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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
インセンティブ
10/22

アサインメント

 タクト=ハインは〈プロジェクト〉に向けての合宿所に設けてある個室にいた。


 6名の子供たちは男女別の部屋で就寝。漸く本日の課程が終了したと安堵したいところだったが、タクト=ハインはまだ気を休めることができなかった。


 合宿所はセキュリティーシステムで厳重に警護はされているが、タクト=ハインは設備面に死角があると警戒していた。


 ーー“力”でセキュリティーシステムに誤作動を、或いは意図的に操作を及ぼされたらどうするのですか。


 ーー我々《団体》の技術を見縊みくびる発言に遺憾の意を表明する。タクト=ハイン氏、今後秩序を乱す発言は自重することを警告致す。


 《団体》に忠誠を。タクト=ハインにとっては《団体》からの遠回しの圧力だった。

 〈プロジェクト〉の目的は育成。大人は子供たちを護るのが義務だと、タクト=ハインは《団体》に意見を述べたかった。


 果たして〈プロジェクト〉の意図はと、タクト=ハインは疑心暗鬼となっていた。

 しかし、自身も承知の上で今回の件に身を委ねた。


 眠るにも興奮して寝付けないと、タクト=ハインはベッドに潜って天井から照らされている寝明かりを見上げていた。そして、ベッドから起き上がると部屋の外へと出た。


 真夜中。さすがに合宿所内はひっそりと、辺り一面が漆黒の光景。通路に掲げられている緑色の非常灯が頼りだった。


「おや、タクト=ハインさん。こんな夜更けにどうされたのですか」


 タクト=ハインは廊下で合宿所内を巡回中の警備員に声を掛けられた。


「合宿所はセキュリティーシステムで完全警護ですよね。何故、あなたが見回りをされているのかが気になります」


「すいません、今は仕事中ですので。いえ、如何なる理由でもお答えすることは出来ないとお伝え致します」

 警備員はタクト=ハインに会釈をして、懐中電灯を進む方向に照らしながら歩き去った。


 タクト=ハインは警備員が靴を鳴らす音に耳を澄ませながら「ふう」と、溜息を吐く。


 目視での警備。

 タクト=ハインは《団体》が自負していた『サイバー技術』に反比例していると思った。


 しかし、だった。

 タクト=ハインは違和感があった。先程会った警備員とは面識がない。名前すら知らない相手から名前を呼ばれたのは如何わしいと覚えた。


「待て」と、タクト=ハインは警備員の後に追い付いて右手で腕を掴んだ。


 警備員はタクト=ハインを睨み付けていた。


「すぐに気付かなかった僕がいけなかった。僕の質疑に《団体》が応えるなんて、ありっこない。答えろ、おまえが此処に侵入した目的は何かをだ」

 タクト=ハインは相手を逃すまいと、握力を強くして言う。


「ふん、意外と鋭い感を持っていたとはな」

「馬鹿にするな。此処がセキュリティーシステムで警護されているは、僕だって知っている。それを操作されるは起こりうると、僕は《団体》に意見を述べた」

「だから何だ」

「答えろ、誰がセキュリティーシステムを操作した。そして、何を狙っての侵入かをだ」


「ふ」と、相手が鼻で笑うと、タクト=ハインは相手を睨み付けた。


「タクト=ハインさんよ。俺はあんたのこれからが大変だと思って助けに来たけど、あんたは《団体》に染まってしまったみたいだ。いいか、タクト。あんたが踏み込んだ世界はあんたが考えている以上にねじれて歪んでいる。今のあんたの言い方だと、例え抜け出そうと試みたとしても《団体》には通用しない。一生を《団体》に忠誠を誓う、或いは自身を涸渇させられるか。はっきりと言えば、生きるに選択の余地はないとな」


