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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
廻る、空の想い
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大地に息吹く蒼

 僕は女の人を抱いていた。


 僕は女の人の柔らかくてあたたかい肌の全てに手で触れて、唇を付けた。


 女の人は僕に触れられ、口付けをされる度に煌々と、なおかつしなやかでやさしいさまという表しを僕に見せていた。


 僕を呼び、僕に触る。

 繰り返されるたかぶり、抑揚よくよう。声に、仕草にと混じらせてる女の人。


 僕は、女の人の柔らかくてあたたかい肌の全てに触れて唇を押し当てるを止め、女の人と一緒に花が鮮やかに咲く路を目指した。


 ーー僕は、女の人を抱いたーー。



 ***



 僕は服を着ける女の人を見ていた。

 僕がひとつひとつ剥がした服を次々と着ける女の人の姿を背もたれ椅子に腰掛けて両膝に両肘を乗せる、頬杖の姿勢で見ていた。


 最初は、橙色の生地にプリントアウトされている紅い果実が鮮やかなティーバックを履く。次は同じ柄のブラジャーのカップを胸元に押し当て、両腕を背中に回してホックを掛ける。


 薄くて黒いストッキング、水色のストライプ模様のブラウス、グレーのタイトスカートと、女の人は僕が剥がした服を次々と身に纏う。


「先生が私を『リレーナ』と、呼んでくれないのは何故かしら」


 女の人、リレーナは緑色のセーターを着込みながら僕を見ていた。


「不満なの」

「当然よ、私は先生の名前を呼んでいる。なのに、先生はちっとも私の名前を呼んでくれない。いつも、いつも、私ばかりが先生を、先生の名前を呼んでいる」

「僕がキミを抱く。それだけでは足りない、とキミは僕に催促をしているように聞こえるよ」

「その通りですよ、私は欲しいの。先生が、私だけを必要としているが欲しくて堪らない」


 女は一情、男は多情。


 僕が勝手に思い付いた言葉だ。


 思い付いた言葉に、万を超す生きとし生きるもの全てに当てはまるはない。


 リレーナは、僕が本当に愛してくれることを待っている。


 僕はリレーナに愛されている。

 それでも、リレーナの気持ちを受け入れるに至らない理由。

 リレーナは、僕を知っている。

 それでも、離れるをしないリレーナ。


 僕は、何を望んでいるのだろう。

 僕は、誰が為に今を歩いているのだろうーー。



 ***



 僕は、かつて軍人だった。

 僕は現役を離れて、一般人として暮らすことを決めた。

 学業に専念して、歩みたい路を歩く。

 僕が選んだ路は、教師だった。

 念願が叶って、赴いたのは小学校の教師だった。


 僕が受け持った学年の児童の殆どから年の始めの挨拶状が、僕の自宅に届けられていた。勿論、前もって挨拶状は出していた。


 家庭訪問の時期は、大変だった。

 学校から児童の自宅までの道程は、手持ちの通信機に搭載されている地図機能のおかげで何事もなく辿り着けるまでは良かった。



 ーーうちの子は、内弁慶です。


 ーー先生、晩ご飯を用意してますので是非、召し上がってください。


 行くところ、行くところ。僕が受け持つ児童の家庭で待っていたのは、学校での様子を説明するを父兄が聞くと、家庭内では学校と違う児童の一面を僕が聞く。


 振る舞われるのがお茶だけなら、まだ良い方だ。夕方間近に訪問した家庭だと、夕食を勧められることが多かった。


 僕もちゃっかりと、ご馳走になっていた。


 此処までは、小学校に勤務していた頃の思い出だ。

 僕が小学校の教師になって三年たった秋の日だった。


 僕は、校長室に呼ばれた。

 校長直々の話しを、僕は何度も聞き直した。


 僕が大学の講師として抜擢された。期間限定の講演ではなくて、正式に講師としてだ。


 理化学の研究も兼ねられる。

 校長が、僕にとどめをさすような説明だった。


 僕は、完全につられてしまった。


 大学在学中に教員免許を取得した。教師になりたかったのは本当だったが、もっと別の分野も選択をしても良かったのだが、欲張ったらきりがないと、大学卒業後は教師へと進路を決めた。


