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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
インセンティブ
13/22

 時は、刻一刻と迫っていた。


 〈育成プロジェクト〉の為に集われた6名の子ども達のひとりが、家庭で家族とコミュニケーションを図っていた。


「シャーウット。あなたなら、大丈夫よ」

「お母さん。どこから『大丈夫』だなんて、言い切れるの」

「あなたが選ばれたからよ。だから、絶対にやり遂げられると、ね」


 食卓には、好物ばかりが並べられている。

 シャーウットは複雑だった。

 明日から〈プロジェクト〉に向かう自分の為に母親が腕を振る舞ったのはわかるが、此処まで豪勢にする必要はあったのかと、シャーウットは複雑な思いを募らせていた。


「お母さん、あのね」

「やり遂げれば、将来は安定。あなたのこの先を《団体》が護ってくれる。そう、あなたの一生を《団体》はサポートしてくれる。何でもなれる、何でも出来ると《団体》は約束してくれた」


 シャーウットは母親が切り分けたローストビーフが盛られた皿を受け取る。母親は、嬉々とした顔でシャーウットに能弁をしていた。


「“最後の晩餐”みたい」

「何、シャーウット」

「ひとり言よ。いただきます」


 シャーウットは、フォークにローストビーフを刺して、口の中へと頬張ったーー。



 ***



 カナコは自宅の部屋にいた。

 就寝はしていたが、ベッドの中で何度も寝返りをしていた。


 カナコは眠れずにいた。寝ようとすればするほど目が冴えて堪らないと、とうとうベッドから起き上がることをした。


 部屋から出たカナコは、素足で間接照明が灯される廊下を歩く。


「どうした、カナコ」

「うん、ちょっとね」


 カナコはリビングルームに行った。部屋に入ると照明灯が照らされていて、長椅子にひとり腰かけている母親と目を合わせた。


「不安なのだな」

「正直に言えば、たぶんお母さんのいう通りだと思う」

「カナコ、私も同じだ」

「そうなんだ」


 母親はカナコを手繰り寄せて、腕の中に包み込んだ。


「お母さんに抱っこされたの、もうずっと前だった」

「まるで、私がおまえのことをほったらかしにしていたような言いぐさだな」

「そんな意味で言ったのではないわ。お母さんはお母さんで大変だったは、わたしだってわかってた」

「苦労をさせて、すまない」

「逆でしょう。わたしがお母さんを困らせていた」

「親を困らせるのは、子の特権だ。親が子に心配をさせるのは、不名誉なこと。私は、そう思う」

「よくわからない」

「まあ、よい。しかしだ、カナコ。明日からの事をおまえが重荷になるは必要ない。今ならまだ間に合う、おまえがどうありたいかを私にうち明かして欲しい」


「帰ってきたら、お母さんに抱きしめられたい」


 母親の腕の中にいるカナコは、声を震わせていたーー。



 ***



「司令官、お休みをされては如何ですか」

 ある軍事施設で司令塔にいた男性幹部官が、上官である男に促した。


「あのう」

 返答しない上官に男性幹部官は、恐る恐る声を掛けた。


「夜食はどうされますか、司令官」


 幹部官が訊ねても、男は黙ったまま司令塔の窓際でじっとしていた。


()()()さん。就寝か夜食、どちらかを選んで下さい」

「飯がいい。熱々並々のコンソメスープとキノコとチーズがたっぷりのリゾットでな」


「了解」

 男性幹部官は男に敬礼をすると、駆け足で司令塔を出ていった。


「くっくっくっ」と、苦笑いがする方向にバースと呼ばれた男が振り向いた。


「笑うな、タッカ」

「貴様は、相変わらず可笑しな奴だ。何故『肩書き』で呼ばれるのを拒むのかが、此方としては理解できない」


「性分じゃない。何べんも同じことを言わせるな」

 バースは近くにある椅子に腰を下ろした。


「腐れ縁。おまえと俺は、いまだにこうして役割を続けている」

「俺は、さっさと解放されたい」

「無理だ。貴様が背負っているものを、誰も替わることは出来ない」

「都合が良いときだけ、担がれる。うんざりだ」


「話しは変わるが『例の件』で、タクトが同行するという情報を入手した」


 タッカの話しにバースはぴくりと、頬を痙攣させた。


「何故、黙っていた。しかも、明日から【現地】に向けて移動が行われる」

「俺に食って掛かるな、貴様の子ども達だって選ばれたのだぞ。そっちを阻止しなかったのはどんな意味だと、此方が訊きたいほどだ」


