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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
インセンティブ
12/22

トルク〈後編〉

 タクト=ハインは母親を見送った。

 母親はタクト=ハインの掌の温もりを受け止めて、永遠の眠りについた。


 虚しさが、タクト=ハインの心を掻き乱した。

 母にまだ、尽くしていない。弟のアルトを母に抱かせなかった。


 タクト=ハインは責めていた。

 時を待つのではなく、自身が勇気をもって行動に移していればと、母親の為に用意していた部屋で静かに涙を溢していた。


 母親との思い出は、温かい。

 だが、弟のアルトは母親の温もりに抱かれたのは、僅かな時期だった。


 タクト=ハインは時に刻ませた“臆念”を、今という水面に浮かばせていた。


 タクト=ハインがまだ少年の頃だった。


 タクトは“ある〈任務〉”を終えた。そして、退役をして復学をするが、順風満帆とはいかない現実と遭遇した。


 母と一緒に暮らせない。


 難関を突破して、母を【国】から連れ戻した。帰りを待っていた、特に弟のアルトには母親との暮らしをさせたかった。


 しかし、だった。

 父親の反応は、タクトが考えている以上に冷たく、凍りついていた。


 父親が、アルトを母親に接見させることを拒んだ。タクトは当然、父親に激しく問い詰めた。


 アルトが成人になるまで、アルトを母親に会わせるはさせない。タクトは父親に理由を促すが、父親は頑とした態度を示すのみだった。


 母親はホスピタルでの療養が必要だった。母親の体調は安定していたが、自宅での生活をする体力までには至らないと、退院の許可が降りなかった。


 母は、家に帰ることが出来ない。

 タクトは父親と母親の板挟みとなったまま、学業に専念した。


 父親と母親は別れたのか。タクトは一切、口にすることはなかった。

 タクトが知らないところで『大人』が動いている。母親に関して、両祖父母も介入している。薄々は感じていたが明確になったのは、タクトが知らない間に母は実家で静養していたということだった。


 いつか、いつの日か。

 タクト=ハインは、母親と暮らすと誓う。


 父親との確執をしたまま、タクト=ハインは青年となる。

 アルトが成人に達するまであと1ヶ月の日に、母親は遠く旅立ってしまった。


 ーータクト、あなた【ヒノサククニ】に行きなさい……。


 今のタクト=ハインを、我が子の背中をおして、母親は旅立ったーー。



 ***



 タクト=ハインは葛藤した。


 母は、もういない。

 事実をアルトに伝えるべきかと、自宅で葛藤した。


 父親には母の逝去を報告したが、葬儀では姿を見なかった。

 タクト=ハインは当然、疑心暗鬼となった。

 父親は今の今まで、母について何も訊くをしなかった。同じく、アルトを母に会わせることにもだった。


 ーー【ヒノサククニ】に行きなさい……。


 タクト=ハインは、母親が別れ際に言った言葉を胸の奥に刻ませていた。


 “行く”は、決めていた。

 一度訪れた【国】に、今度は自分の意思で赴くと志した。

 だが、アルトにはまだ伝えていなかった。

『あの頃』をアルトは知らない、聞かせていないと、タクト=ハインは気付いた。


 はたして、アルトに受け止めて貰えるか。


 タクト=ハインは、覚悟した。

 事実をあとから知る。自身が味わった苦さと辛さは、アルトにさせたくない。

 拒まれるだろうが濁るよりはまだいい方だ。


「アルト、今から会おう」


 自宅で母親の喪に服すタクト=ハインは、小型通信機を手で握り締めていたーー。



 ***



「ボクたち家族は結局、ばらばらのままなのだね」


 タクト=ハインが勇気を決して伝えた、アルトの反応だった。


「母さんに二度と会えなくなった。それはどうなんだよ」

「母さんとはどっちみち、会うことは出来なかった。ボクは、母さんと会ったらいけなかった」

「諦めていた。兄ちゃんには、おまえがそう、言っているようだとしか、思えない」

「思っていることを言っただけだよ。ボクは、母さんがいない暮らしに慣れていた。兄ちゃんは、母さんとの思い出があるから、ずるずると引きずるような時間を過ごしていた」


 タクト=ハインは頭に血を昇らせた。そして、アルトの頬に拳で殴り付けた。


「何だよ、ボクが悪いことを言ったのかよ」

「当たり前だ。母さんは死ぬ間際までおまえのことを気にかけていた。母さんが、何れだけおまえのことを思っていたかを、おまえはたった一言で台無しにした」


「わかるわけないだろう。ボクは、本当の母さんを知らない。父さんなんか、母さんのことを全然話してくれなかった。ボクが勝手に母さんのことを想像しても、現実には何も反映されない。今さらボクに母さんを意識させるは、ボクにとっては余りにも残酷だ」