 人が持つ“力”を、僕は分析或いは研究をしたかった。


 僕の中にもある“力”は、人々の暮らしの一部として活用されている。僕が暮らす国で先駆的に“力”を取り入れた活動をしている企業が【マグネット天地団】だった。


 僕が軍人だった頃、初めて赴いた先で見たことは、あまりにも衝撃的過ぎていた。


【マグネット天地団】の裏側を見てしまった僕は“力”を暮らしの中で正しく使える方法を見つけたかったーー。



 ***



 教壇に立って、講義をする。

 僕は“力”を記号化した文字で、スクリーン式のボードに投影させての講義をしていた。


 講義の終わりを告げる鐘が教室内に鳴り響く。

 学生は、一斉に席から立ち上がると列をなして室外へと向かって行った。


 喋りっぱなし。もとい、講義をするためにずっと口を開いていたから喉は当然、渇いていた。


 時間から時間までは、何かと気は抜けない。講義を熱心に聴く学生の手前では特にそうだと、心でいつも呟いていた。


「先生。お時間を取らせてしまいますが、先程の講義の内容を詳しく教えてください」


 僕が汗まみれの額をハンカチで拭っていると、教壇の前に来た学生に声を掛けられた。


「良いですよ、僕の説明が解りにくかったのですね。是非、ご提示お願いします」


 学生は、女性だった。垂らす長い髪は薄くて明るい茶色。瞳の色は澄んだ海のように蒼く、身に纏うのは薄紅色に白のドット模様のワンピース。そして、履くのは踵が低い黒のブーツ。