 タッカはバースに胸ぐらを掴まれていた。そして、その手を振り払い除けて襟元を整えた。


「タクトがいれば“作戦”が白紙になる」

「バース、貴様は妙な言いぐさをするのだな。タクトがいたら“作戦”の何に差し支えるのだ」


「タクトは、世界を繋げる“扉”の鍵そのものだからだ。もし《団体》がタクトに細工をしたならば、どんなことが考えられるか」


 バースの激昂に、タッカは身震いをした。


「貴様の子ども達も捲き込まれる」

「それだけではない。世界は完全に《団体》の手中となる」

「決めつけるな、バース。何の為に『あの頃』の奴らが動いている。何の為に、奴らが集ったのか。タクトが何を思い、自ら敵の懐に入り込んだのか。貴様は木偶でくの坊となってしまった。俺が知っている貴様は行き当たりばったりだが、信念は貫く。それが、貴様だった」


「なんだ、タッカ。俺がまるで感無しと容赦なしのような言い方だったぞ」

「其処だけにしか、頭に入っていないのか」


 バースは「ふ」と、鼻で笑う。


「癪だが、おまえにはいまだに頭があがらない」

「ははは、無理して言うな」

「敵にまわせば恐ろしい。それくらい、俺だって承知だ」


「まあ、いい。俺たち以外で今回のことに。いや、タクトの世話をやいている。そっちは奴らに任せよう」

「で、貴様はどうするのだ」


「先回りをしない。それだけだ」


 バースは運ばれてきた『夜食』を味わっていたーー。



 ***



 前を見るのみ。


 タクト=ハインは自宅で明日に向けての準備を調えていた。


 ボストンバッグのファスナーを開くと愛読の書物を3冊並べて底敷きにさせ、丸く畳んだインナーを上下5組詰め込んだ。

 さらに緑で無地のTシャツと、柄がプリントアウトされている白を基調にした長袖のTシャツ。そして、愛用している紺のポロシャツを押し込む。

 ズボンは軽量で通気性が良いグレー色のジャージ下と同色のスラックスに、滅多に履かないジーンズ。

 洗顔用具、タオル類、迷いはしたが赤のストライプ柄のパジャマを一組を入れて、ボストンバッグのファスナーを綴じた。


 いつ、家に帰れるのか。


 事を先走りにしたわけではないが、タクト=ハインは漠然とした思いに更けていた。


【現地】で本格的な〈プロジェクト〉が実施される。内容は【現地】で呈示される。選ばれた子ども達は、合宿でその準備を兼ねた訓練を積み重ねた。


 自身も平行して《団体》が計画する“人材育成”を受けた。

 〈プロジェクト〉が終了しても、身は《団体》に。探るは取り越し苦労と、何度も思いを振り払った。


 自分は『今』を護る為に、今を選んだ。臆に恐れて志を踏み捻るは赦されない。


 我が為に背中を押してくれた絆。

 ひとつ、ひとつの想いは生きる糧として、心に刻ませる。


 タクト=ハインは部屋を消灯させ、就寝した。



 そして、ついに『当日』を迎えたーー。



 ***


 時は、早朝の刻。

 〈プロジェクト〉に向けての集合場所は《団体》の本拠地だった。


【サンレッド】は【現地】の入口。だが、移動手段は今日まで聞かされなかった。


 元、企画部部長のホーロウが語ったことが真実ならば《団体》の計画倒れだろうが、屈折をしないのが《団体》の体質だと、タクト=ハインは心を研ぎ澄ませた。


 手段を選ばないのが《団体》だと、タクト=ハインが《団体》に入り込む以前に『あの頃』で学んだことだった。


 集う子ども達は、至って冷静。

 遠出気分等の雰囲気はなく、言葉数さえ少ない重苦しい空気。それが、タクト=ハインにとっては荷重になっていた。


()()。母から預かったものがありますが、受け取ってもらえますか」


 タクト=ハインは、背中に指先で押される感覚がして振り向いた。其処には、カナコが満面の笑みを湛えてタクト=ハインを見ている姿があった。


「僕に、キミのお母さんが」

「驚くことの程ではないです。わたしから見ても先生は危なっかしいし、世話がやけて堪らないと思いますね」


 カナコはタクト=ハインの掌の中に母から預かったと言った封書を押し込みと、鼻唄混じりでタクト=ハインから去っていった。


 タクト=ハインは堪らず赤面をした。

 渋々と、渡された封書を開封して折り畳まれた便箋を取り出して開いた。


 〔己が吹かせる風を濁らせるな〕


 一行でしたためられた便箋に、タクト=ハインは苦笑いをするしかなかったーー。


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