 アルトはタクトに反撃をした。

 タクトはアルトの拳を右腕で払いのけ、腹部に足の裏を押し込んだ。


「わかった、おまえには二度と母さんのことは語らない。だが、これだけは言っておく」

「ああ、兄ちゃんは兄ちゃんの生き方を貫くなんだろう。好きにすればいいよ、ボクなんて構わず自由気ままにーー」


「父さんを、頼む」


 タクト=ハインは、そう言って翻した。

 タクト=ハインはアルトを残して去っていった。


 ーー兄ちゃん。ねえ、待ってよ。兄ちゃんの話しをちゃんと聞くから、お願いだからボクを置いていかないでよ。


 タクト=ハインは振り向かなかった。

 アルトが、涙を溢しながら呼び掛けていたのはわかっていたが、全速前進で駆けていた。


「アルト、おまえは自由に生きろ」


 母が眠る墓地にアルトを残したタクト=ハインは、全身を蒼く輝かせ“加速”をつけていたーー。



 ***



「お待ちしていましたよ。さあ、こちらへどうぞ」


 母の喪があけて、タクト=ハインは《団体》の本拠である建物に訪れていた。迎えたのは、企画部の女性スタッフだった。


「いよいよ〈プロジェクト〉が実施される。僕は肝心の準備に顔を出せなかった」

「何をおっしゃるのですか。お母さまの見送りをそっちのけで〈プロジェクト〉を優先。私たちはそこまで無情ではありません」


 《団体》からの“情”という言葉が意外だと、タクト=ハインは僅かながら違和感を覚えた。


「どうされましたか」と、女性はタクト=ハインの苦笑いをしている顔を見ながら首を傾げた。


「失敬、ちょっと思い出し笑いをしただけです」

 タクト=ハインは咄嗟にだったが、言い分をした。


「お母さまとの思い出ですか」

「そうですね。母が生きていれば、今の僕は母を困らせたのではないかと思ったらつい、笑みが溢れてしまった」

「困らせて笑うだなんて、随分と悪戯者ですね」

「ははは。悪さをしたならば、こっぴどく叱られる。子どもでなくても、そうでしょう」

「大人でも、振り向いて欲しい誰かに演りかねない。有り得ることでしょうね」


 タクト=ハインと女性は企画部の扉を潜り、さらに奥の応接室へと入っていった。


「タクト=ハインさん、大変でしたね」

 企画部の部長である男が、応接室に備えてある長椅子に腰を下ろすようにと、促しながら言った。


「早速ですが、よろしくお願いします」

 タクト=ハインは母親の話題から反らすように、男に催促をした。


「明後日より〈プロジェクト〉を実施する為に【現地】へ移動中でも、タクト=ハインさんは子ども達への指導をしなければならない。それは、ご理解されているのですよね」

「ええ、十分理解しております」

「内容の確認は割愛するとして。ただ、少しばかり厄介なことが起こりましてな」


 タクト=ハインは、男が言うことに訝しい顔をした。


「いやいや。だからと言って延期だ中止だのは全くないので、ご安心をされてください」

「気になりますね。ご自身で口を突いたくせに、曖昧な言い方をされる」


 タクト=ハインに睨まれた男は、苦笑いをしながら額をハンカチで押さえていた。


「民間の交通会社に送迎をお願いする予定だったのですが、交渉がこじれてしまいまして」

「送迎を委託だなんて、我々が動けばいいだけでしよう」

「それが駄目なのです。我が《団体》は、一般民間企業と連携を取らなければならない規則があるのです。そう、例えば我々が開発しようとしている技術に、研きを追究するを求めてですね」


「《団体》は人材の引き抜きを推奨している。あなたが言うことに、僕はそう受け取られる」


 タクト=ハインの言うことに、男の顔が青くなる。


「失礼。つい、余計なことまで話しをしてしまった」

「あなたは《団体》の幹部。僕に《団体》内部の実態上を語られた。その意味を深く考えるは致しませんが、腑に落ちないとお伝えします」

「タクト=ハインさん、あなたは洞察力が長けている。鋭い感の持ち主だと、私ははっきりとしました」

「思い詰めていますね。かといって、自暴自棄になることは止して下さい」


「私は、疲れました。もう、誰かを騙すとかで自分を誇示するのは止めると決めたのです」

「僕に自身の本音を……。良いのですか。あなたが今身を置いている場所が何処かとは、あなただってーー」


「良いのです。私は胸の奥に詰まっていた“毒”を中和させたかった。タクト=ハインさん、どうか哀しまないで下さい。私はやっと、自分がどうありたかったかに辿り着くことが出来たのです」

「あなたが此処を去る覚悟の勇気を、僕に見せるとでも言いたいのですか」


「其処まで、臆測を。ははは、あなたは凄い方ですよ。タクト=ハインさんなら、絶対やり遂げられる。時と世界を越えた“交わり”を、タクト=ハインさんは見て変えることが出来る」

 男は椅子から腰を上げた。そして、タクト=ハインに深々と頭を下げると窓際へと靴を鳴らした。


「せめて、お名前を呼ばせて下さい」

「ホーロウ。そう、呼んでください」

「ホーロウさん。僕は、誰かを巻き込んだ生き方をしない。だから、あなたは生きたい生き方を、僕はあなたに生きたい生き方をさせると約束します」


 ホーロウは、タクト=ハインに背中を見せたまま、右手を上げた。

 タクト=ハインは、ホーロウに一礼をすると部屋を出た。


 こうとしか、いいようがない。


 タクト=ハインは、長い廊下を歩きながら何度も心で呟いた。


 生真面目過ぎたが故に。


 ホーロウを他人事には出来ないと、タクト=ハインは思った。


 時は、夕暮れの刻。

 タクト=ハインは、まっすぐと家路を歩いたーー。


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