「言うな」

 タクト=ハインは激昂して相手の頬を目掛けて拳を押し込んだ。


「ふん、言葉に詰まって暴力。タクト、おまえは結局“井の中の蛙”だ」

 タクト=ハインから殴られ転倒した相手は立上がり、そういい残してタクト=ハインから瞬時に、消えるように去っていった。


『助けに来た』と、相手は自分にそう言った。

 結局、相手の正体は判らなかった。

 解ったことは、相手は自分のことを知っている。

 誰が、何の為に。しかも《団体》の包囲網を意図も簡単に潜り抜け、自分のことをーー。


 タクト=ハインは自室に引き返した。

 ベッドの中に潜り只管眠気がくるのを待つが、とうとう夜明けまで寝付けなかった。



 ***



「あの馬鹿、人のことを思いっきりぶん殴りやがった」

「知るかよ。と、いうより、その程度で済んだ。ある意味で不幸中の幸いだ」


 タクト=ハインが一睡も出来ずに朝を迎えた頃、ある場所でふたりの男が話し合っていた。


「いつまでその格好でいるつもりだ」

「装置が解除出来ない。何とかしろ」


 警備員の姿をしている男がまごまごと、左の手首に巻く機具を弄くっていた。


「タクトに殴られた衝撃で故障したのだろう」

 赤い癖毛と頬にそばかすの男はにたにたと、笑みを溢していた。


「“変装”の設定をしたのはおまえだろう」

「侵入する場所では怪しまれないと、うってつけだった」

「タクト『だけ』連れてくるは、どっちみち無理だった」

「『失敗して良かった』なのか」

「此方を“敵”と言いかねない、俺が見たタクトはそんな様子だった」


 男はじっとしていた。相手の男は、男が手首に巻く機具に黒い手袋を被せた掌を翳していた。


 相手の男は掌から黄土色の光を放っていた。機具は光で瞬き、金属が擦る音を鳴り響かせる。


「どれ、動かしてみろ」と、相手の男は男を促した。


 男は機具を右手の指先で操作した。男の全身が白色に輝き、瞬きが消えると男の姿が現れた。


「なあ、ニケメズロ。俺たちは俺たちなりでのやり方で《団体》に立ち向かうが性分に合うと、思わないか」

「同感だ、バンド」


 男たちは笑みを湛えながら拳を合わせ、腕を絡ませた。




 男たちが誓う、ほぼ同時刻のある場所でだった。


「あら、まあ。バンドはタクトくんの“救出”にしくじったらしいワ」

 短い髪は紫色で顔だけ女装、首から下は筋肉質の“男”がノートブック型の通信機に着信されたメッセージを読んでいた。


「おいおい、此方の苦労を水の泡にしやがったのか」

 肩まで伸びる黒髪をひとつで束ねて縛り、頬を痩けている男が、電子機具を操作する指先を止めて“男”に振り向いた。


「アナタの“電脳の力”で《団体》のセキュリティーシステムを止めたのにネ」

「呑気に言うな。バレたら俺たち『お尋ね者』になるのだぞ」

「ノンノン、その覚悟でワタシたちは集まったのヨ。何の為には、タイマンだって誓ったよネ」

「ああ、そうだよ。俺たちはタクトの“今”を護る為にだ」



 時は陽が昇る刻。男たちが、ひとつの想いを確認した瞬間だったーー。



 ***



 タクト=ハインは合宿所の食堂にいた。

 子供たちと食事を摂る。メニューも当然一緒でタクト=ハインは朝食を摂った。


 和気藹々。の、雰囲気はなく、子供たちは黙々と食事を摂っていた。そのことがタクト=ハインにとっては息苦しいと、摂る食事の味さえ覚える余裕がなかった。


 ひとりの女子が「ごちそうさま」と席から腰を上げた。


「まだ食べきってないのに、もういいの」

 タクト=ハインはフォークに刺したウインナーソーセージを口に含む途中で女子に声を掛けた。


「お腹がいっぱいなったからよ」

 女子は立ったまま、コップに注がれているミルクを飲み干した。


「ちょっと」と、タクト=ハインが呼び止めるのを振り切って、女子は食堂から出ていった。


「カナコちゃんは朝食を決まって残して、ミルクだけを飲むのよ」

 千切ったクロワッサンにバターを塗る別の女子が言った。


「何で」

 タクト=ハインは怪訝な顔になった。


