それは、太古からの“血”の使命だと」

「お急ぎください」


 タクト=ハインと女性が最後に交わした会話だった。


 時は満ち、タクト=ハインは6名の子ども達と紅い列車に乗車した。


 我が家に帰ったようだと。


『あの頃』と変わらない列車の内装、いたずら書きが残る9両目の壁。学びとくつろぎを共にした学習娯楽室の車両。


『本日のご乗車、誠にありがとうございます。特急レッド・ウインド号の運転を務めるのはマシュ、車掌は乗務しておりません。皆様が【現地】到着まで、車内では快適にお過ごし出来る様々な設備が設けられておりますので、是非ご活用されてください。レッド・ウインド号、まもなく発車です』


 車内に流れる懐かしい声に、タクト=ハインの頬が自然と緩んだ。


 発車を報せるベルが駅舎に鳴り響き、列車の乗車口が閉まる。

 汽笛が何度も長調と、高らかの音に耳を澄ませていたタクト=ハインは、列車が発車した振動の感触をを足元で受け止めた。


 列車の速度は徐々に増し、車窓から眺める風景は目で追うにも追い付けないと、タクト=ハインは車内の通路に靴を鳴らした。


 先頭車両へと、車内の通路を歩くタクト=ハインは身体が窮屈だと、違和感を覚えた。

 出発早々体調不良を起こしたのだろうかと不安感が募り、通り過ぎようとした浴場とランドリー、そして洗面台が備えてある車両に入った。


 タクト=ハインは、鏡を覗いた。


「何、これ」

 堪らず、ひとり言を口で突く。


 タクト=ハインは、苦笑いをした。

 鏡から視線を反らして、再び鏡を見るが映る象は変わらなかった。


 空想のような現実と、タクト=ハインは鏡に映る姿を見つめ続けた。


 少年の頃の、16才の姿のタクト=ハインが呆然とした顔つきで鏡に映っていたーー。

ご拝読、ありがとうございます。

次回はタクト=ハインの弟、アルトのエピソードを挿話(予定)です。章タイトルも『オプション・エピソード』として、アルトに限らずなんでもあり、自由気ままの挿話を今後も綴らせられたらいいですが、果たして……。


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