「なんちゃって」


 女性が僕に満面の笑みを湛えた。


「冷やかしは、僕だって怒るよ」

 僕はからかわれた。と、思って言ったことだった。


「もう、随分と時間が経っているのに全然わかってない様子だったから、こっちから声を掛けるをしただけです」


 女性は僕が怒っていることにも気にすることなく、どんどんと顔を近付けた。


「わ、た、し、です『タクトお兄ちゃん』」


 僕のことを『お兄ちゃん』と、いや、呼ばれていた時期はーー。


 日々の、忙しさに。は、言い訳だ。


 僕には、ずっと振り返らなかった思い出があった。

 振り返ったところで、何も変わらない。

 ずっと、記憶の奥にしまい込んで思い出すことさえ忘れていればよかった。


「アルトは、僕のあの時を知らない」

「うん、わたしもわたしのことを内緒にしているよ」

「キミが、此処に入学したなんて誰にも聞かされていなかった」

「おばさまとも会っていなかったの」

「僕の今だと『全然』は、わかると思うよ」

「アルトとわたしはいつも顔を合わせていた。でも、お兄ちゃんはーー」


 彼女が言いたいことは、わかっていた。

 僕が大学の講師になると、当時の彼女だって知っていた。

 僕は、彼女と弟のアルトが通っていた小学校の教師だった。


 おいてけぼり。


 彼女から、そんな心の声が聴こえたような気がしたーー。



 ***



 その日の講師としての『仕事』が終わっても僕にはやらなければならないことがあった。

 僕がいる場所は、教授が講義などの準備をするための部屋だった。


「教授。いい加減に『オッケイ』をしてください」

「却下」


 僕が教授のために作成した資料を、教授は冷たい一言で突っぱねた。


「タクト、説明が口説い。ワシだって頭が痛くなる」

「これでもか。と、何度も直して直して直して直して直しても、まだ、納得しない。是非、理由をご提示されることを申し上げます」


 僕は、半ば怒りを膨らましていた。

 自分でも、言っていることがちんぷんかんぷんだった。


「焦り。タクト、おまえは何かに焦りをしている。急がば回れだ、タクト」


 教授は帰宅する為の支度をして、僕から立ち去った。


 部屋にひとり残る僕は、まだ怒りがおさまっていなかった。

 僕は“力”の科学的な仕組みを教授から学びたくて、かれこれ……。どれくらい教授に提出したかはわからない程のーー。いわば、潜り抜ける為の門を叩いていた。


 僕も、今日は帰ろう。

 明日の講義の準備は、自宅でしよう。


 帰り道では考えていたことを、自宅に着いたとたん『疲れた』の思いで、掻き消してしまった。


「あー、申し訳ありませんが高熱と関節痛でお休みをさせてください」


 次の日の朝、自分でも呆れる出鱈目で大学に連絡をしたーー。



 ***



 大人げない。


 丸1日『仕事』を休んだ僕はやっと冷静になった。


「先日は、失礼な態度を見せて申し訳ありませんでした」


 僕は、昼休みに学生が利用している校内の食堂にいた。同席していたのは教授。僕と同じランチメニューを、教授も召し上がっていた。


「忘れた」

「そうですか。はあ『忘れた』ですか」

「がっちがちになるな、ワシは此処の学食が気に入っている。ワシに気を使うならば、飯の味をじっくりと楽しませてくれ」


「教授。タクト先生が休みで一番困ってたのは、教授でしたよ」


 僕は、僕の目の前に座って教授に話し掛けているのが誰なのかは知っていた。


「リレーナ。大人を冷やかすのではない」

「いいえ、昨日の教授は寂しそうでした」

「リレーナ、僕がお願いしていた資料はどうなってるの」

「おお、そうだ。ワシがキミ……。リレーナに頼んだ〈ヤンドロック〉製の電子手帳をまだ受け取っていないのだがな」


 僕と教授が次から次へとリレーナに頼みごとを言う。


「『助手』の扱い方を、もう少し大切にしてください」


 リレーナは、当然首をかしげていた。そして、空になった食器が乗っているトレイを抱えて返却棚にいってしまった。


「タクト、何を参考にした資料を講義で使うのだ」

「ありませんよ。教授だって、いつ電子手帳を頼まれたのですか」

「嘘も方便だ。タクト」

「ホット珈琲で良いですか」

「うむ、熱々並々。でな」


 僕は珈琲を注ぐ為に、椅子から腰を上げたーー。



 ***



 僕は、今日も女の人を抱いてしまった。


 ちらちらと、欲しくて欲しくて堪らない。と、女の人は僕を見ていた。


 最初は唇、次に耳朶。それから首筋にそって口づけをする。


 今日女の人が着ている服は胸元がはっきりと、柔らかい膨らみが僕でも見える薄紅色のノースリーブ。スカートは深緑色で丈が短くて、脚の白い肌をおもいっきり僕に見せていた。


 女の人の甘い、甘い声。

 僕がさせていると、僕の鼓動が激しく打つ。


「リレーナ……。」

「うん、タクト」


 リレーナは僕に全身を預けていた。僕は、リレーナの扉を開きたくて堪らないと、恍惚なリレーナに深く求めようと高揚を繰り返す。


「待って、ちょっとだけ」


 僕の高揚をリレーナが止める。


「どうするの」

「こう、するの」


 リレーナは、僕のことを優しく両手で包む。


「たんま、待って」

 限界状態の高揚にもがいた僕は、リレーナを止めた。


 リレーナに辿り着く前、虚しくも僕の高揚をリレーナに預けることが出来なかったーー。




 ***


 仕返しだったに違いない。


 リレーナはきっと、僕がついた嘘に怒っていたのだろう。


 なんて“高等な技”の仕返しだろう。


 リレーナ。


 僕は、キミの機嫌をどうやってなおせば良いのかい。



 陽はすっかり落ちていた。

 僕は、自宅までの帰り道でリレーナのことばかりを考えていた。


 あと少しで自宅に着くのに、ひとつ手前の曲がり角へと足を踏みしめて、入った路地を歩いた。


 帰りたくなかった。

 家に帰ったとしても、考えることはリレーナのことばかりだ。と、自分に勝手な言い聞かせをした。


 ーーシーサ。夜分遅くに、しかも連絡なしで自宅を訪問は失礼だ。


 ーーおばさま。明日は日曜日だから、タクトさんだって嫌な顔はしないわよ。


 ーーそういう問題ではない。


 誰だ。そして、まだ夜は更けていない。と、いってももう、9時か。


 遠回りをしていた路で女性の声が、ふたりぶん。しかも、誰かの家に行く、行くまいの押し問答の最中。


 でも、どっちも聴いたことがある声だ。

 いや、疲れているから空耳でも聴いたのだ。


「あ、タクト『お兄ちゃん』ちょうどよく会えた」


 ばっちりと、ご丁寧に目まで合ってしまった。


「よく、家までの路を覚えていたね」

「たった一回だったけれど、見た景色をずっと覚えていたの」


「だからといって、私を連れて来る必要はあったのか。シーサ」

「おばさまだって、カナコちゃんとビートくんが《育成プロジェクト》のメンバーに選ばれて寂しそうにしていた。タクトさんなら、おばさまの気持ちをわかってくれる」


「誰に似たのだ。な、タクト」


「アルマさんの姪っ子だから。と、しかいえません」


 この時、僕はアルマさんと久しぶりに会えたことで浮かれていた。


 リレーナのことは、すっかり忘れていた。

 それだけではなく、僕が『あの時』の頃に戻るもまだ、知らなかった。


 僕は、アルマさんがあの頃とちっとも変わらないことに、浮かれていたーー。




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