「カナコちゃんとはあんまり喋らないから、理由までは解らないよ」

 もうひとりの女子が、スープカップに入っているスプーンですくったオニオンスープを啜って言う。


「困ったね」

「先生が困ることはないよ。カナコちゃん、会ったときからツンツンしているもん。ね、シャーウット」

「そうそう、わたしがカナコちゃんの落とし物を拾ってあげたら、すごい顔で怒ったっけ。だよね、ピアラ」


「ますます、駄目だよ。よし、カナコのことは僕に任せなさい」


 タクト=ハインは紅茶が注がれているカップの中身を飲み干して、席から腰を上げた。


 タクト=ハインが向かった先は、合宿所内にある中庭だった。


「来ないでよ」

 花が咲き誇る花壇の前で腰を下ろしているカナコは、タクト=ハインを見ると冷たく口を突いた。


「他の子達がキミの態度に困っていると、僕に相談した。今キミが参加しているのはどんな集まりなのかは、キミだって承知の筈だろう」

「わたしが『集団行動』の秩序を乱している。先生は如何にもわたしがいけないと、決めつけているのね」


「キミのーー」

「『“お父さん”は仲間を大切にしていた』と、言いたいのでしょう」


「可愛くないね」と、タクト=ハインの言葉に反応したのか、カナコはタクト=ハインを睨み付けた。


「いっちいち、反発されては此方も黙ってるわけにはいかない」

 タクト=ハインは羽織るジャージを脱ぎ捨てた。


「威張らないでよ」


「何とでも言え。だが、僕は僕なりでの方法でキミのことを説教する」

 蒼いティーシャツで、履くのは白のジャージ姿になったタクト=ハインは肩の関節を回していた。


「いいの、先生がわたしのような“子ども”に手を出すなんて」

「何の勘違いをした。僕は“お子さま”なんかには興味はない」


 カナコは顔を真っ赤にしていた。タクト=ハインもつられて、赤面になっていた。


「よく解らないけれど、凄い屈辱感が沸々と込み上げたわ」

「自分でも自分は『子ども』と断言した癖に、そういうところは“年頃”なんだ」


「頭に来た。ああ言えば、こう言う。本当にお母さんが言ってた通りの人なのね」

 カナコはタクト=ハインに向かって腕を振り上げた。


「残念」

 タクト=ハインが右横へと身体を反らすと、カナコは体勢を崩して地面に転倒した。


「もう、完全に怒った。先生、いや、タクトなんてボッコボコにしちゃうから」

 立ち上がったカナコの服は土埃まみれになっていた。


「無理無理、闘う構えが全然なっていない。キミは『闘う』そのものを、ご両親から聞かされていなかった」

「知らないわよ。お父さんもお母さんもなに一つ『闘う』について、教えてくれなかったから」

「ご両親は、それだけキミのことを大切に育ててきた。キミの普通をご両親は望んでいた」

「でも、わたしは今、此処で。此れから何かをしなければいけない」

「自分の意志と反比例している。キミの中の葛藤を、誰も気付かない。誰かに気付いて欲しいと、ちゃんと口にしたら」


「言えるわけないでしょう。だって、だってーー」

 カナコは息を荒く吐いていた。


 タクト=ハインは、カナコが涙を溢していたことに気付いていた。地面にしゃがみこみ、膝を抱えて肩を震わすカナコをじっとして見ていた。


「一番にキミのことを心配しているのは、お母さんだよ」

「わたしが我慢すればいいだけよ」

「ビートだって『自分がしっかりしないといけない』と、僕にはそんな様子に見えていた」


 タクト=ハインはカナコの腕を掴み、カナコを立ち上がらせた。


「タクト、まだ間に合うよ。だから、此処から逃げて」

「キミたちを置いて、僕がそんなこと出来るわけないだろう」

「タクトは此処には来てはいけなかった。それでも、タクトは何の為に此処にいると決めたの」


「『今』を護る為にだよ、カナコ」


 タクト=ハインはカナコの手を引いて、合宿所の建物中に入る。そして、食堂でカナコと朝食を最後まで摂ったーー。

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